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43.教祖は吐かない。嘘も、真実も。



メシアの番


場を見る。

牡丹に蝶、紅葉のかす、柳に燕、柳に小野道風、松のかす、梅のかす、紅葉に鹿、桜に赤短


メシアは、梅の赤短と梅のかすを合わせた。

――無音。何も鳴らなかった。


揃えた動きに、迷いはない。

音もなく、ただ“意味”だけがそこにあった。


めくり札に指を伸ばした時――メシアはふと、口元だけで笑う。


「……"菊のかす”ですね。お分かりいただけますよね?」


その言い方が、やけにわざとらしかった。

次に狙うのは――菊に盃。

つまり、"月見で一杯”。芒に月+菊に盃を合わせる高得点の役。

(……なるほど。狙ってんのか、月見)


メシアの合わせ札

梅の赤短冊、梅のかす



俺の番が回ってくる。


場を見る。

牡丹に蝶、【紅葉】のかす、【柳】に燕、柳に小野道風、【松】のかす、【紅葉】に鹿、桜に赤短、【菊】のかす。


手札は――

萩のかす、【紅葉】のかす、【菊】の青短、芒に月、【柳】のかす、【松】の赤短、萩の短冊、萩のかす。

(菊に盃は、メシアが持ってる可能性がある。なら、潰すしかない)


迷いはなかった。

手札の【菊】の青短を叩きつけ、場のかす札と合わせる。


コツン、と乾いた音。

手応えは悪くない。


「……これで、防いだ」


「防ぐというなら、赤短のほうかと思いましたが。

ああ、松も桜も……お持ちではないようですね?」


「菊に盃を取りたかったんだろ」


「……“お分かりいただけた”と」

楽しげに微笑む。その笑顔が、やけにむかついた。


「では、一枚どうぞ」


言われて、めくり札に手を伸ばす。

軽くめくったその瞬間――


 


【菊に盃】。


 


「……は? 持ってなかったのかよ……!」


思わず、声が漏れた。

心の中じゃ、全力でツッコミを入れてた。


その瞬間、外野がざわつく。


「出たーッ!」「メシアさまの読み勝ちッ!!」「神引きすぎるって!」

「“持ってないのに勝つ”って……それもう神でしょ」

「信仰の証明来たわ……!」


……うるせぇ。


ただのめくり運だろうが。

なのにまるで奇跡が起きたみたいな騒ぎ方。

笑いと拍手が止まらない。


その騒ぎの中、メシアがふわりと片手を上げる。

仕草は優雅で、空気でも割るつもりかってくらい堂々とした“静粛のポーズ”。


「皆さん、静粛に」


声も笑顔も柔らかい。

けれどその裏に、“聞き分けろ”という圧がにじんでいる。


信者たちはピタッと黙った。

一瞬で空気が整う様子に、背中がぞくっとした。


「すみません、これも教祖としての務めでして」


わざとらしく肩をすくめ、芝居がかった微笑みを浮かべる。


「“読み合い”のパフォーマンスには、やはり“強者らしさ”が必要でしょう?

信仰というのは、勝者の振る舞いによってこそ、深まるものですから」


まるで演説。

勝ち誇るでもなく、かといって謙虚でもない。

“当然のこと”として押しつけてくる態度。


――それが、一番ムカつく。


こっちは真剣にやってるってのに。

それを“神の演出”みたいに扱われたら、やってらんねぇ。


ちら、とメシアがこちらを見て言う。


「持っているなどと、私は一言も申し上げておりませんよ」


またそれだ。

あの、全部“仕組んでました”みたいな言い方。


「……ふ。今の反応からすると……

“菊を二枚”揃えられなかったようですね?」


「……っ」


言い返せなかった。

けど、すぐに気づく。


「……お前もだろ?

その言い方……最初から盃なんて持ってなかったな?」


ピタリと、メシアの笑みが消える。

無表情。目だけが、冷たく光っていた。


「それが真実か虚構か……私にも分かりません。

というより、“私が何者か”すら、私自身にも……」


芝居がかった声。冗談めかしてるが、目は笑ってた。


俺の焦りも、油断も、全部――楽しんでる顔。


「……とはいえ。

引き立て役の引きとしては、実に見事でした」


言葉をわざとゆっくりと落として、じわじわと刺してくる。


「“菊に盃”を、あれほど劇的に引き当ててくださるとは……

本当に、愉快です」


(……こいつ、本当に……!)


優越感を、静かに押しつけてくる。

派手じゃないのに、妙に腹が立つ。

まるで心をなで回すように、こっちを見下ろしてくる。


俺の合わせ札

菊の青短冊、菊のかす


メシアの番。


場札は

牡丹に蝶、紅葉のかす、柳に燕、柳に小野道風、松のかす、紅葉に鹿、桜に赤短冊、菊に盃、菖蒲のかす


メシアは菖蒲にかすを出す。

そして、一枚山札からめくる。


出たのは――桐のかす。


メシアの合わせ札

梅の赤短冊、梅のかす



俺の番だ。


場札は

牡丹に蝶、【紅葉】のかす、【柳】に燕、【柳】に小野道風、【松】のかす、【紅葉】に鹿、桜に赤短冊、菊に盃、菖蒲のかす


俺の手札は

萩のかす、【紅葉】のかす、芒に月、菊の青短冊、【柳】のかす、【松】の赤短冊、萩の短冊、萩のかす。


そして、相手の合わせ札は

梅の赤短冊、梅のかす。


俺の合わせ札は

菊の青短冊、菊のかす

赤短を潰すか……?


いや、今じゃない。

出鼻を挫くより、あと一歩ってとこで役を割った方が、心に来る。

精神的に効くのは、そっちだ。


それより、紅葉に鹿、だ。

ここを抑えとかないと、めくりで取られて一気に持っていかれる。


俺は迷わず、手札の【紅葉のかす】を出して、場の【紅葉に鹿】を重ねた。


札が吸い寄せられるように並ぶ。


そして――一枚、めくる。


出たのは――藤のかす札。


菖蒲のかす、そして藤のかす。

花札の中でも、最も使いどころのない“二大空気札”。


この程度なら……

今はまだ、場に落としても問題ないはずだ。


俺の合わせ札

菊の青短冊、紅葉に鹿、菊のかす、紅葉のかす



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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