第53話 異世界転移だよコボルトさん
前回までのあらすじ!
ここにきてラスボス戦がまさかのキャットファイッ!
その後、現勇者や英雄の孫が立ち入ることさえできないくらいの、極めて超々高レベルな頬の張り合いや髪の引っ張り合い、そして激しい罵倒合戦という泥仕合を経て、エトワールはついにわたしの前に膝をついた。
「うぐぅ……痛い、痛いよぉ……」
わたしは彼女の杖を没収して、両腕を胸で組み、仁王立ちで彼女を見下ろす。
ぷぷー、くすくす、ほっぺたパンパン。
さすがにこうなっちゃあ、美形のエルフ族も形無しだね。まあ、わらひも負へじとパンパンになっへるんらへろ。
鼻血出てるし。
セーラー服の袖で鼻血を拭う。
「わらひの勝ひらね!」
「まはか私が、こんな負へはたをふるなんへ……」
「じゃ、シャルヘをかえひへ」
「……パルマンじゃなかっらのらい!?」
あ。
「いまパルマンっれ言っら! 言っらもん! 口ン中切れへへ聞きづらいらへらよ!」
「シャルヘっれ言っらろ……」
ぺたりと膝をついたまま、エトワールがわたしに手を伸ばした。思わず身構える。
まだやんのかこら、シュシュ、シュッシュ!
けれど。
「杖、返ひへ」
「らめに決まっへんれひょ!」
「何もひないよ、もう」
「ほんろに?」
「うんうん。負へた負へた。もうひい」
まあ、また魔法使おうとしたら張っ倒せばいっか。
シュッシュ!
わたしがルアナさんとガトーさんに目配せをすると、二人は小さくうなずいてくれた。
エトワールにヒヒイロカネの杖を渡す。
「……ろうも。ちょっろらへ魔法使ふへろ、たらの治療らはら邪魔ひないれね」
「?」
瞬間、ヒヒイロカネの杖が輝いた。
攻撃的な赤色ではなくて、薄く柔らかな黄色にだ。目の前でエトワールの頬が傷口が消えていく。ほつれた金髪さえ、長いストレートに戻って。それどころか、汚れて破れた服だって元に戻っている。
「あああああ! ずっこい! 自分だけ!」
「いや、君のことも治してやったろ!? 気づきなよ!」
「ありゃほんとだ。痛くなくなってるや。鼻血を拭った袖も輝く白さに戻ってるし。えへへ、あんがと。じゃ、二回戦やる? ――シュッシュ!」
「しないよ! アホなの!? ――っと」
わたしと自分の治療を終えたエトワールの首を挟み込むように、二振りの刃があてがわれる。ガトーさんとルアナさんだ。
ガトーさんが鋭い口調で言った。
「動くな、大賢者エトワール。自由意志を許された勇者権限により、貴女を捕縛し、王の弾劾を国民に問う」
「さすがにこの距離で前後から挟まれちゃ、どんな凄腕だって避けられないね。ま、もう抵抗する気は失せてたからいいんだけどさ」
トスっと軽い音がして、ヒヒイロカネの杖が赤絨毯に転がった。大賢者エトワールが両手を挙げる。
「降参。計画の隙というものを色々学ばせてもらった。カリンみたいなどうしようもない無能に逆らわれたら、私は勝てないみたいだ」
「なんだとー! シュッシュ!」
「逆にヴァニールのように力を極められても、私は勝てない。異世界から魔王を召喚するケースとしては稀だけれど、こんな結末になり得る可能性もあったんだね。里に戻ってすべてのエルフに計画の見直しを要求しないとだ」
「ふん、だからここは見逃せとでも? 悪いが、そうはいかん」
ルアナさんが鼻で笑った。
高身長の彼女を見上げながら無邪気な笑みを浮かべ、エトワールがパチンと指を鳴らした。
「残念だったね。君たちが私を捕らえようとした時点でもう結果が出ていた。殺されない限り、私はいつでもどこからでも逃げることができる。何十年もかけて、城にそう仕込んできたからね」
直後、赤絨毯に浮かび上がる巨大な魔法陣。それは謁見の間全体にまで広がっていて。
鈍い光を放ち始めた。
