第52話 最強魔王の誕生だよコボルトさん!
前回までのあらすじ!
寝ぼけたこと抜かすJKに天罰が下りそう。
エルフが動く。
左右に散った二人には目もくれず、ヒヒイロカネの杖を振りかぶり、わたしへと向けて赤絨毯を蹴って。
十数歩あったはずの距離は、その一蹴りで消失した。見上げるわたしの額へと、赤色の杖が振り下ろされる。
「じゃあね、カリン」
「へあっ!?」
けれどすんでのところで杖はわたしの右肩を逸れ、空を切った。ぶぉん、と巻き起こる風が、わたしの黒髪を揺らす。
もちろん避けれたわけじゃない。うん。あたりまえ。
わたしの身体を片腕で抱えるガトーさんが、【火炎斬り】をエトワールへと放ちながら大きく後退した。
放たれた炎は、けれどもエトワールの拳に触れる直前で握りつぶされた。
「効かないよ。私がシャルマンに与えた技だもの」
その背後から迫ったルアナさんが、エトワールの頸部へと大戦斧を振り上げる。
迷いも躊躇いもなく放たれる、死角からの必殺の一撃。
「もらったぞ! 大賢者!」
謁見の間に、大戦斧の巻き起こした暴風が吹き荒れた。
一瞬、わたしはエトワールを見失う。エルフはまるで後頭部に目があるかのようにそれをかいくぐり、ルアナさんの側方に回り込んで、ヒヒイロカネの杖を彼女の顔へと逆袈裟に叩き上げていた。
「君からだ」
「が……ッ!?」
後方によろめいたルアナさんへと、エトワールが杖の先を向ける。わたしがガトーさんに放り出された直後、エトワールの杖から火炎の大蛇が迸った。
牙を見せ、大口を開ける大蛇がルアナさんを呑み込む直前、炎の大蛇の頭部を【火炎斬り】の炎が叩き伏せる。
「させない!」
爆発、そして爆風。
赤絨毯が焦げ付き、わたしは風に煽られて尻餅をつき、さらに背中から後方へと勢いよく転がった。
「うう……、痛たた……。……お尻が割れるぅ……」
爆風をものともせずに体勢を立て直したルアナさんが、黒煙に紛れて大戦斧を真横に薙ぎ払う。けれども黒煙は斬れても、そこにエルフの姿はすでにない。
ルアナさんが吐き捨てる。
「死角からの一撃を何度も……! エルフの聴覚か!?」
「残念、はずれ」
足下。黒煙に隠されたルアナさんの足下から、金髪のエルフが現れる。同時にヒヒイロカネの杖を、棍のように振り上げながら。
「く……!」
足を払われたルアナさんが、その場で上下逆さまとなって倒れ込む。
とどめの一撃は喉。杖を取り回し、その先端を突き下ろすエトワールを、またしてもガトーさんの刃がすんでのところで弾いた。
エトワールはガトーさんの刃を杖で弾くと、身軽に跳躍して音もなく舞い降りる。
「……いまのは助かった」
「礼はいい。早く立ってくれ。僕一人じゃあの大賢者には到底勝てない」
「だろうな。私も同じだ。ぽんこつはどう見る?」
ガトーさんの隣で、ルアナさんが立ち上がる。
「ぽんこつやめろ。二人がかりで勝率二分ってところじゃないか」
「……だろうな。すこぶる相性が悪いように感じられる。それも不自然なくらいにな。力は私が勝っている。速さはおまえが勝っている。なのに、なんだ、これは」
「謎解きは苦手でね」
「期待してない」
いや、もうね、なんだこれ。
アニメや映画でしか見たことないような剣戟が、目の前で繰り広げられてるの。武器を交えたのはわずか十秒ほどなのに、すんごいの。語彙力死んでるけど、すんごいの。
ムッハー! 興奮しちゃう!
