8. うちのサークルの新歓に来ないかって?イクイクいっちゃう!
「よう、今日の分持って来たぜ」
「はーい!」
発喜がFMOにログインしたらメイガスがやってきて小さな袋を渡して来た。その中にはエリクサーを始めとした大量のアイテムが格納されている。
「後で誰かが取りに行くけど、今日はいつまでやってる予定だ?」
「う~ん、三時間くらいかな」
「分かった。それじゃそう言っとく」
「メイガスも一緒に遊ぶ?」
「そうしたいのは山々なんだが、今日はやることがあってな……」
「そっか、残念」
「また今度誘ってくれよな」
「うん!」
リアルに持ち帰るアイテムをメイガス達が収集し、ゲーム内で発喜に渡してリアルに持ち帰ってもらい、それを更科の関係者に渡して必要な人に配ってもらう。
それが更科一家と発喜とで相談して決めた回復アイテム配布のルールだった。アイテムの要望は更科一家が受付役となっており、発喜に連絡してもメイガスに自動的に転送されてしまう。
『アイテム袋もリアルに持ち帰るってことだよな。物流がヤバいことになりそう』
国が保証したことで、発喜がゲーム内アイテムをリアルに持ち帰れるという話は事実であるとすでに世間に認識されている。そのことで国内外から膨大な問い合わせが発喜の元へ送られているが、更科一家が発喜を守ることに全力を尽くしているため、今のところ発喜は何も被害を被ってはいない。通学中に一度だけインタビューに気持ち良く答えたくらいか。
「メイガス忙しそう。やっぱり私も手伝った方が良かったのかな?」
『おお、それは最前線を目指す宣言ですか?』
「ああ~貴重なアイテムを入手しようとなるとそうなっちゃうのか。じゃあや~めた」
『掌くるっくるで草』
「適材適所という奴なのだよ」
『美少女JD様は十分仕事してるよ。当時は疑ってマジすまんかった』
視聴者が発喜を叩くことはほぼ無くなった。未だに信じられないか、あるいは己が叩いたことを誤りだと認めたくない面倒な人達だけが継続して叩こうとしているが、それらは多くの普通のコメントの中に埋没し、配信AIも絶対にそれらをピックアップせずに自動BANされるようになっていた。
つまり何がどうなっているかというと、発喜は信者達に囲まれて普通にゲームを楽しめる環境にいるということだ。
「謝るより褒めなされ」
『いよっ!美少女JD様は救世主!』
「そうそう、そういうの頂戴!」
『美少女JD様マジ美少女!』
「うん、知ってる」
『そんな自信満々なところも素敵!』
「えへへ、そっかなぁ」
しかも褒めろと言えば全力で褒めてくれるから快感しかない。発喜は配信が止められない止まらない状態だった。
『美少女JD様、今日は何するの?』
「職業に就こうかなって思って」
『おお、ついに!』
レベルはとっくに十になっていたが、アイテム云々の話でゲームをまともに進められていなかった。ようやく今日から本格的にゲームを再開することにしたのだ。
『何の職業にするつもり?』
「それがまだ決めて無いんだよね」
戦士系にするか、魔法職にするか、生産職にするか。
大まかな方針すらもまだ決めてはいなかった。
『クリエイターはお勧めしないよ』
「そうなの?どうして?」
『癖が強くて扱うのが難しいから』
「ふ~ん、そうなんだ」
否、本当は別の理由がある。
クリエイターは様々な攻撃アイテムを作成できる職業であり、発喜の場合はそのアイテムをリアルに持ち帰って間違えて暴発させるなんてミスをしそうだったからだ。
発喜に絶対にならせてはいけない職業。
それが裏でかなり話題になっていて、発喜が見ていない視聴者のコメント欄にはクリエイターだけはやらせてはならないという内容でびっしりと埋め尽くされていた。
「そう言われると逆に興味が出て来たかも」
『いやいや、本当に止めた方が良いって。ゲームつまらなくなっちゃうかもよ』
「それは嫌かも」
『そうそう、商人とかヒーラーとか向いてるんじゃない?」
「それって私が回復ポーションをリアルに持ち帰ってるからでしょ。私が本当にそれらに向いてると思う?」
『思いません』
「自分から振っておいてなんだけど、即答とか酷いね……」
クリエイターだけはやらせないように話題反らしに必死な視聴者達だった。そしてその必死のコメントが実を結び、話が別の内容に逸れ始める。
『幼馴染のまもりちゃんに相談してみたら?』
「まもり?今は私に近づけないみたいだよ?」
