第8話 女子高生は憂慮する
前回までのあらすじ!
勇者に引き続いてノミにも勝利。
負けを知りたいコボルトさん。
パルフェと背中合わせで、絨毯を剥がした床に座り込む。
「は~、疲れたね~」
「そうだな」
勇者のガトーさんに壊されたお家の壁の修繕と、ノミを追い出すための大掃除がようやく終わったのは、夕方になってからのことだった。
絨毯のお洗濯はナシ。焦げた部分が多すぎて、結局捨てることにしたの。
背中合わせって言っても、わたしがパルフェにもたれたら彼はたぶん潰れちゃうから、わたしがパルフェの背中を一方的に支えてるみたいなもの。
だってパルフェは豆柴タイプのコボルトで、身体がとっても小さいから。身長なんて、同世代では発育が遅いと言われるわたしの胸までだってない。
煙草を咥えてぷかりと紫煙を浮かべたパルフェに、わたしは尋ねる。
「ねえ、パルフェ。ここらへんでお洋服が売ってるお店ってない?」
「ああ、そういやそうだな。確かに必要だ」
「そうそう。もうだいぶ長い間着っぱなしだかんね。そろそろ臭いそうだよ」
わたしは腕を持ち上げて、自分の鼻にあてて嗅ぐ。
「ゲハハ、そいつは女にとっちゃ死活問題だな」
「でしょ。…………って、もしかして、もう臭い?」
パルフェが瞳を細めて口をねじ曲げた。
「さぁ~てな」
「ええっ! ええええっ!」
わたしは慌てて背中を離し、パルフェから距離を取る。
なのにパルフェったら、肩越しに振り返ってまたゲハハと笑って、渋い声でこんなことを言うの。
「俺の着替えでよけりゃ、自由に使ってくれていいぜ」
「ぱっつんぱっつんだよ!」
そんな子供服みたいなのが入るわけないじゃん。意地悪。
「おまえ、何言ってんだ。解いて縫ってもいいぜってこった」
「う……」
「なんだ、できねえのか?」
「女子力! わたしの女子力たるや、そりゃもう!」
どこに落っことしてきた!? お裁縫とかさっぱりだよ!
「……できません」
「ゲハ、すまん」
「どういたしまして!」
ふと気づく。
質問の答えをはぐらかしてくれたのは優しさだったのかも。パルフェは犬だから鼻が利くし、臭わないわけがないもんね。
「ま、だったら明日はちょいと遠出するか。新しい絨毯も発注してえしな。あれがねえと、冬に腰が冷えてたまらん」
「パルフェってば、おじさんみたいなこと言うね」
「案外年食ってんだ」
犬だから、人間年齢に直せばそこそこ高いのかな。
仕草や言葉遣いはともかく、見た目は毛に艶があって若く見えるんだけど。
「じゃあ絨毯とお洋服が売ってるところだね。近くにある?」
「この前も言ったが、ここから森を北に抜ければ魔族と人間族の両方がうまくやってる隠れ里がある。そこなら何でもそろってる」
「そうなんだ! ってことは、パルフェみたいなヒトがいっぱいいるんだね! うわ~、見てみたいな! 行こう、行こう! あ……」
わたしは泣きそうな顔でつぶやく。
「……でもわたし、お金持ってないよ……」
日本円ならお財布に五百円くらいはあると思うけど、だめだよね。
パルフェがニヤっと笑った。
「森で採れたキノコや果物を売っ払った金で買えばいい。そんなもんは道すがら、いくらでも採取できる。何なら物々交換でも大丈夫だ」
「そこらにいくらでも生えてるものが売れるの?」
パルフェが煙草を吸った。
ジジっと音がして、煙草の先が赤く染まる。
「森には怖ぁ~い魔物が出る。まともな頭したやつは入り込みやしねえ。人間族には魔物を狩ることを生業にしてる狩人もいるが、そいつらだって人の住まねえ辺境で魔物を退治したって金にゃならねえからな」
「へえ、そうなんだ」
「だからこの森はほとんど手つかずなのさ。なんたって隠れ里を除けば、コボルトが一匹住んでるだけの、このカラクサ村しかねえからな」
わたしは少し考えてから尋ねた。
「それって、わたしたちにとっても、かなり危険な場所に住んでるってこと?」
