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57.気付くと、同情が入るなら


……俺の番だ。

さっきまで、メシアの視線が刺さってた感覚が、まだ抜けない。

赤短と短冊の王手。

しかも、あいつの声は――完全に“殺す気”だった。


喉が、少しだけ渇く。

いや、もっと正確に言えば――乾いていたことに、今やっと気づいた。

息を呑むたび、喉の奥がひりつく。


(……本気で、殺しにきてる)


今のメシアの打ち方は、理屈じゃなかった。

計算でも、演出でもない。

感情が――突き抜けていた。


あの目。あの声。

全部が、“勝ちたい”じゃなくて、“終わらせたい”って言っている感覚。


場に出てる札は、

桐のかす、桐のかす、【芒】のかす、紅葉のかす。


手札は、

松に鶴、梅のかす、【芒】に月、柳に燕。

(……合わせられるのは、芒に月だけか)


選択肢は――ない。


俺は静かに、芒に月と芒のかすを重ねた。

場の札を引く音が、やけに大きく響く。

まるで、空気そのものが札に張りついていたみたいだった。


……いや、たぶんまだ残ってるんだ。

さっきの、メシアの“殺意”みたいな気配が。


ぞくっと、背筋を撫でるものがあった。

でも、手は止めない。


さて――

次は、めくる番だ。


(……今さらだけど、松と桐が出てこなさすぎなんだよな)


嫌な予感が、喉元に引っかかる。

桐はともかく、松が来るとまずい。

もしあいつが松の赤短を引いたら――完全に“詰む”。


(……頼む。流れを変える一枚が来てくれ)


呼吸を整えて、札の山に手を伸ばす。

祈るような気持ちで、指先で紙の感触をつかむ。


ぺらり――


めくった札は、桐のかす。


……悪くはない。

少なくとも、“合わせられない”よりは、ずっとマシだ。


俺は、場にあった桐のかすと、今引いた桐を静かに合わせる。


これで、かすは5枚目。

かす札を10枚揃えれば、「かす」の役で点になる。


でも――


(今の手札じゃ、かす狙いは正直、きつい)


芒を拾ったことで、手札に残ってるのは

松、梅、柳。


どれも中途半端。

光札も役札も、決め手に欠ける。


(……流れが、どっちにも転びそうな形になってきた)


一手ごとに、場の空気が濃くなる。

呼吸が、少しだけ重たい。


視線の先――

メシアの肩が、微かに上下していた。

呼吸がまだ整っていないのが分かる。

さっきの“王手”で、確かに何かを――自分を――取り戻してる。


でも、こっちも……止まるわけにはいかない。


ここで立ち止まれば、空気を支配される。

少しでも、“流れ”を取り戻さないと。


もう一手。

あと一手だけでいい。

場の雰囲気を、引き戻すために――

俺は、次の一手を考えた。



俺の合わせ札

桜に幕

萩に猪、紅葉に鹿

菖蒲の短冊

桜のかす、菖蒲のかす、紅葉のかす、桐のかす、桐のかす




メシアの番。


場札

桐のかす、紅葉のかす。


視線が、さっき俺が取った札に落ちる。


――芒に月、桜に幕。


(……やっぱ、警戒してきてるな)


メシアの目が、一瞬だけ鋭くなる。

こっちが光札か“のみ”を狙ってるって、しっかり気づかれてる。

まあ当然だ。

ここで菊に盃まで拾えたら、20文。

それだけで勝負が決まる。


そう思っていると――

メシアの視線が、ふと、観客席に流れた。


……あいつを信じていた信者たち。

でも、どこか迷っている目。

その“揺らぎ”を、あいつはじっと見ていた。


ほんのわずかに目を伏せる。

一瞬だけ見せた表情は、まるで――苦しんでるみたいだった。

慈愛のような、謝罪のような、そんな顔。


……でも、すぐに消えた。

まるで、そんな感情ごと、なかったことにするみたいに。


それが“素”なのか“演技”なのか。

正直、分からない。


けど――その顔を、今、俺が見つめることはしなかった。


(……紫藤や、鬼雷を裏切るような気がした)


もしもこいつに、“こっち側の理由”があるとしても。

そんなもん、知ったところで、何にもならない。


今、目の前にいるのは、“俺を倒そうとしてる相手”だ。

同情なんてしてたら、確実に負ける。


こいつは、強い。

だからこそ――勝たなきゃいけない。


そう思いながら、指先で札をなぞる。

唇に触れて、少しだけ首をかしげる。

“迷ってるふう”を演じてみせる。


でも、それで分かった。


(……これ、本当に迷ってるんだな)


余裕があるときのメシアは、こんなことしない。

悩まない。揺れない。

あのときのメシアは、もっと“決め打ち”してきた。


今は――追い詰められてる。


でも、それでもなお、あいつは一手を打った。


菖蒲に、八橋。


淡々とした手つき。

……けど、分かる。

わずかに、指の動きが固い。


そして――一枚、めくる。


出たのは、藤のかす。


その瞬間。

メシアの目が、細まる。


演技を捨てたみたいな、その目つき。

じっと、藤のかすを見つめている。


まるで――期待を裏切られた札を、責めるように。


(……違ったんだな。欲しかった札じゃなかった)


呼吸が、一瞬、変わった。

肩が、ほんの少しだけ沈む。


それでも――笑う。


口元だけが、いつものように笑ってる。

でも、その目は――まったく笑っていなかった。


感情を、閉じ込めた笑顔。

見ていて、ぞっとする。


(……やっぱ、あいつは俺と違う)


なにかを切り捨てるのが、当たり前みたいな顔をしている。


けど――それでも、ほんの一瞬。


俺には、その目の奥に、

誰にも見せたくない“何か”が潜んでるような、気がした。


気がしただけだ。

気づかないふりをした。


今、そんなことを考えていたら――負ける。


メシアの合わせ札

梅に鶯、菊に盃、芒に雁

梅の赤短冊、桜の赤短冊、藤の短冊、牡丹の青短冊

桜のかす、藤のかす、芒のかす、菊のかす



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