第一話『翡翠少年と魔女の二人』
「……なるほど。羽衣石村の住民達に格好をバカにされ、姉貴と共に焼き払ったようじゃ」
確かに、自分も似たような経験がある故、分からんでもない。じゃが、村を焼き払うにはやや動機が足りぬような気もする。
もう少し心を通わせたい所だ。でも、魔女の姉貴とやらにも話を尋ねる必要があろう。
「お主、魔女と言ったな。二つの条件を呑んだら解放してやろう」
「条件? 何よ!」
「一つは休戦、もう一つはお主の姉貴と会話をさせて欲しい」
「おいおい何言ってるんだ狐! こいつは、」
「うるさい! 黙っておれ」
狸男の言い分も分かる。仮にまた他の村を焼き払ったら、我々にも責任が降るのは紛れもない。
真実を追求するのも、ある過去をうっすらと脳裏で考えていたからだ。
「わかったよ。いくらうちでも格上の相手しないし……」
「うむ! では我々が羽衣石村の跡地に案内してやろう。ついてこい狸」
「いや俺は、ああもう! どうにでもなれ!」
狸男の出した写真の通り、殆どが焼けた村の有様を見ては胸元を痛める気持ちになった。
観察にうろうろ四方八方に徘徊していると、口論とも取れる二種類の声がする、少年と大人の女性だろうか。
もう少し進んでみる。私の推測は当たっていて、緑色の髪をした少年と、我々を襲撃してきた魔女と似たような女性がいた。
更に距離を詰めれば状況が分かった。どうやらもう一人の魔女も腕を後ろに回され、素材の荒い紐で手首を縛られこちらも捕まっているようであった。
これが既視感と言うものであろう。
「妹! って、あんたも捕まってるじゃん!」
「助けてよ〜!」
「やれやれ」
私は思わずため息の言葉を吐いてしまった。
しかし、よくこの少年は村を焼けるほどの魔女と対峙出来たな。きっと実力者なのか。利害は一致しそうだが、戦いたくはない。寧ろ慎重に会話を進めるべき対象はこの十歳ほどの少年か。
「少年、私は逆雪 蓮と申す。お主は?」
「僕? 村の村長だった人の孫の、翡翠 一太だよ。ああ、説明するとこの怪しい人間を捕まえたのは僕だ」
だろうな。
思ったより大人しい、ここから会話が進まない。どう切り出したらいいか分からないが、狸男を監視しつつ上手く示談を。
「おう! 俺は狸だ!」
監視しても無駄な感じもした。
でも自分が奥手すぎただけなのかもしれない。狸男が翡翠少年に話しかけては、割と弾んでいる。どうやら体術に優れており、魔法をかいくぐりながら倒した模様。それと、想像以上に良い心を持った少年な印象も受けた。
「ところで狸的に気になるんだが、この魔女と名乗る二人どうするんだ?」
「とにかくは僕で預かるよ。こいつらを更生させる。蓮さんも狸さんも異論はないね」
「うむ。お主ほどの実力者なら、何かしようものなら叩きのめされるだろう。一件落着じゃな」
「そうだ! 俺達で今夜は宴だ!」
狸と宴をするつもりなどない。
わざと軽く咳払いをして、手で払いのけるような仕草をしてそそくさとこの場を立ち去ろうと思った。
が、ここで「ちょっと待って」と翡翠少年に止められる。まさか、狸を交えた宴でもするつもりなんじゃ。
「僕ら、いや僕はこいつらのせいでお家がないんだけど」
確かにそうだ。特段不利益はなさそうだし、ついでに魔女とやらの監視も兼ねてこの三人を白雪なんでも事務所に止めてやるか。色々謎な事もあるしの。
「うむ。しばらく私の事務所で寝泊まりするがよい」
「ありがとう!」
狸男がしょぼくれているようだが、見なかった事にする。
……流石に可哀想になってきたので、今夜ぐらいは泊めてやろう。
「やったぜ!」
