プロローグ『本日は、晴天の予定』
結論から書く。この事件は頑天の山に住む、狸が犯人だ。
何が起きたのか説明する。漆の平野に無造作に薄紅の結界が張られ、物を運ぶ商売人達が通行する妨害を行なっているのである。
私は白狐の逆雪 蓮と申す。商売人の手助けをするべく、龍神の里で修行を重ね、今は人の女性の姿に化けて活動している。
ある晴天の予定だった日、否、実際は小雨のどんよりした日なのだが、楓村の私の構える白雪なんでも事務所に一人の商いを行う、人間で言うならば恐らく二十代過ぎくらいの男が駆け込んできた。人間の癖にまるで狐のような顔をしているが、そんな事を考えるのは野暮と思考の中から振り払って、お茶と菓子を出しながら話を聴く事にした。
我々、狐の張る結界は薄い緑色のものなので、すぐに狐に潔白は分かったが、苦手な存在である狸にしてはまた妙だと一瞬考えた。彼奴の結界は半透明ではないのだ。赤で全く内部が見えない状態が主なので、変な事を企んでいる線も考えつつ、ひとまず狐の顔の商売人と現地の漆の平野に行く事にした。
私は馬車の、荷物入れに乗り外の景色を軽く楽しみながら、また事件についても考える。漆の平野は頑天の山と隣接しており、体力が少ないとされる狸でも行き来出来るほど近い。故によく人間に化けた狸が出没する。時折、通行する観光客や商売人とすれ違っては、衝突する事も珍しくはない。が、流石に結界を使って道の妨害は初めての例だ。
幾ら苦手とはいえ、最初から疑うのは信念に反する。まずは調査をしよう。
そして気づけば平野をそこそこ進む。すると、誰も通れないようにビッシリと目で追えないほど長距離に渡って、薄紅色の結界が立っていた。高さに関しては目で追えるが、とても人間の脚では跳べない程度の高さだろう。
「とりあえず壊しますか? 六円ほど頂きますが」
「お、お、お願いします! 商売ならへんですので!」
「それと原因の調査もしますよ」
「もちろん! お代は弾ませてもらいますぅ」
両手を合わせながら腰をよじらせている。なんともいえない動きをしているようにも見える。
とりあえず青い炎の妖術を使い、結界の繊維に侵入させ破壊。これだけ大きくて広範囲だと壮観な物。ましてや、狸の仕業だと思えば気持ち良さは格別。
一瞬の気持ち良さも束の間。遠くから聞き覚えるある怒号が近づいてくる。
「…………くぉぉぉぉらぁぁぁぁああああああ!!!」
「うわ、来たよ」
「へ? 来たとは?」
「化け狸です。ほら、あそこ」
案の定、頑天の山方面から男の化け狸が全力で走ってきた。拳で殴られそうになったので紙一重でかわす。我ながら完璧だ。
「ゼェ…ハァ…お主、よくも結界を…ゼェ…」
「うるさいですね。人間様が困っているでしょう」
「こちとら事情があるんじゃ! 弁償しろ狐の野郎!」
「断る」
「んだとー!」
もう一回飛びかかってくる。今度も避け、ついでに背中を指で押して転ばせる。愉快愉快。
「一応、落ち着けば話を聴いてあげようじゃないか。狸ごときに全うな理由などないだろうけどさ」
「お前はいつも……話そうではないか」
服装についた土汚れをはたきながら立ち上がって、袴の裾に両手を入れた。
「この辺にマジョと名乗る変な帽子のおなごがおる。狐の癖に知らんのか?」
「知らん」
「マジョは『マホウ』を使って羽衣石村を襲い、焼き払った! ああ、恐ろしい」
「で? この一帯に結界を張ったと? 誰のことわりを得ている」
「えらい人間様に示談をしている場合ではない。このままでは、我々も餌食だ」
マジョ? マホウ? 聞いた事すらない。相変わらず狸は法螺を吹くのが得意なようだ。安易に信じるわけにもいかない。
が、今回は嘘や悪戯には思えないと、勘が言っている気がしている。
思わず一回狸の頭を叩く。
「考えなしなこっちゃ。余計に混乱を招くだけだろう!」
「うう、ごめん」
とりあえずこの狸を馬車の荷物入れの乗せ、私も乗る。商売人に白雪なんでも事務所に戻るよう、お願い。
その頃には実際に晴天になっていた。
楓村に戻り、落ち込む狸を引きずりながら再び商売人も招く。
中で私の弟子の青い狐である、炎ちゃんが客室を掃除していた。
「おかえりですー!!! こちらの薄汚い男と、狐みたいな顔の男はどなた?」
