17.花と闘志を起こしてみる
◇
場札
【萩】のかす、桜のかす、桜のかす、【藤】に不如帰、柳に小野道風
山田の手札
【萩】のかす、【萩】に猪、牡丹のかす、【藤】に短冊、菊に青短冊、桐のかす
「じゃあ、ボクの番ですね。まずはライラックから取っておこうっと」
山田は、場に出ていた〈藤に不如帰〉に指を伸ばした。
自分の手札から〈藤の短冊〉を重ねて取ると、嬉しそうにその札を引き寄せる。
……藤の札って、最初はちょっと分かりにくい。
黒豆か小さいぶどうにも見えるし、知らないと花だって気づかないかもしれない。
でも山田は、それを「ライラック」って、迷いなく呼んでた。
――ああ、もう、だいたい察しはつく。
まあ、今は黙っておこう。突っ込むのは、もっと後でもいい。
「……猪、取らなくていいのか?」
そう聞くと、山田の目がすっと細くなった。
「あれ、気付かないなんて……。
本当に気抜いてませんか?」
「いや、何も気付けない。
教えてもらえるか?」
「ふふん。これが貴族の余裕ってやつですよ。
……萩が場に出た時点で、ボクは〈萩に猪〉を取れるんです」
山田は自信たっぷりにそう言いながら、場の札をちらっと見た。
「えっ、取れるのか?」
「はい。たとえ貴方が〈萩に短冊〉を引いて重ねても、
ボクは手札の〈萩のかす〉で、〈猪〉を取れます」
猪を取るには萩の札が必要。
手札を見ると、確かに萩のかすがあった。
「……なるほど、そういうことか」
「お分かりいただけましたか」
しばらく静かな間があって――急に山田が声を張った。
「さて、このめくりで――蝶を引き当てます!」
ピシッと指を立てて、得意満面。
そのまま山札に手を伸ばして、ゆっくりと札を引いて――
ぴらっとめくった札を、ちょっと自慢げに掲げた。
出てきたのは――〈松のかす〉。
「――おめでとう」
棒読みで言ったら、山田がすぐ食ってかかった。
「ちょっと待ってください!?
全然おめでたくも何ともないんですけど!?
見てくださいよ、この札たち!
ノー松! ノー鶴! いらなすぎる!!」
声は大きいのに、札を並べる手はやたら丁寧だ。
並べ直す動きがスッと揃ってて、無駄がない。
……文句を言ってても、楽しんでるのが伝わってくる。
「……でも、赤短札まだ取られてないし、可能性はあるんじゃないかー?」
ちょっとあいまいな感じで返すと、山田が鋭い目でこっちを見た。
「赤短は〈松〉〈梅〉〈桜〉の花に入っていて、
あそこに〈桜のかす〉が2枚出てるんですよ……」
山田が指した先に、伏せられた桜のかすが2枚。
一見地味だけど、そのどちらかがとんでもない札につながってる可能性がある。
「ボク、桜に関しては致命的に相性悪くって……。
あと私怨的に桜取りたくないんですよ」
〈桜に幕〉か〈桜の赤短〉。
どっちにせよ、強い。
静かで目立たないけど、隠れた“牙”を持ってる札だ。
とくに、相手が〈菊に盃〉を持ってる時は、桜札がマジで怖い。
でも――今はその〈菊に盃〉、俺が持ってる。
ちょっとだけ、口元がゆるんだ。
「やっぱ桜の札、怖いよな?」
軽くふって話を向けると、山田がすかさず返してくる。
「その〈菊に盃〉持ってる貴方が言わないでください!
こっちは桜取っても役にすらならないんですからね!?」
「三光とか狙えばいいだろー。光札3枚で超得点だぞ?」
「いやいやいや、厳しすぎでしょそれ。
……はい、次、貴方の番ですよ」
ちょっと疲れた声で促してきたけど、どこか楽しそうでもあった。
◇
俺の番
場札
萩のかす、桜のかす、桜のかす、柳に小野道風、松のかす
俺の手札
梅に鶯、菊のかす、菖蒲のかす、芒のかす、菊のかす、紅葉のかす、桐のかす
俺はうなずいて、山札に指を伸ばそうとした瞬間――
「手札から1枚、出してください」
ピシッとした声に、思わず背筋が伸びた。
「……はい」
思わず出た返事に、自分でも笑いそうになる。
なんだろう、こういうふうに言われるの、ちょっと懐かしい。
俺が“教わる側”になる日が来るなんて、思ってもなかった。
でも今は、それがちょうどよかったのかもしれない。
「出すことを忘れるなんて。
……もしかして、初心者ですか?」
「本当に初心者なんだよ……」
「合わせられなくても、場に1枚は出すんですよ」
「あ、そうだ。さっき〈菖蒲〉出そうか迷ってたの、思い出した」
俺は、〈菖蒲のかす〉を手札からつまみあげる。
なぜかその札だけは、怖くなかった。
そっと、場に出す。
――たん。
やけに軽い音だった。
〈菖蒲〉は、特別な役にならない札。
だから、何も考えずに出せた。
「めくる」
山札に手を伸ばし、1枚引いて、そっとめくる。
角から少しだけ柄が見えて――手が止まった。
〈菖蒲の短冊〉
……たった1枚合わせただけなのに、
胸の奥がじわって熱くなった。
嬉しい……というより、びっくりした。
まさか、こんなことで気持ちが動くなんて。
札と札が“合わさる”感覚。
手応えは軽いのに、ちゃんと“つながった”のが分かる。
「お、揃ったな」
まだ大した展開じゃないって分かってる。
だから少しだけ笑って、軽いノリで返した。
でも――この気持ちは、うまく言えない。
狙ったわけじゃない。
たまたま、それでもちゃんと、噛み合った。
その感覚が、指先に、まだ残ってる。
「……花を合わせるって、こういうことか」
自然に出た言葉に、すぐ隣から声が返ってきた。
「"花を起こす”って言うんですよ」
さらっと言いながらも、
その声の奥には、ちょっとだけ得意げな響きがあった。
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