「心を読むでない。特例だ」
⭐︎⭐︎⭐︎
炎ちゃんお手製の料理が沢山出てくる、やや締まりの悪いような宴が私の事務所で開かれる。
既に顔を真っ赤にして酔っ払っている狸男が魔女二人に肩を組んで鬱陶しい絡み方をしているようだ。今日はやたら役立つ事が多い。動物は見かけに寄らないのかもしれない。なんて。
一方で翡翠少年と言うと作法正しく、静かに出された料理を食べている。よほど良い教育をされてきたのであろう。羽衣石村が焼かれてしまったのが、尚更同情を誘う。
「そうだ翡翠少年、魔女の相手はこの鬱陶しい狸に任せて、別室で話そう」
「え、なんでしょうか」
「いいから」
自分は読心術は持ち合わせていないが、きっと故郷を焼かれた少年は今にも泣きたいと言うのは、手に取るように分かる。
少年の手首を握って接客室へ。
「お主、これからどう生活するつもりじゃ?」
「うんと、とりあえず焼けた羽衣石村を戻したいので、帰って家を建てるつもり」
とても素晴らしい。動物の私が汚れだらけのように思える。純粋すぎる。
「あとそれと、魔女さん捕まえた時に少し話して思聴いたんです。あの人達も故郷に戻れないんだって」
「詳しく、聴かせてもらおうか」
「元いた世界? に突然、空間に大きな穴が開いて、吸い込まれてしまったらしい。その先で自分の信じてきた服装をバカにされたら、誰でも怒ると思う」
なるほど。形は違えど境遇は同じというわけか。右手の拳が強く握られているのも意志の強さを感じる。
協力をしたい所だが、私には私の生活があり、あの狸男にも奴なりの生活がある。この均衡を崩すわけにもいかず、しばらく少年と魔女三人を泊めたら、惜しくも別れなければならない。
「分かった。数日してそれぞれ癒えたら、羽衣石村に戻るが良いだろう。餞別を用意しておく」
「いいんですか! 正直、反対されると思ってた」
「うむ。お主は強いしの。きっと上手くやれる。では宴に戻ろう」
一人だけ騒がしい宴も、やがて夜が進むにつれ静かになり。私もやがて自分の寝床に入る。
⭐︎⭐︎⭐︎
数日後。狸男は宴の翌朝、二日酔いに耐えながら頑天の山に帰って行った。
翡翠少年と魔女の姉妹は私の事務所の手伝いをしながら過ごし、そして今日が別れの日なのじゃ。
魔女の姉妹は何度もお辞儀をしながら、見送る私と炎ちゃんに何度もお礼をする。翡翠少年も一度お辞儀をして、お礼の言葉を述べた。
数日前の約束通り、包みに入れた餞別を渡す。大きや的には飾られた肖像画ぐらいで、肖像画よりもやや太いぐらい。
「では、行ってきます! いや、帰ってきます!」
「ありがとう〜白い狐さん。また会おうね」
と魔女にお礼を言われた。一時期はいがみあったような仲だが、たまにはこういうのも悪くない。
やがて見えなくなるまで手を振って、私と炎ちゃんは事務所の建物内に戻る。うむ、次はどんな事があるじゃろう。と、笑顔の炎ちゃんと顔を合わせた。
「無事良い方向に進んで良かった……ん?」
「……ぃぃいいいつううねええええ!!!」
なぜ今、狸男が私の事を叫びながら走ってくるのじゃ。
ほれ早く戸締りするぞ。
「あぁ、はあ、間に合って良かった。狐、聴いてほしい事がある」
「なんじゃ。朝からうるさいのう」
「頑天の山の入り口が、結界で塞がってるんだよ! 頼む結界を壊してくれ。帰れない」
「やれやれ。こないだの恩もある。行ってやろうじゃないか」
「おう! 頼む」
舌を出して狸男を挑発する炎ちゃんを横目に、私は頑天の山入り口に向かう事にした。
すると、忌々しい光景が広がっていたのじゃ。
高く聳える山に、真っ赤な結界が数え切れないほど刺さっていたのだ。