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捜索屋は祈らない  作者: 咲茉シオ
第一章
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19/45

19 彼女の弱点

 ガルサの土産のタルトはジョーの手によって丁寧に生クリームが添えられて配られた。

 

「なんて美味しそうなんでしょうか。いただきますガルサさん」

「どうぞ」

 

 一口頬張れば、フルーツのコンポートとキャラメルの甘さが一気に口の中に広がる。

 これから頭を使うという時にはぴったりな逸品だ。

 

「ああ、師匠が好きだったやつか」

「久々に食いたくなってな」

 

 レティとガルサは同じ魔術師の師匠の元で魔術を学んでいた、いわゆる兄弟弟子だ。

 

「うん。また腕を上げたな」

「ふん」

 

 ガルサはさもどうでも良さそうに伏目がちに答えつつ、髪を耳にかける。

 ユールは知っていた。満更でもない時によくやる仕草だ。

 

「さて。知っての通り、サラマンダーの移動速度は早い。いくらユールと言えども追いつけるかどうかは確実じゃない。だから対策を講じる必要がある」

 

 レティは半分ほどタルトを食べ勧めたところで、先ほどの地図を取り出すと、サラマンダーの行動範囲を大まかに指でなぞりだした。

 

「はい。なかなかの広さがありますからね。二人で手分けしたとして……うまく挟み撃ちできるでしょうか」

 

 路地裏の複雑な経路を辿られでもしたら、到底無理だろう。

 

「ちなみに、ガルサお前この後は暇か?」

「この後は帰って寝るだけだが、明日の朝早いから手伝うのは無理だぞ」

 

 レティは小さく舌打ちをすると、肩をすくめ、足を組み替えた。

 

「一応聞いてみただけだよ。人手は欲しいところだがしょうがない。さっきの情報料は?」

「あー、まあほぼ雑談だったしな。いつもの半分で構わん」

「ユール、帳簿に付けておいてくれ」

「承知しました」

 

 ユールは青い表紙のノートを鞄から取り出すと、同じ内容を2か所に書き記し、片方を丁寧に切り取って控えをガルサに渡した。

 

「こちらで構いませんか?」

 

 ガルサは受け取ると指でなぞりながら内容を確認して頷いた。

 

「問題ない」

「何よりです」

「おれはこのコーヒーを飲み終わったら帰るが……ちなみにどうやって捕まえる気なんだ?それは気になる」

「そういえば先生、考えがあるっておっしゃってましたね」

「ああ。サラマンダーには申し訳ないことだが、今回は弱点を利用させてもらうとしよう」

「弱点というと……スパイスと冷たい温度ってことですよね?」

「そうだ」

 

 レティは先ほどのサラマンダーの行動範囲を記した地図へ、さらにいくつかの印を書き足し始めた。

 

「この地図を見ても分かる通り、サラマンダーは明らかに冷気とスパイスの匂いが強い箇所は避けて移動し、暖かいところを中心に移動している。……これをさらに狭めて誘き出す」

「……どうするんだ?」

「このあたりの道は夜間の利用者がほとんどいないから、魔術で冷気を発生させる。式は私が書いてユールが発動させれば問題ないだろう」

「なるほど。逃げ道に冷気の壁を作るわけですね」

「その通りだ。このあたりの多くの工場や店は12時頃には稼働停止する。蒸気パイプも熱は流れないから、サラマンダーは熱を求めて温かいところへ向かう……はずだ」

 

 レティがちらとガルサの方を伺い見る。

 弱点から考えてはみたものの、実際に効果があるのかはやってみないことにはわからない。

 全く気にせず進まれたら、せっかくの魔術も無駄になるかもしれない。

 

「おれもサラマンダーを実際に観察したことはないからな……個体差もあるだろうから何とも言えない。ただ……今までの挙動を見るに、そのように動いてくれる可能性は高いと思う」

「まぁ、もしうまくいかなかったとしても、僕が全力で走り回るだけですから。気にしないでください」

 

 不安げな表情のレティをよそに、ユールはあっけらかんと笑う。

 つられてレティも口の端に笑みが戻る。

 

「そうはならないようにしよう」

「あ、もしそうなったら……なんですが。僕、朝食に好きなだけパンケーキを食べてみたくて……たっぷりの朝食で出迎えてくださいね、先生」

 

 以前体力のつきかけたユールに”好きなだけ”料理をふるまった時に、財布が非常に軽くなったのを思い出した。

 食事代だけで赤字になる。

 

「……善処しよう」

「飯で思い出したが、こっちの通りは飲屋街の近くだろう。比較的遅くまで営業しているが、どうするんだ?」

 