「左様でございますってな。壁の修繕を急いだのは魔物対策だ。臭いが漏れりゃ、寄ってくる」
ええ!? わたし、大丈夫かな……。
早く着替えが欲しい。
「うう、聞きたくなかったぁ~」
「ゲハハ! 今度、剣でも教えてやろうか?」
「生兵法は怪我の元だよぉ~」
「なんだそりゃ? ゲハハハハハ!」
魔物って、北海道で言うところのヒグマみたいなものかな……。それともゲームのスライムみたいなの……? ……とにかくあまりパルフェから離れないようにしよ……。
「さて、俺は飯を作ってくる」
「あ、手伝う。わたしももう、お客さんじゃないからね。パルフェの彼女だもんね」
からかうつもりで言ったのに、パルフェったら。
「じゃあ、貯蔵庫から生肉を一つとジャガイモを三つ、タマネギを二つ持ってきてくれ。それと魔導冷凍庫から冷凍ミルクを1パックだ。俺は水を汲んで湯を沸かしてる」
そんなあっさり流さないでよ。哀しくなるじゃない。
子犬に見えても、やっぱり大人なのかも。歴戦のおじさまだわ。
「はぁ~い。って、タマネギ食べても平気なの? 犬でしょ?」
ナントカって有機硫黄化合物が、溶血性貧血を引き起こしちゃうはずだ。
犬の飼い主なら常識だよ。
「ああ。昔は毒だったらしいが、犬がみんなコボルトに進化してからはどういうわけか問題なくなった。たぶん、犬ってよりは魔族に近づいたからだろうな」
「ほんとに平気?」
「何度も食ってる。だから貯蔵庫にあんだ」
「そっかっ。じゃ、取ってくるね」
わたしはひんやりとした地下の食料貯蔵庫に入って、木箱の上に置かれたランプを手に取った。暗くて何にも見えないから。
わたしは貯蔵庫の入り口に向かって叫ぶ。
「パルフェ~、ランプつけてい~い?」
返事はすぐに来た。
「勝手に使っていいぞ! コックを回すだけで点火する最新式魔導ランプだ!」
「わかったー! ……これかな?」
小さなつまみを指先でつかんで、右に回す。真っ暗な空間の中に、ランプを中心としてぼうっと橙色の灯りが広がった。
菜種油に似たニオイが、ふわりと立ち上る。
着火だけが魔法で、継続は油なのかも。
「へへ~。いい匂い。お花みたい」
置かれているお肉は、包み紙の上からでもわかるくらいの結構な塊だ。この大きさなら、わたしもパルフェも一つでお腹いっぱいになりそう。
麻袋からジャガイモを三つ取って、その横に吊されているタマネギを二つ手に取る。
魔導冷凍庫っていうのはあれかな。
あきらかに趣の違う金属製の箱が一つ。手で触れると、皮膚がくっついちゃうくらい冷たい。だから食料貯蔵庫自体もこんなにヒンヤリしてるんだってわかった。
この部屋そのものが冷蔵庫に代わりなんだね。
冷凍庫の中から凍ったミルクパックを一つ取り出す。カチコチ。
「持ちきれないや。う~ん、そうだ」
わたしは木箱の上にスカートを扇のように広げて、その上にジャガイモとタマネギ、そして肉の塊とミルクパックをのせた。
ランプを消してからスカートの端をつかんで持ち上げ、階段を上がっていく。居間を通ってキッチンへ。
「パルフェ、持ってきたよー」
「ん、おう。じゃあ洗ってそこのナイフで皮を剥い――……」
わたしの方を振り返ったパルフェの言葉が止まった。
眉間に皺を寄せてため息をつき、パルフェがわたしから視線を逸らす。
「……おい、見えてるぞ」
「あ、そっか。でも別にいいよ。だってパルフェだし」
わたしは笑顔で返した。
そもそも種族が違うもんね。犬を相手に恥ずかしいって思うことがおかしいんだよ。
なのに、なんか。
「ったく。これだから最近の若え娘ってのは……」
パルフェの見せた心底あきれ果てたようなその仕草に、なぜかわたしの方がどんどん恥ずかしくなってきて。
「え、えっと、こ、ここに置くね」
わたしはそそくさと食材をテーブルに置いて、捲り上げていたスカートを戻したのだった。
紳士であるコボルトさんにとっては、女子高生などまだ子供に過ぎないのだ!




