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58.手折ることを、祈るしか




俺の手番だ。


場にあるのは――

桐のかす、紅葉のかす、菖蒲に八橋、藤のかす。


手札は、

松に鶴、梅のかす、柳に燕。


(……合わせられる札は、ないか)


札を一枚ずつ、慎重に見直す。

けれど、どこにも“道筋”はない。


となれば――捨てるしかない。


梅の赤短冊は、もうメシアに取られてる。

ってことは、こっちの手元にある梅のかすは、もう得点に繋がらない。


(……今、切るなら、これだな)


俺は、梅のかすをそっと場に差し出す。

札の隅を軽く押すと、抵抗なく、静かに並んだ。

音もなく、でも確かに、そこに置かれた。


(さて――)


山札に、手を伸ばす。


一枚で、状況が変わる。

そんな場面は何度も見てきた。

そして――今、それが“起きてほしい”場面でもある。


(……もし、桐に鳳凰が引ければ――)


たった一枚。それだけで、勝負が決まる。

その可能性に、指先が少しだけ震える。


息を止める。

そして、引く。


出たのは――菖蒲のかす。


(……悪くない)


即座に、場を見る。

さっきメシアが出した、菖蒲に八橋が残っている。

ためらう理由なんて、ひとつもない。


迷わず、菖蒲同士を重ねた。


指先から、札が吸い込まれるように重なっていく。

音はない。

でも、確かに“手応え”はある。


ひとつ、またひとつ。

派手さはないが、確実に、得点が積み上がっていく。


ここで、ふと、自分の手札を確認する。


光札:桜に幕、芒に月

たね札:菖蒲に八橋、萩に猪、紅葉に鹿

短冊札:菖蒲に短冊、萩に短冊

かす札:桜のかす、菖蒲のかす、紅葉のかす、芒にかす、桐のかす、桐のかす、菖蒲のかす


……かす札、7枚。


(……7枚?)


一瞬で、背中に冷たいものが落ちた感覚が走る。


(いや、これ――)


本当に、“かす”で上がれる可能性が出てきた。


赤短でもない。

光札でもない。


ただの、地味で、誰もが軽んじる“かす”。


でも、だからこそ、俺にはちょうどいい気がした。


奇跡を願うより、泥をすくってでも勝ちにいく。

そんな戦い方が――今の俺には合ってる。


ちら、とメシアに目をやる。


相変わらず、表情は崩していない。

“教祖”の仮面はそのまま。


でも――目の奥に、わずかな焦りが滲んでる。


わかる。

こっちがじわじわと積み上げていることに、あいつも気づいてる。


札は、派手じゃなくていい。

一枚一枚、地味でも積み重ねれば、勝ちは作れる。


ゆっくりと、息を吐いた。


静かに――次の一手に備える。


俺の合わせ札

桜に幕、芒に月

萩に猪、紅葉に鹿

菖蒲に短冊、萩に短冊

桜のかす、菖蒲のかす、芒のかす、紅葉のかす、桐のかす、桐のかす



メシアの手番。


彼は静かに、藤に不如帰を出す。

場に出ていた藤のかすと重ねて、札を取った。


動きはいつも通り優雅だ。

でも、その所作のどこかに、僅かな荒さが混じっていた。


続けて、一枚――めくる。



その瞬間、メシアの目が、ほんのわずか見開かれた。


間があった。

わずかにだけど、呼吸が止まったような沈黙。


そして――舌打ち。


ほんの小さな音。

けれど、その一瞬に込められた怒りは、静かに場の空気をざわつかせた。


「……っ」


……札はまだ見せない。


彼の手が、握られている。

震えていた。怒りで。

でもそれを悟らせまいと、ゆっくりと後ろに隠す。


"それ"を出せば、俺が“雨四光”を完成させる可能性が一気に現実になる。


それでも――出すしかない。


メシアは震える手を押し殺しながら、出した。


――柳に小野道風。


言葉はない。

ただ、その動きには、確かに込められている。


俺は、内心で高揚していた。

……やっと、見えてきた。


俺は持っている。

柳に燕。目の前の彼を象徴するようなその札を。

その札は柳に小野道風を合わせる札だ。


これで――

柳に小野道風が、俺の手に落ちる。


メシアの合わせ札

梅に鶯、藤に不如帰、菊に盃、芒に雁

梅の赤短冊、桜の赤短冊、藤の短冊、牡丹の青短冊

桜のかす、藤のかす、藤のかす、芒のかす、菊のかす



場札

桐のかす、紅葉のかす、菖蒲に八橋、【柳】に小野道風


手札は、

松に鶴、梅のかす、【柳】に燕。


俺の番。


震えそうになる指先を抑えながら、柳に燕を場に出す。

そして――柳に小野道風を、静かに重ねて取った。


これで、光札は――

桜に幕、芒に月、柳に小野道風。


(……揃ってきた。けど)


柳に小野道風は、三光には入らない。

でも――俺の手札には、松に鶴がある。


もし、次の一手でそれが繋がれば――

“雨四光”が成立する。


けど、もう手札は残り1枚。

つまり、次のターンで必ず松に鶴を出さなきゃいけない。


(だから……この一枚で決めたい)


引く札で、すべてが変わる。


――桐の鳳凰か、松。


願いを込めて、山札に手を伸ばす。

そして――引く。


出たのは、松のかす。


(…………っ!)


一瞬、頭が真っ白になりかける。


いや、違う。落ち着け。


松が欲しいとは、言った。たしかに、欲しかった。

でも、これは――危険だ。


相手には、桜の赤短冊、梅の赤短冊。

すでに、二枚の赤短が揃ってる。


残る一枚は――松に赤短冊。


(……もし、あいつがそれを持ってたら……詰みだ)


雨四光を狙う俺と、赤短で刺しに来るあいつ。

どっちが先に“揃う”か。どっちが先に、"落ちる”か。


――もう、祈るしかない。


ゆっくりと息を吐く。

高鳴る鼓動が、耳の奥で響いていた。


(いけ。俺に、もう一手だけ回ってこい)


俺の合わせ札

桜に幕、芒に月、柳に小野道風

萩に猪、紅葉に鹿、柳に燕

菖蒲に短冊、萩に短冊

桜のかす、菖蒲のかす、芒のかす、紅葉のかす、桐のかす、桐のかす


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