43.教祖は吐かない。嘘も、真実も。
◇
メシアの番
場を見る。
牡丹に蝶、紅葉のかす、柳に燕、柳に小野道風、松のかす、梅のかす、紅葉に鹿、桜に赤短
メシアは、梅の赤短と梅のかすを合わせた。
――無音。何も鳴らなかった。
揃えた動きに、迷いはない。
音もなく、ただ“意味”だけがそこにあった。
めくり札に指を伸ばした時――メシアはふと、口元だけで笑う。
「……"菊のかす”ですね。お分かりいただけますよね?」
その言い方が、やけにわざとらしかった。
次に狙うのは――菊に盃。
つまり、"月見で一杯”。芒に月+菊に盃を合わせる高得点の役。
(……なるほど。狙ってんのか、月見)
メシアの合わせ札
梅の赤短冊、梅のかす
◇
俺の番が回ってくる。
場を見る。
牡丹に蝶、【紅葉】のかす、【柳】に燕、柳に小野道風、【松】のかす、【紅葉】に鹿、桜に赤短、【菊】のかす。
手札は――
萩のかす、【紅葉】のかす、【菊】の青短、芒に月、【柳】のかす、【松】の赤短、萩の短冊、萩のかす。
(菊に盃は、メシアが持ってる可能性がある。なら、潰すしかない)
迷いはなかった。
手札の【菊】の青短を叩きつけ、場のかす札と合わせる。
コツン、と乾いた音。
手応えは悪くない。
「……これで、防いだ」
「防ぐというなら、赤短のほうかと思いましたが。
ああ、松も桜も……お持ちではないようですね?」
「菊に盃を取りたかったんだろ」
「……“お分かりいただけた”と」
楽しげに微笑む。その笑顔が、やけにむかついた。
「では、一枚どうぞ」
言われて、めくり札に手を伸ばす。
軽くめくったその瞬間――
【菊に盃】。
「……は? 持ってなかったのかよ……!」
思わず、声が漏れた。
心の中じゃ、全力でツッコミを入れてた。
その瞬間、外野がざわつく。
「出たーッ!」「メシアさまの読み勝ちッ!!」「神引きすぎるって!」
「“持ってないのに勝つ”って……それもう神でしょ」
「信仰の証明来たわ……!」
……うるせぇ。
ただのめくり運だろうが。
なのにまるで奇跡が起きたみたいな騒ぎ方。
笑いと拍手が止まらない。
その騒ぎの中、メシアがふわりと片手を上げる。
仕草は優雅で、空気でも割るつもりかってくらい堂々とした“静粛のポーズ”。
「皆さん、静粛に」
声も笑顔も柔らかい。
けれどその裏に、“聞き分けろ”という圧がにじんでいる。
信者たちはピタッと黙った。
一瞬で空気が整う様子に、背中がぞくっとした。
「すみません、これも教祖としての務めでして」
わざとらしく肩をすくめ、芝居がかった微笑みを浮かべる。
「“読み合い”のパフォーマンスには、やはり“強者らしさ”が必要でしょう?
信仰というのは、勝者の振る舞いによってこそ、深まるものですから」
まるで演説。
勝ち誇るでもなく、かといって謙虚でもない。
“当然のこと”として押しつけてくる態度。
――それが、一番ムカつく。
こっちは真剣にやってるってのに。
それを“神の演出”みたいに扱われたら、やってらんねぇ。
ちら、とメシアがこちらを見て言う。
「持っているなどと、私は一言も申し上げておりませんよ」
またそれだ。
あの、全部“仕組んでました”みたいな言い方。
「……ふ。今の反応からすると……
“菊を二枚”揃えられなかったようですね?」
「……っ」
言い返せなかった。
けど、すぐに気づく。
「……お前もだろ?
その言い方……最初から盃なんて持ってなかったな?」
ピタリと、メシアの笑みが消える。
無表情。目だけが、冷たく光っていた。
「それが真実か虚構か……私にも分かりません。
というより、“私が何者か”すら、私自身にも……」
芝居がかった声。冗談めかしてるが、目は笑ってた。
俺の焦りも、油断も、全部――楽しんでる顔。
「……とはいえ。
引き立て役の引きとしては、実に見事でした」
言葉をわざとゆっくりと落として、じわじわと刺してくる。
「“菊に盃”を、あれほど劇的に引き当ててくださるとは……
本当に、愉快です」
(……こいつ、本当に……!)
優越感を、静かに押しつけてくる。
派手じゃないのに、妙に腹が立つ。
まるで心をなで回すように、こっちを見下ろしてくる。
俺の合わせ札
菊の青短冊、菊のかす
◇
メシアの番。
場札は
牡丹に蝶、紅葉のかす、柳に燕、柳に小野道風、松のかす、紅葉に鹿、桜に赤短冊、菊に盃、菖蒲のかす
メシアは菖蒲にかすを出す。
そして、一枚山札からめくる。
出たのは――桐のかす。
メシアの合わせ札
梅の赤短冊、梅のかす
◇
俺の番だ。
場札は
牡丹に蝶、【紅葉】のかす、【柳】に燕、【柳】に小野道風、【松】のかす、【紅葉】に鹿、桜に赤短冊、菊に盃、菖蒲のかす
俺の手札は
萩のかす、【紅葉】のかす、芒に月、菊の青短冊、【柳】のかす、【松】の赤短冊、萩の短冊、萩のかす。
そして、相手の合わせ札は
梅の赤短冊、梅のかす。
俺の合わせ札は
菊の青短冊、菊のかす
赤短を潰すか……?
いや、今じゃない。
出鼻を挫くより、あと一歩ってとこで役を割った方が、心に来る。
精神的に効くのは、そっちだ。
それより、紅葉に鹿、だ。
ここを抑えとかないと、めくりで取られて一気に持っていかれる。
俺は迷わず、手札の【紅葉のかす】を出して、場の【紅葉に鹿】を重ねた。
札が吸い寄せられるように並ぶ。
そして――一枚、めくる。
出たのは――藤のかす札。
菖蒲のかす、そして藤のかす。
花札の中でも、最も使いどころのない“二大空気札”。
この程度なら……
今はまだ、場に落としても問題ないはずだ。
俺の合わせ札
菊の青短冊、紅葉に鹿、菊のかす、紅葉のかす
◇
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