「こら失礼でしょ! 今回の依頼人のお方と、こっちは頑天の山にいる狸男よ」
「へー! 狸は帰った!」
「踏んだり蹴ったりだよ……事情があるから少しは居させてもらう」
炎ちゃんは私と商売人にはお茶を出し、狸男には干していない渋柿を出す。もはや辛辣な対応されるのに慣れているのか、突っ込みすらしないようだ。
炎ちゃんが別室に行ったところで私がお茶をすすり終わり、そこから狸男が話を始めた。
マジョ、マホウ。漢字で書くと魔女と魔法らしい。この国の海を超えた遥か遠く遠くの地域に存在していた、私で言えば妖術を使うような人間の事を指しているとのこと。なお、空想上の存在であるのも説明された。
「ところで、本当に羽衣石村は焼かれたのか?」
「写真もあるぞ! ほれ」
裾から数枚の写真を出してきた。黒焦げになってほぼ跡がない家の数々、なんとか残っているが、全て真っ黒の煤まみれの門、この門は私も見覚えがある。恐ろしい光景だ。
「うむうむ、信じてくれたろう。だから美味しいお茶を頼む」
「図々しい奴じゃ。だが事実みたいだな」
「ところでここって「なんでも事務所」なんだよな?」
「それがどうした」
「頼む! 恐ろしい魔女を成敗してくれないか」
急に客間の机をぶつけながら頭を下げられる。幾ら私でも気が引けるが、ともあれ、魔女の成敗か。道の所業すぎて、断ろうかどうか。ううむ。
まあ、やるだけやるか。
「一つ質問がある。お主も協力するか?」
「いいのか!? 俺狸だぞ! 狐の天敵!」
「背に腹は変えられぬ。一時休戦というもの」
「ありがとう! 明日、頑天の山の麓で集合な!」
「あ、ああ」
こうして商売人と狸男は帰って行った。
そもそも魔女とは? どれほどの力を持った存在なのか? 実在はするのか? 気になってきた。
翌朝、晴れ。
予定時刻より早く私は頑天の山の麓に着く。狸男も同じぐらいに偶然にも着いたようだ。
「よーし! 来ないかと思ったぜ。とにかくは、作戦会議だ!」
「そうだな。まず、どんな見た目をしているか教えてくれ」
「おう! 丁度背後にいるおなごのような姿だ! って、ぎょえええええええええええええ!?」
咄嗟に私も振り向く。とても大きな帽子に、木製のゼンマイのような形に加工された棒、見た事のない、下から見たら股が見えそうな服装だ。髪色は金髪である。
「お呼びかしらー? 魔女、倒すんでしょ?」
「お、おお。いけ! 狐!」
「いやいや! 男なんだから狸から行けよ!」
喧嘩してるのも一瞬、私と狸男の間に閃光が走り、山の地表を軽くえぐる。
「おいおい! 思ったよりやばそう! な!」
「私に同意を求めてる場合か!」
「ほーれほれ。間抜けな動物さん達ねー」
氷塊が飛んできたり、鬼火のような物が来たと思えば濃い紫色をした謎のモヤモヤを出して鞭のような形に、狸男を縛り上げる。
「あなたもこうなりたい? 早く逃げた方がいいよ〜」
「私は……」
確かに狸は好きじゃないし、こいつに未練はないけど、でも。
ここで逃げたらみんなが困る!
「逃げない! 結界術。白龍炎!」
「なにそれ」
白い炎を魔女に突撃させる。先端は龍の頭の形をしている炎だ。奇妙な棒を持つ腕に命中、狸男は解放された。
「ありがとう! 俺もやるか!」
狸は両手を合わせ拍手の音を立てる。彼奴の周辺の草木がざわめき出し、植物のツルが何本も魔女に向かって伸び、両足首に巻き付く。
「きー! 離して! どの世界も妙な超能力や妖術や魔法使うやつばっかり!」
変な事を言っているが、気にしている場合ではない。とりあえず懲らしめようか。
全力で魔女の頬を叩く。
「焼かれた村の人達の事、考えた事ないの! 愚か者!」
「あるわけないじゃん〜! いいから離してよ」
「こいつは駄目じゃ」
今度は私が結界を作り、魔女を閉じ込めた。とりあえず一生解放するつもりはない。
「ありがとうな、狐」
「ふん。筋合いがないと言いたい所だが、今回はお前がいて助かった」
「出してよー! うち悪くない!」
「ところで、羽衣石村焼いたの、こいつなのか?」
「えっ、でも生存者がみんな」
「証拠はない。話を聴くのが道理じゃ」
「え、あああ、分かったよ」
結界の前に立って手を当て、目を瞑る。