エトワールが涼しい顔で笑った。
「謎も何も。劣化シャルマンや劣化シュヴァルツごときが私の相手になるわけないよ」
「なんだと?」
いきり立つガトーさんを、ルアナさんが手で制する。
「どういう意味だ?」
「君、シュヴァルツの子のヴァイスから大斧の振り方を教わったんじゃない?」
「そうだ。祖父から父へ、父は私に武器の扱いを教えてくれた」
「そしてガトー、君はシャルマンに憧れるあまり、伝え聞く彼の剣技ばかりを研究し、実践に組み込んできたよね?」
「それがどうしたッ!」
エトワールが首を左右に振った。
「だから余計にだめなんだ。君たち、さっき力や速度じゃ負けてないって言ったろ? それは実に正しい評価だ。私は魔力以外は何ら君たちに勝る部分はないよ。瞬発力だってそう。一般騎士以下だろうね」
「だったらなぜ……」
「いま言ったろ、魔力だよ。自分に魔法をかけているんだ、私は。あはは、ただのインチキだよ」
困惑する。
わたしも、ガトーさんも、ルアナさんも。
「体術に弱いエルフが強くなるには、そうするしかない。魔法を使ってシャルマンやシュヴァルツ、ううん、このジャンティーユ王国に存在するすべての騎士や戦士たちの中でも達人級と思しき彼らの動きだけを記憶し、そして自動的に模倣しているんだよ。君たちが強ければ強いほど、私は目を閉じていても君たちの攻撃を避けられるってわけ」
「……」
「言うなれば君たちはいま、私がこれまで見てきたシャルマンやシュヴァルツを含む、ジャンティーユに存在しているすべての強者の剣技を得た人物を相手にしていることになる。視覚に頼らずとも、聴覚に頼らずとも、その数百人分の経験を重ねてきた私に、不意打ちなんてあたるわけがない。わかった?」
ルアナさんとガトーさんの顔色が、青白く変色した。
でもわたしは首を傾げる。
「カリンにもわかりやすいように言うと……そうだな。達人たちの剣術をあらかじめインプットして、必要時、自動的にアウトプットしてくれるインチキ剣術魔法ってところかな。早い話が、私はオートメーション化された魔法に常にかかっている。で、君たちはまだバカ正直にマニュアルのまま」
わたしはコクコクとうなずく。
「必要時って?」
「相手が手強ければ手強いほど、自動的に私はそれ以上に強くなるってことだよ」
わかった。実にわかりやすかった。A.Iみたいなものかな。うちの学校の先生よりは説明上手。
「なんでここですべて正直に話したかもわかるよね?」
エトワールから表情が消失する。
一歩、わたしたちへと近づいて。
「知られたところで、君たちにはどうすることもできないからだよ。同じ知識を持つエルフが相手だとしたら、何らかの方法で魔法をキャンセルされてしまうかもしれないけれど、君たちにはそんな芸当、できないだろう?」
ルアナさんとガトーさんが、一歩後退した。
「才能の塊だったシャルマンが人間のままで生きていられたなら、もしかしたら、いまの私ですら純粋な剣術のみで超えられたかもしれないけれど、君たちじゃちょっとムリかな。もちろん、コボルトゴーレムになった彼にもだ」
また一歩詰められ、そして一歩後退する。
「おい、ぽんこつ。勝率がなんだって?」
「……一割以下かな……って、カリン!」
一歩一歩近づいてくるエトワールに向けて、わたしは同じように一歩一歩、真正面から近づいていく。
表情が消えたエトワールに、再び表情が浮かんだ。
困惑だ。
二人の距離が二歩まで縮まる。それでもエトワールは困惑したまま、わたしへとヒヒイロカネの杖を振り下ろさない。
だからわたしは、棒立ちのエルフの頬を平手で叩いた。
パァン!
乾いた音が鳴り響き、エルフがよろけながら数歩後退した。空色の目を見開いて、困惑と驚愕の同居する表情でわたしを見ながら。
わたしはエトワールが後退した分だけ、またトコトコ歩いて距離を詰める。
「へ? え……? は……?」
パァン!
往復ビンタ。
またエルフがよろけた。真っ白だった頬が少し赤くなった。
「ちょ、ちょ――なんで魔法が発動しないの!? オート回避が……できない! こ、こうなったら!」
ヒヒイロカネの杖が輝く。けれどその輝きが魔法に変化する前に、わたしはまた、エトワールの頬を張った。
パァン!
「あぶ……っ!?」
魔法の輝きが消失し、顕現しかけていた炎が霧散する。
「な、なん……で……?」
「わたし、剣術も体術も全然知らないからじゃん? オートマ魔法だっけ? それってあなたの意志での発動じゃないってことでしょ? もしかしたら、あなたがわたしをほんとの魔王だとか、脅威だとかって潜在意識から認識してたら、ちゃんと発動してたかもしんないね」
「あ、ええぇぇ~……」
「でも、エトワールさんは嫌というほど知ってるでしょ。わたしが何の力もないでっち上げられただけの、偽物の魔王だってこと。武器も持ってないし、町娘以下だって知っちゃってるの。だから、その魔法は発動しないんじゃないかな」
賭けだったけど、ちゃんと当たった。
「それに爺ちゃん言ってたもん。アクセルとブレーキの踏み間違い事故なんぞ、マニュアルだったら最初から起こらん悲劇だわいって」
「? ……?」
「だからわしの軽トラはマニュアルなんじゃあ! ってね」
「ちょっと意味わかんな……」
わたしはセーラー服の袖をまくり上げる。
「さぁ~て、泥仕合、始めよっか♥」
すべてを覆す、まさかのサイッキョ説!