 遅くまで営業しているということは、温かいということだ。

 

「そう。このあたりの裏路地まで追い詰める予定だ」

「……この辺だと人通りもあるし、冷気の魔術は使えないだろう。行きそうな場所全部にスパイスでも撒き散らすのか?」

「まぁそれもできなくはないだろうが……。スパイスを撒くだけではおそらく効果は一時的なものになる。今回の場合はしばらく持続的に匂いを発させる必要があるから、あまり向いているとは言えないね。」

「そうなると……どうするんです?」

「ところでユール、美味しいスープを食べたいと思わないか?」

「そりゃあいつだってそうですけど……さすがに今はもう食べられませんよ?」

 

 魔力が多いが故にすぐにお腹が減る体質であるため、人よりも常日頃から食欲の旺盛なユールである。

 が、先ほどたっぷりとジョー特製パスタを食べたばかりだ。

 レティが話の途中で急な話題を振ること自体はよくあることなのだが、それにしても急な話題だなとさすがのユールも思った。

 

「今日のことを思い返してみたまえ。いろんな店に行っただろう?」

 

 今日を振り返ってみれば、料理店へ行ったにもかかわらず、美味しい料理をいくつも食べ逃しているという悲しいことに重い至る。

 

「今日の昼は聞き込み中だから抑えましたけど、時間さえあればゆっくりとあの店で美味しいスープをたらふく食べたかっ……た……?」

 

 ユールはハッとした顔で地図を見直す。思い至れば簡単なことだ。スパイスの香り立つスープである。

 あの店と同じようにとまではいかないだろうが、スープを煮立たせれば、香りの壁で少しは行動範囲を狭められるだろう。

 

「とびきりスパイスの効いたやつ、頼んできますね」

 

 ユールは今日一番の笑顔で答えた。



 ひと通りの配置の相談を終えると、物資の調達へ向かうユールと分かれ、レティは魔術の下準備にとある路地裏を訪れていた。

 

 「ユールが来てから任せるべきだったろうか……」

 

 先ほど道の両脇の店に断りを入れに行ったところ、どちらも営業時間外であれば問題ないとの回答を得られた。

 レティは捜索の仕事も魔術師としての仕事も好きでやっているが、接客は苦手だった。愛想よく人としゃべるのはどうしても疲れる。

 最近は専らユールに任せていたから、余計にそう感じるのかもしれない。

 

 ふぅ、と一息をつき、バッグから黒いペンとリボン状の細長い布を取り出した。布の端から慣れた手つきで文字を書き連ねていく。

 魔術は発動させる式を唱えながら魔力を流すか、この文字の組み合わせを記した媒体に魔力を流すことで発動することができる。

 レティは3ヶ所に魔術式の準備を施す手筈になっており、まだあと2か所もある。

 

 ユールが来て断られてから根回しをし直すほどの時間はないから仕方がないものの、ここ以外も自身で話をつけなければならないのかと思うと、それだけでレティは気が滅入りそうだった。

 そんなことを思いながらも手は止まらずに文字を連ねていく。

 

「部屋で途中まで書いてくればよかったな……」

 

 レティはつい独り言つ。

 実際の場所を見てからのほうが具体的な範囲や効果時間の指定がしやすいのだが、思っていたよりも肌寒い。

 いくら夏に近づいて温かくなってきたとはいっても、日が暮れると途端に気温は下がる。それも路地裏ともなると、薄暗くてじめじめしており居心地も悪い。

 時間の猶予的にも、気持ち的にもさっさと終わらせたいところだ。

 

「よし……これでいいだろう」

 

 レティは書き終えた式を一通り見返して誤りがないことを確認すると、壁の物干し用のロープに布を縛りつけた。あとはこれにユールが魔力を流せば問題ない。

 

「ユール、」

 

 つい後ろを振り返ってしまったが、そこにはただ積み上がった空の木箱があるだけだ。

 時折店から漏れ出る人の笑い声が、ふいに虚しさを募らせる。

 昼間も分かれて行動していたし、今までも1人で作業することはよくあることだった。最近の業務は傍にユールがいることが当たり前になっていたせいだろう。

 ふと足元を見やると、大通りから路地裏に届くわずかな街灯の明かりが、寂しくレティの爪先だけを照らしていた。

 

 「……今は次へ急がないと。集中しよう」

 

 小さく息を吸って吐き、背筋を伸ばす。

 路地の角を曲がり、暗がりの奥へ。次の目的地へと歩みを進める。

 

 レティの小さな靴音は、路地に吹く風と蒸気のはじける音に紛れて消えていった。

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