「貴様ッ! 何をッ!?」
「じゃあね、カリン。君の顔なんて、もう二度と見たくない」
「へ?」
「シャルマンによろしく言っといて。私はもう逢えないだろうから。あ~あ、長い人生で初めて本気になった男だったんだけどなあ」
ガトーさんが叫びながら剣を振った。
「くそっ! 転移魔法だ! あらかじめ魔法陣を設定されていたか!」
揺らぐ。エトワールの姿が。
ヒヒイロカネの刃とミスリルの刃が彼女の頸部をすり抜けた直後、エトワールの姿は煙のようにその場から消失していた。声だけを残して。
――短命種の彼が生きているうちに、私に気持ちを向けさせることは難しそうだ。
逃げた。逃げちゃった。
ありゃあ。
呆然と座るわたしに向かって、ガトーさんとルアナさんが叫ぶ。
「カリン!」
「ほぁ?」
「おまえ、どうなっている!」
ありゃ。ふと気づくと、わたしの姿も揺らいでいた。
魔法陣の輝きは、収まるどころか一層強さを増している。
揺らぎの向こう側。無人となった王座と壁に、懐かしい田園風景が重なった。
見覚えのある軽トラがあぜ道を爆走している。ドリフトしてるから、たぶん爺ちゃんだ。ルアナさんとガトーさんの姿も含め、すべての景色が半透明に見えた。
「あ……」
日本だ。ドリフトしてる軽トラの荷台にパルフェがいる。ううん、あれはシバスケだ。
徐々に王城の景色が遠のいて、田園風景が濃くなってきた。もうガトーさんやルアナさんの声は聞こえない。ほとんど透明になった二人が、必死でわたしに手を伸ばしながら口をパクパクさせているだけ。
だから、気づいた。
ああ、わたし、帰れるんだ……。
でも、待って。パルフェはどうなったの? 閉じ込められたまま? 無事なの?
だめだ。戻らなきゃ、異世界に。まだ、パルフェを助けられていないのだから。
――君はほんとにバカだなあ。さっき言ったろ? シャルマンによろしくってね。
エトワールの声がした直後、わたしは田園風景に投げ出され、あぜ道に転がされていた。
「待って! パルフェ……を――?」
起き上がる。雑草と砂利のあぜ道だ。左右は田んぼ。
懐かしい空気がする。
「夢……? 全部夢?」
制服。学校帰り。
わたしは立ち上がって、プリーツスカートについた土を払った。
周囲を見回しても、ただの田園風景と、水田に逆さに突き刺さった妙に生々しい案山子、そして――遠くの方から全力失踪でかけてくる一匹の柴犬がいる。
「シバスケ……?」
数歩の距離で跳躍した柴犬は、わたしに飛びかかって顔面をベロベロなめ始めた。
「うひゃあ! ちょ、ちょ、シバス――じゃない!」
若い。シバスケはもう老犬なのに、この子、若い。てゆーかこれ。
え? え? パル……フェ……?
とすると、わたしは水田に突き刺さった生々しい案山子を振り返る。パルフェっぽい柴犬が大急ぎでそちらに駆けていって、案山子のズボンを噛んで引いた。
ずっぽしハマってる案山子を、引き抜こうとしている。
よく見れば、案山子の下半身は蠢いていた。わちゃわちゃ足を動かして、どうにか上半身を引き抜こうとしているように見える。
わたしはつぶやいた。
「わあ、犬神家の一族だぁ」
パルフェモドキの助けを得て、どうにか上半身を水田から引き抜いたドロドロゾンビみたいな人影は、わたしを見るなり叫んだ。
「ぶぇっ! ぺっ、ぺっ! ……カリン、おまえなっ! ちったぁ手を貸せよ!」
うん。わかってる。いくら鈍いわたしでも察するよ、さすがに。エトワールに言われたもんね、シャルマンによろしくって。
泥々で人相も年齢もわかんないけど、たぶんシャルマンだわ、あれ。
コボルトさんとJKの物語も次回更新で最終回です。
だってもう世界にはコボルトさんがいないんだもの。
※ここまでのお付き合い、本当にありがとうございます。




