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42.仇討ちの儀へ(燕メシア戦開始)



メシアは、静かに肩をすくめた。


「――では、始めましょう」


わずかに息を吸い込んだあと、ゆっくりと、敬語で告げる。


「我、青秋学苑・仇討ち制度に則り、ここに仇を定め、故意を賭すと宣す。

討つは他人にあらず――仇に囚われし己が影。

花を以て裁き、札を以て語る。

この手に集う八八の因果、

その一手一手が、罪と祈りを炙り出す。

故に、裁定を乞う。――我が仇よ、学苑に値するものであれ」


その宣言が終わる頃には――世界が、変わっていた。


呼吸の音すら吸い込まれていくような静けさ。

足元には、水面。鏡のように凪いだそれは、なのにどこか、ざわついている。


白靄が薄く漂い、空気の輪郭が歪む。

視界の端に、花札の絵柄が淡く浮かんでいる気がした。


牡丹の赤。柳の緑。蝶の羽。黒い燕。

桜の花びらが、風もないのに宙をただよう。


まるで――仇を祀るための、幻想の塔に迷い込んだようだった。


……いや、これ、本当に塔じゃないか?

よく見れば、円形の観客席がぐるりと舞台を囲んでいた。

江戸時代の芝居小屋のような和風の造り――けれど、柱は金属光沢を帯び、どこか近代的で。

不気味なほど整った空間だった。


(……こんなの、聞いてねぇぞ)


仇討ちって、こんな舞台が用意されるもんなのか。

花札一枚で人が壊れる――そう聞いてはいたけど。

これはもう、遊びじゃない。


「……嘘だろ」


思わず、口から漏れた。


観客席の一角に、見覚えのある白い影。

蝶谷 夜白。

舞台を見下ろす特等席で、まるで観劇でも楽しむように手を振っていた。


次の瞬間には、ぬるりと舞台へ降り立ち、俺の隣に立っている。


「メシアは早いってば……君に精神崩壊の味は、まだ早いと思ってたのに」


「負ける前提で話すなって」


「いや、割と本気で言ってるからね? 彼、強いよ」


夜白は苦笑しつつ、小さく耳打ちする。


「彼は“視る”にこだわるから、あえて変な打ち方するの。

でも惑わされないで。逆に、"視てしまう"とすぐ崩れがち」


「どういうことだ?

助言がありがてぇのか、余計不安になるのか分かんねえよ」


そう言いかけたところで――


「そこまでだ、蝶谷 夜白」


静かに声が割って入った。

黒髪に銀縁メガネの、真面目そうな青年が現れる。

片手に札帳を持ち、深く一礼した。


「初対面だな。俺は青葉 楓。公正仇討ち委員“青”の委員長だ」


「どうも、俺は――」


名乗ろうとした瞬間、夜白が割って入る。


「蝶谷 名取。俺の弟だよ」


「……君に、こんな聡明そうな弟がいたとは信じがたいが」


「失礼な。俺は天才だよ? ね、名取くん?」


わざとらしく肩を抱いてきた夜白を、楓が無言で睨む。


「公正を期すため、観客席に戻ってもらう。

特に君は――手癖が悪い」


「えー、うちの猫を“青”に入れてるくせにー」


「それとこれとは別だ。大人しく従え」


「じゃあさ、メガホンでアドバイスは可?」


青葉はため息を吐いてから、静かに答えた。


「……規約上は問題ない」


「じゃ、従うよー」


あっさり引きずられていく夜白。

その背に青葉がぼそっとつぶやく。


「……燕側の応援妨害も激しいしな。帳尻は合う」


ふと、観客席を見上げると――そこには、狂気じみた熱気の群れがあった。


「メシア様……! どうか、勝利を……!」

「その手で、我らに救いを――」

「我が主よ……この罪人を裁いてください」

「殺して……ください……その美しい手で……」

「神罰を! 神罰を……!」


どれも絞り出すような声だった。

それは歓声なんかじゃない。

“他者を壊してもらうこと”を願う、歪んだ信仰の叫びだった。


まるで、俺の存在そのものが“異端”として捧げられているような、そんな錯覚すら覚える。

目が合った信者のひとりが――にこりと笑って、

中指をゆっくりと立ててきた。


(……そんなにかよ!?)