『え?何で?』
発喜はまもりと再会した時の出来事を説明した。
「FMOの運営に説明したらペナルティが解除されることになったんだけど、何故かまだ解除されてないんだってさ、不思議だね」
『そんなことあるんだ』
友人同士のちょっとした絡みの延長線上のケンカの場合、対人攻撃によりペナルティをもらっても運営に説明すればすぐに解除される。発喜とまもりの関係も問題無いと一旦は運営に判断されたのだが、ペナルティが中々解除されない。
実は発喜がアイテムを持ち帰れる貴重な人物であると発覚したことで、まもりが発喜に危害を加える可能性が万が一にでもあるかもしれないと運営が警戒して解除を先送りにしていたのだった。
「FMOで私に会えないからって、リアルで会おうって必死でさ。なんか怖くなって逃げちゃってたの」
『幼馴染の扱いが酷すぎて草』
高校卒業後と同じように連絡は全て未読スルーし、大学でもまもりに見つからないようにと隠れるように生活していた。その結果、またしても毎日百通を越えるメッセージが届くようになり、また不条理に叱られるに違いないと恐れ逃げ続ける悪循環になっていた。
『学部が分かれば授業してそうな教室をあたれば見つかりそうなものだけど』
「私、気配を隠して人の流れに身を隠すの得意なんだ」
『忍者か』
「それを言うならくノ一でしょ。にんにん」
『それ絶対忍ばないやつ』
発喜は空いているベンチを見つけるとそこに座り、空中ディスプレイを操作して公式マニュアルの中の職業一覧を確認し始めた。話の流れから、忍者という職業があるのかと気になったのだ。
『そっか、美少女JD様はリアル美少女JDなんだっけ。大学の話も聞いてみたいな』
「大学?別に面白い話なんて無いよ?」
リアルの話をするのは嫌いでは無いのだが、これまで何もイベントが無かったと本気で思っているため、聞かれるまで配信では何も言うつもりはなかった。
『サークルとか入ってないの?』
「入ってないよ。しばらくはFMOやるつもりだったから。でも新歓には誘われて行ったことはあるよ」
各種職業の説明を読みながら話半分で視聴者と対話する。この辺り、コメントを音声で自動ピックアップしているからこそできる芸当だ。
『行ったの!?』
新歓に行ったことがあるという話に何故かざわつくコメント欄。それはあるお約束を危惧してのことで冗談交じりの反応だったのだが、次の発喜の言葉で彼らの雰囲気がガラっと変わることになる。
「うん、歩いてたらテニスサークルのイケメンの男の先輩から新歓の飲み会に誘われたの。サークルには入る気が無いって説明したんだけど、それでも良いから一緒に楽しもうよって言われて、タダで飲み食い出来るらしいからそれならまぁいっかなって思って」
『テニスサークル……新歓飲み……』
ネットで定番化しているネタと符号が一致している。あまりにもテンプレ通りであるため発喜の冗談だろうと思っている人が何人かいるが、発喜が相変わらず職業選択に意識を半分使っていることもあり、冗談で視聴者をからかっているようには見えなかった。
『確か美少女JD様は名神大学だったよな。あそこのテニスサークルって確か……』
いわゆるヤリサーではないかと、界隈では有名だった。
つまり発喜は彼らの毒牙にすでにかかってしまっているのではないか。だが発喜の様子は悲劇的な体験をしたかのようには全く見えない。それゆえ視聴者は何がどうなっているのか困惑しまくっていた。
「飲み会楽しかったな。未成年だからお酒は絶対に飲まないって言ったら、ウーロン茶を頼んでくれたし、料理は少し味が濃かったけど美味しかったし、あれがタダなんて最高だね」
その言葉はどう考えてもヤリサーに騙されてしまった女性のものではない。純粋に大学入学を歓迎されて満足したようにしか見えない。
『どういうこと?』
『時間をかけて堕とすつもりとか?』
『それともアレはただの噂で本当は普通のサークルだったとか?』
発喜にとって良く分からないコメントが聞こえてくるが、職業選びに夢中な発喜は理解できない言葉をあっさりと脳外へポイしていた。
『その飲み会で変なことなかった?』
「変なこと?」
『先輩に勧められた飲み物を飲んでたら眠くなってきたとか』
「あはは、なにそれ。無い無い」
だとするとやはり視聴者達がネットの評判に騙されていただけなのだろうか。
「あ、でも申し訳ないことしちゃったかな」
