34、水の国-3
「――と、いう訳で……アイグァの街に行ったことがある人、挙手!」
アルフォンスの号令に対して、手を挙げたのはヒリンさんだけだった。
「ヒリンさん、説明をお願いしても?」
「ええ、そうですね」
ヒリンさんは頷くと腕を組んだ。
「アイグァの街は、辺境都市としてはかなり規模が大きい街です。アイグァの街ならば女王陛下が視察にわざわざ赴くのも納得かと。あの街の特徴としては、住民に戦える者がとても多い事が挙げられますね」
「アイス竜皇国やドゥンケル魔王国みたいな感じ?」
ヒリンさんがイドラちゃんの言葉に頷く。
「確かに、その2国は種族柄ほぼ全員が戦えますし、そういう点では似ていますね」
みんなが真面目な話を始める中、わたしはどう希望を切り出そうか、隙を窺っていた。
アイグァの街の事はみんなに任せておけばどうにかなるという事を経験から知っているので、わたしは観光がしたい。もっと言えばみんなで一緒に観光がしたい。
「ん?どうしたエス坊?」
そんなそわそわしている私に最初に気付いたのは、意外にもアルフォンスだった。
『あのね、あのね』
「うんうん」
『わたし、みんなでおうとのかんこうしたいなあ』
もじもじしながらそう言うと、何だかみんながものすごいほっこりした顔になった。
「そうね、久しぶりにこの街の観光するのも良いかもしれないわね」
「賛成。息抜きも大事だよね」
心なしか生温かい目でわたしを見ながらの発言に、ちょっと物申したかったけれど、お願いを聞いてくれるようだから我慢しよう。
「じゃあ今日は観光の日だな!」
「私は行きたい店があるので同行しないぞ」
「儂も仕入れたい酒があるでな。エラちゃんにはつまらんだろうて」
という事なので、観光はアルフォンスとイドラちゃん、それから万里乃さんとヒリンさんで行く事になった。
「あたしあんまりこの街を見て回ったことないから、観光案内は出来ないなあ」
「俺もー」
街に出てから若い2人がそう言って、早々に万里乃さんとヒリンさんに期待の目を向けた。
「そうね……水竜は近くで見た事がある?人懐こくて可愛いのよ」
『すいりゅう!』
「水竜はこの国の目玉ですからね。その他ですと、ありきたりな事しか言えませんが、市場が面白いかもしれません」
「ああ、あたしも初めて見たときびっくりしたなあ、市場」
聞く話が一々興味を擽ってくるので、わたしは無意識に尻尾をぶんぶん振っていたようだ。イドラちゃんにはっしと掴まれ、やっと気付いた。
「エステレラも待ちきれないみたいだし、まずは市場にいこっか」
『わあ!ねえねえいどらちゃん!』
「どうしたの?」
『わあ!わあ!!』
【ベネチアっぽい!行ったことないけど!!】
この街はなんと、ほぼ道路がない。ならどうやって移動するのかというと、水路だ。
大小さまざまな川が縦横無尽に流れ、複雑な道になっている。
水路はミニサイズの水竜が曳くボートで移動するようになっていて、ボートには水竜に指示を出す為に専門の人が乗っている。お金を出せば観光案内のような事もしてくれるらしい。
わたしは、というか美奈は、深い水で満たされた場所はあまり得意ではなかった。水族館の大きな水槽の奥とか、古いプールの排水溝とか。何だか吸い込まれそうというか、得体が知れないというか……とにかく、ちょっぴり怖かったのだ。
けれど何故だろう、この水路は底が真っ白で水も透き通っていて明るいからだろうか?あまり怖いと思わなかった。
「お客さん、その子、しっかり押さえていてくださいね。身を乗り出し過ぎて落っこちそうだ」
「うん、だいぶはしゃいでるみたいだから気を付けるわ」
わたし達が乗ったボートのお兄さんが、苦笑しながらイドラちゃんに忠告する。
イドラちゃんはこくりと頷くと、膝の上にがっしりわたしを固定した。
ボートはすいすいと進み、やがてとても大きな水路に出た。
その水路の幅は、ボートがいくつも余裕ですれ違えるだけの広さがある。大小様々なボートが浮かんでいるのは、とても圧巻だった。
『ねえねえ、あのぼーとおもしろいね!』
「うん?ああ、あれが市場だぞ、エス坊」
ボートが市場とは……?
よくよく見てみると、水路の端の方に面白いボートが多くある。そのボート達には棚がついていて、色々な物が置いてあるのだ。
「不思議そうな顔ですね、説明が要りますか?」
『ひりんさん。うん、おねがい』
ヒリンさんは面白いボートを一つ一つ指差しながら、説明してくれた。
「あのボートには果物ばかり置いてあるでしょう?あちらのボートには雑貨。この街の市場はこのように、店をボートに乗って開いているのですよ。昔は普通に道端などに露店を構えたりもしていたようですが、客側も一々ボートを降りるのが手間だったようで、今のスタイルが台頭してからはあっという間に廃れたようですね」
『ぼーとのおみせやさん!?ざんしん……』
言われて観察してみると、道行くボートがお店ボートに近付いて買い物が始まっていたり、中にはお店側がお客ボートに売り込みをかけている姿も見られたりしていた。
【ええ……?エスちゃん、あれ見てあれ】
不意に美奈が戸惑いの声を上げた。
何かと思ったら、半魚人が魚を売っている。途轍もなくシュールだ。
でもわたしは知っている。間違えても「共食いじゃないの?」などとは言ってはいけないのだ。狼人族を犬っころ呼ばわりするのと同じくらいいけない。ギャリックさんがそう言っていた。
わたしの微妙な顔を見て、万里乃さんが首を傾げた。そしてわたしの視線を辿り、頷く。
「ああ、エラは魚人族を見るのは初めてね。この国は普人族と魚人族の国だから、意外といるのよ。ほら」
万里乃さんがなぜか水面を指し示したので覗き込むと、さっきの半魚人よりも素敵なビジュアルの人魚が、水路の底の方をひらひらと泳いでいた。
『にんぎょさん!』
「ああ、お伽噺の人魚に似てるよね、確かに」
「ああ、魚人族の女性達を見て『人魚だ!』と感動する方も多いですよ。彼女達は大層美しいことで有名ですからね!」
ボートのお兄さんが自慢げに胸を張っていた。
分かる、美人さんは宝だよね。
読んでくださり、ありがとうございます。
水の都、いい響きですよね。