「――皆さま、どうか静粛に」


舞台の中心。

十字架の目を持つ幼さすらある教祖メシアが、そっと人差し指を口に当てる。


「これは“裁き”の儀です。

あなた方の信仰と敬愛、そのすべてを、我が一手に込めましょう。

だから、どうか……見届けてください。

その瞳で、声ではなく――祈りで、我が背を押していただければ」


まるで説法のような、静かで澄んだ声だった。


一瞬で、空気が変わる。


観客席からの叫びが、すっと静まり、代わりに何人かが手を合わせる。

誰かが口元を覆い、誰かがそっと頷く。

信仰は、喧騒から沈黙へと姿を変えていった。


そして、メシアはふたたびこちらを向く。


「では、場を場持ちに任せましょうか」


先ほどまでの熱狂が嘘のように、観客席は水を打ったように静まり返っていた。

その中で、彼の声だけが美しく響く。


「……はーい、それじゃあいっくよーっ!」


突如、高らかに響く声。


壇上に跳ねるように現れたのは、眩しい笑顔を浮かべた少年だ。

きらきらとした目で観客席を一望し、手を大きく広げる。


「さあさあさあさあ、見届け人の皆々様!

今日は仇討ち日和、願いの風はどっちに吹くか!

今回の進行と空気の温度調整、ぼく――松の副牌、賀松 明翔が務めさせていただきまーす!

拍手〜っ!」


ぱちぱち、と数人の拍手に合わせて本人がノリノリで拍手する。

空気がにわかに軽くなる。


「じゃあまずは、“仇討ちの月数”から確認いっちゃおっか!」


「此方の望みは……そうですね。

“3月戦”にてお願いできればと」


「おっけおっけ〜三月戦、承りましたぁ〜っ!

そちらは?」


「俺は……特にはない」


「ノー条件、いいですね〜っ。風通しがよい。好きな感じですっ!」


ぱっと札を手に取り、くるっと指で切ってから、一枚を抜き出す。


「さてさて〜、では場のレート、開いていきまーす。

……しゅるっ、ぱっ!」


出た札は――梅に鶯。


「おっとぉ〜……これは“平場”!

今んとこ、祝福も罠もなしの、まっさらな勝負ってことで!」


明翔は鶯の札を高く掲げ、観客に見せるように振る。


「ちなみにご存知の方も多いと思いますが〜

“松に鶴”、“桜に幕”、"芒に月"が開幕で出たら、それは“大場”って言ってね?

親側だけ、“仇”を二倍に賭けるかどうか――選べる!

つまり、ド派手チャンスが開くわけですよ!」


わっと小さなどよめきが走る。

それを聞いた明翔が、さらにテンションを上げる。


「さらにさらに、“柳に小野道風”か“桐に鳳凰”が出たら――

出ました! “絶場”!

仇が四倍! 歓喜も破滅も、てんこ盛りの大爆発〜!!」


会場がわずかに沸いた。

明翔はその反応に満足げに頷きながら、手際よく札をまとめて切り直す。


「……やべぇな、それ。

こっちは命がけなのに、演出はゲームみたいに軽いな……」


「これは、“願い”を懸けた遊びです。

命より重いものを賭けていることが、この学苑ですからね。

八八のルールに近いものがありますし、花札自体がそういう造りなのでしょう」


「……そうかよ」


そう言って札を丁寧に揃え、整った山を場に置いた。

先ほどまでの浮かれた口調は少しだけ和らいでいる。


「……場、整いました。

あとは、おふたりでどうぞ。

……祝福が、ありますように」


そう言って、彼は軽くお辞儀をすると――

まるで何事もなかったように、壇からふわっと降りる。


後に残ったのは、ほのかに残る明るさと、

静かに鳴り始める、勝負の鼓動だけだった。



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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