『申し訳ないこと?』
「うん、イケメン先輩が注文してくれたウーロン茶を飲もうとしたら慌てて倒しちゃったの。だから結局自分で注文する羽目になっちゃった」
『…………』
もしそれを飲んでいたら発喜はどうなってしまっていたのか。
それを考えるのはやはり考えすぎなのだろうか。
『他に何か変わったこと無かった?』
「他に?変わったことなのかどうか分からないけど、途中でお店に警察が来たよ」
『警察!?何で!?』
「分かんない。新入生がお酒飲んでないかパトロールしに来たんじゃないのかな。私は飲んでなかったからセーフだったけど」
『そんな理由で警察が飲み屋に来る……?』
警察だって暇じゃない。酔っぱらって歩いている学生に職務質問をすることはあっても、店内に踏み込んでまでチェックするなど余程の事だ。
「そういえばその時、イケメン先輩が焦った感じでお金置いて帰っちゃったんだよね。あれなんだったんだろう」
『それやっぱりアレじゃねーか!』
「あれ?」
『美少女JD様がお持ち帰りされてエロいことされそうになってたってこと』
「なにそれ。下ネタはBANだよ?」
発喜は下ネタに厳しく直ぐにBANさせる。ここでのBANとは発喜の配信を二度と視聴出来なくなるという意味だ。『くぱぁ』というコメントの直後に物凄い迫力のある笑顔で『BAN』とだけ告げたのは伝説に残っている。
『下ネタじゃないから。本当に美少女JD様がピンチだったんだって!』
「眠らせたり酔わせて新入生を持ち帰るだなんて、アニメやドラマじゃないんだからあり得ないよ」
『そうだった、美少女JD様は危機感ゼロなんだった……』
自分がヤリサーの標的になっていただなど、発喜が信じる筈もない。むしろ美味しいご飯を奢ってくれた優しい先輩のことを悪く言われて少し不機嫌な様子だった。そのためか、しばらくコメントを無視して職業選択に没頭することにした。
『そういえば名神大学のテニスサークル、解散したって噂があるんだけど』
『警察に捕まったってこと?』
『どうだろう、ニュースにはなってなかった気がするけど』
『美少女JD様が無事で良かった』
『つーかどうしてその状況で無事だったんだ。完全に詰んでるだろ』
『沢山飲み食いしたあげく、指一本触れることもさせずに、警察を召喚して壊滅させるとか、ヤリサーにとっては悪魔だな』
『ざまぁ』
この話を聞いて更科一家がアップを始めた。
恩人を陥れようとした人物を許せるはずが無いからだ。
名神大学のテニスサークルが復活することは二度となかった。
「よし、決めた!」
視聴者達を無視して職業について調べていた発喜は、ようやく何になるかを決めたらしい。
『お、決まったか。どれにするの?』
「ふふん、それはね……あれ!」
ラオンテールには各種職業ごとにギルドが用意されていて、そのギルドの建物に向かうことで転職が可能となる。それぞれのギルドの建物は離れているが、いずれも屋上に高い旗を立てているため、中央広場からなら位置が分かるようになっている。
発喜が指さしたのは、とある職業ギルドの屋上に掲げられた旗だった。
『フォーチュンファイターか!面白いのを選んだね!』
「でしょ!運が良ければレアアイテムを落とすかもっていうのが面白そうだなって思ったの!」
フォーチュンファイターは『運』のステータスに特化した職業だ。
確率で『運』の値の十倍が『力』に加算されたり、魔物がレアアイテムを落とす確率が上昇したりと、中々に癖のある職業になっている。しかしフォーチュンファイターでなければ入手できないアイテムがあったり、低確率ではあるが超高威力攻撃が可能になるためそこにロマンを求めたりと、それなりに人気のある職業だ。
「それじゃあ転職してくるね!」
発喜は自分が豪運の星の元に生まれていることに気が付いていない。
個人情報を公開しても被害に遭わず、まもりから逃げようと思えば何故かまもりに妨害が入り逃げ切れてしまい、ゲーム内アイテムを持ち帰れると信じてもらいたいと思ったら最強の人物に保証され、新歓でヤリサーのターゲットになったはずなのに睡眠薬を偶然回避して何故か警察を呼び寄せて危機を脱する。
リアルラックが高すぎる発喜が、『運』を駆使する職業についてしまった。
それが何を意味するのか、本人はともかく、視聴者達はすぐに理解することになる。
美味しい話には裏があると思わずほいほい着いて行ったらダメ!ゼッタイ!