第9話 女子高生はおませさん
前回までのあらすじ!
大人なコボルトさんは、小娘の下着ごときで動じたりしないのだ!
切ったお野菜を、お肉と一緒にコトコト煮込む音がする。
ガスコンロやIHみたいなのはなくって、この世界では平たい炎晶石というものを使うらしい。
鍋に材料を入れて、炎晶石の上に置けば、ふつふつと沸騰し始めるの。なんて便利なの。
「いい匂いだね」
「そうか? 俺はもう食い飽きたもんだが」
「シチュー?」
「ああ。パンは昨日焼いたもんで我慢しろ。石のように硬えけどな。ゲハハハハ」
お料理できる男の人ってステキ。
でもパルフェが犬じゃなかったら、こんなに仲良くしてなかったんだろうな。男の人と話すの、あんまり慣れてないし。
というか、二足歩行の柴犬が腰にエプロンを巻いて、お鍋をお玉でかき回しているその姿がもうカワイすぎて悶えたくなる。
後ろ姿を見ていると、後頭部から二本、ピッと立っている三角のお耳がまたカワイくって、その頭に鼻を埋めて匂いを嗅ぎたくなっちゃう。
尻尾はゆ~らゆら。
たぶん、機嫌がいいんだろうな。犬だからご飯を食べるのが好きそう。マテのできない子かなぁ。
「その材料ってどこから手に入れてるの? 隠れ里ってとこ?」
「隠れ里で買ったものもあるし、森で採取したものもあるし、自分で育てたものもある。ジャガイモは比較的育てやすい。肉は森をうろついてたコカトリスのやつだ」
「へぇ~。…………こかとりすって、あのコカトリス?」
ゲームなんかだと、蛇の尾と鶏の頭を持ったモンスターだ。
毒とか持ってるからめんどくさいんだよ。出没地域では毒消し草は必須だね。
「おまえがどのコカトリスのことを言っているのかは知らんが、珍しくもねえ魔物だ」
「食べられるの?」
パルフェがゲハハと笑った。
「食えん肉をわざわざ持って帰って置いとくほど、犬は猟奇的じゃあねえさ。毒袋だってちゃんと破らねえように捌いたぜ」
「毒袋……やっぱあるんだ……」
「心配すんな。魔物の調理には慣れてんだ。冒険でな」
「冒険?」
パルフェが、ついと視線を逸らした。
あきらかに今、失言したとでも言わんばかりに。
「昔な、ちょいと長え旅をしたことがある。ただそれだけの話さ」
犬顔だから表情はあまり変わらないけれど、苦い苦い声色が出ていたと思う。
だからわたしは、それ以上そのことには触れないことにした。誰にだって、話したくないこととか踏み込まれたくないことなんてあるもんね。
パルフェがお鍋の横に切ったコカトリスのお肉をいくつか置いて、焼き始めた。
みるみるうちに焦げ目がついて、脂の溶け出すいい匂いが立ち上る。最後に塩をパッと一振り。
うち一つを串に刺して、自分の口に放り込む。
「へっへ、うめえ」
「あー! つまみ食いした!」
「ゲハハ、カリンも食うか? 作るやつの特権だ」
「食べる。共犯になる。ボニー&クライドだよ」
「おまえの言うことはさっぱりわからん」
パルフェが小さなお手々で串を持って肉を突き刺し、わたしの口に近づけた。
「あ~ん」
「んあ~ん」
わたしはぱくっと食らいつく。
香ばしくって、柔らかくって、じゅわっと肉汁が口に広がって。
頬が緩んじゃった。
「おいしい。鶏の腿肉みたい」
「にわとり?」
「異世界にはそういう鳥がいるんだよ。おいしいの。それよりパルフェ、今わたしを安心させるために先に食べたでしょ。もしかして毒見してくれたの?」
パルフェが小さくうなって視線を逸らし、口をねじ曲げる。
「………………バカ言ってんじゃねえ……俺は食いたかっただけだ……っ」
「はぁ~い。そういうことにしておきましょう」
優しい。
わたしが用意した木製のお皿に、パルフェがお玉でシチューを注ぐ。
ミルクと小麦をたっぷり使っていたから、クリームシチューだ。ちゃんととろみもついてる。
「わぁ、いい匂い」
「さっきも聞いたぞ、それ」
「作りかけと完成品はまた違うんです~」
季節のお浸しを真ん中にのせて、石のように硬いパンをお皿に用意したらできあがり。
「お昼食べられなかったから、お腹空いちゃった」
「俺は二食で平気だがな。三食は胃にもたれる」
「や、そんなところで犬感出さなくても……」
わたしたちは向かい合ってテーブルにつく。
「パンは硬えからな。シチューでゆっくりふやかしてから食ってくれ」
「うん、わかったよ。いただきまぁ~す」
まずパンを手に取って驚いた。
ほんとにカチコチ。食品サンプルみたいになってる。鈍器にもなりそうな石パンだ。
けれど、パルフェの言う通りにシチューにしばらく浸してから食べると。
「おいし~!」
「そうか」
ふやけた部分はしっとりと、中心の硬い部分はクルトンみたいにサクサクで、とってもおいしいの。
「お料理上手だね~」
「漢のやるこっちゃねえがな。独りが長えんだ。どうせならうめえもん食いてえだろ」
「パルフェ、モテそうなのに独身なんだ」
「わりとモテるぞ。何せ俺は咽せるほどの漢だからな。女なんざみんなメロメロプ~だ」
咽せるほどの漢とか、メロメロプ~とか言い出した。
カワイイなあ、もう。
「結婚しないの?」
「めんどくせえ」
パルフェはクールを装って淡々と食べ進んでいるけれど、テーブル越しに覗き込めば彼の尻尾が左右に揺れているのがわかる。
嬉しそう。とっても。
わたしもご機嫌で食べ進む。
「ああ、温かいなあ。わたしたちの世界で食べてたのよりおいしいよ」
「そいつぁ何よりだ」
ぶぶぶぶぶぶぶぶんと、左右に揺れる尻尾の勢いが増した。わかりやすい。
でも、ほんとおいしい。
一度炒めてから入れたお肉は香ばしくて、大きめに切られたジャガイモもほくほく。気づいてなかったけど、根菜も底にいっぱい沈んでる。オーソドックスなニンジンじゃなくって、ダイコンみたいだけれど。これもおいしい。彩りになってる根菜の葉部分もシャキシャキ。
パルフェが食べながらつぶやいた。
「今晩は俺のベッドを使うといい。もう虫はいねえんだろ」
「うん。それは大丈夫だと思うよ」
「俺は居間で寝る。何か問題があったら起こしてくれ」
「え~? 一緒に寝ようよ」
パルフェがシチューから視線を上げた。
何言ってんだ、こいつ。みたいな視線を。
「……あまり大人をからかうもんじゃあないぜ、お嬢ちゃん」
「や、それ以前に犬と人間だから――」
ふと、頭に浮かんだ可能性に、わたしは恐る恐る尋ねる。
「え? あ、あれ? この世界って、もしかしてコボルト族と人間は――あ、えっと、その、そういう関係になれちゃうの……? デキちゃうとか……?」
だとしたら、さっきまでのわたしの言動って……。
パルフェが顔をしかめて、ふんと鼻で笑いながらつぶやいた。
「なれねえよ。ませガキが」
「だよねっ、だよねっ」
なんだか急に照れくさくなって、わたしはシチューを夢中で食べるのだった。
小娘ェ……。




