第51話 初勝利したよコボルトさん
前回までのあらすじ!
だから筋肉こそが最強なのだ!
|・ω・)
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|/こ/ `^´
|/こ(
わたしは王座の大賢者エトワールをビシッと指さして叫ぶ。
「騎士の人たちをあんなにいっぱいけしかけてくれちゃったくせに、んなぁ~にが、待ってただよ! ほんとに待ってたんなら宴とか開けばいいじゃん! おいしいものいっぱい並べてたらいいじゃん!」
「ああ、それはね、騎士たちに君を連行させて、連れてきてもらいたかったんだ。ま、自分からやってきてくれたから、もうどっちでもいいんだけどね」
「じゃあそういうお手紙でもくれたらいいじゃん!」
「招待状を送るには、隠れ里ボニータの位置を正確に把握しなきゃならないだろ」
くう~っ! 正論!
「じゃ、やってきたんだからパルフェ返して」
「パルフェ?」
一瞬、眉をひそめたエトワールだったけれど、すぐに表情を戻した。
「ああ、あの犬か。懐かしいな」
「その犬だよ! ……その犬?」
懐かしい? それって、シャルマンの柴犬のことだよね、たぶん。
「あの犬を返そうにも、私にはヴァニールの使用した魔法術式がわからないんだ。術式が不明だから逆手順を踏むこともできない。返すのはちょっと難しい。ごめんね」
「ちーがーう! コボルトのパルフェのことに決まってるでしょ!」
「ああ、あれか」
また一瞬だけキョトンとした表情を見せてから、エトワールは口元に手をやって破顔する。
いちいち絵になる美少女だなあ、もう!
「あはは、あれはコボルトじゃないよ。柴犬の肉体に人間の魂をむりやり封じ込めた、コボルトに似た別の生物だからね」
「……?」
「なんだ、君は彼から何も聞かされていなかったんだね。あのコボルトっぽい何か――面倒だな、人造生命体だからゴーレムが一番近しいか。あのゴーレムの中にいるのは――」
エトワールが語るよりも一瞬早く、わたしは口を開く。
「シャルマンだね」
「……知ってたんじゃないか。意地が悪いな」
「そんな気がしてただけ」
う~ん……お股に挟んじゃったわぁ……。
一緒に寝たわ、お風呂に入ったわ、裸でうろついたわ、背中流し合ったし、目の前で着替えた。毎回注意はされてたけど、犬だと思ってたから油断してた。
まあ、もう夫婦みたいなもんだからいっか。
セーフ! ギリセーフ!
「そんなことどうでもいいから、わたしのパルマンを返して!」
「適当に名前を混ぜてあげないでよ。彼はシャルマン。たしかに柴犬パルフェでもあるけれど、ヴァニールの魔法で完全に融合しちゃってるからね。さっきも言ったけれど、少なくともエルフに伝わる魔術では、魂の分離はもう不可能だ」
「分離なんてしなくたって、そのまんまでいいよ」
カワイイもん。中身がおっさんでも。や、もうお爺ちゃんか。ほんとに年寄りだったんだね。お股に挟まれたくらいじゃ動じないわけだよ。まったく、パルフェったら。
とん、とん、エトワールの人差し指が、王座の肘置きを叩く。
「う~ん。まあ、それは別にいいんだけども、私はシャルマンと約束したんだ。君を元の世界に帰すってね」
一瞬、間が空いた。
頭が真っ白になって、わたしは首を傾げる。
「はぇ? わたし、帰れるの?」
「だからカラクサ村やボニータに彼を帰すのは別に構わないんだけど、君自身はもう、シャルマンとは逢えないかな。会えたらすぐにでも異世界に帰すつもりだったから」
「え? え? い、生きたまま?」
「あはは、その聞き返し方は物騒だな。いいよ。生きたまま。そうじゃないと、シャルマンは私のことを生涯許してはくれなさそうだからね」
そうしてエルフは、無邪気にも見える邪悪な笑みで、こうつぶやいた。
「魔王ヴァニールの件は、別の少女を異世界からさらってくるよ。そしてまた新しい勇者に殺させよう。もちろん、このことを知ってしまったそこのシュヴァルツのお孫さんと元勇者くんには、ここで死んでもらうしかないんだけどね」
ルアナさんとガトーさんが、武器を構えて同時に身を屈めた。
「く……っ」
「……ッ」
いつの間にか、両者ともに顔中に汗を掻いている。地面までポタポタと滴るくらいに。呼吸も荒く、肩が上下している。
対するエトワールは余裕綽々に、王座に腰を下ろしたまま。
達人同士でしかわかり合えない氣の圧力に、精神が圧壊しかけているのが手に取るようにわかる。怖いんだ、たぶん。
ルアナさんとガトーさんにとっての大賢者エトワールは、相当格上の敵ということらしい。
でもわたしはあんまし怖く感じられないから、たぶんエトワールより格上なんだと思う。うん、間違いない。わたしサイッキョ。
「まあ、それは後でいいよ。君を送還するのが先だから」
「ちょぉ~っと待ったぁ~!」
立ち上がりかけたエトワールを制するように、わたしはビシッと手を挙げた。
「それ、同じ事をパルマンに言った? わたしを送還して、代わりの女の子をさらって殺すって話」
「言ったけど?」
「パルマン、怒ってなかった?」
「ああ、ずいぶんと怒ってたね。だから出口のない地下室に閉じ込めた。反省したら出してあげるつもりだよ」
さぞや怒っただろうねえ。この人、何にもわかってなさそうだもん。
「反省はしないし、エトワールさんがそれを実行したら、パルマンはあなたを絶対に殺すまであきらめないと思う」
「なんで? でっち上げた魔王をたった一人殺すだけで、大陸から戦争がなくなってみんな幸せに暮らせるんだよ? もちろんその一人のことは気の毒に思うけれど、数十万や数百万の命と比べれば、この世界の生物でさえない女の子のことなんて誰も気にしないよ。冷静に考えれば、誰でも理解できるでしょ。そんなことはいずれシャルマンだってわかってくれるはず」
至極当然のように彼女はそう言ってのけた。
表情一つ変えず、むしろ少し微笑みながら。
だからわたしは、首を傾げた。
「え? 気にするよ? もしわたしの大好きな犬を殺せば数百万の命が救えるんだとしても、世界が彼を殺そうとしても、わたしはきっと犬を抱えて逃げるもん」
「あはは、逃げ切れないでしょ、それ」
「それが理由で殺されちゃったとしても別に構わない。数百万の命になるだけだから。でも、その犬にとって世界のどこにも味方がいないっていうのは、あんまりだと思わない?」
エトワールから表情が消えた。
「シャルマンといい、君といい、ほんとに不合理だな。異世界の生物一匹なんてどうだっていいじゃないか」
軽やかだったエルフの声が低く変化する。どうやら機嫌を損ねてしまったみたい。
それとも……少し迷った?
わたしは続けた。
「パルマンはわたしにとって異世界の生物だよ。で、わたしも彼にとっては異世界からやってきた得体の知れない生物なんだよ。ほとんどの人にとっては、世界も異世界も関係ないの。だからこんなにも話がこじれてるんだよ」
わたしは彼女を指さす。
「あなたが先導して世界からパルマンを排除しようとしても、わたしだけは彼の味方でいることにするよ。それで負けても悔いはないし、死ぬときは一緒。たぶんそれはパルマンも同じだと思う。だって、独りはやっぱり寂しいから」
「……」
「世界も異世界も関係ないとして、あなたはどう? シャルマンを殺せば数百万の命を救えるなら、殺すの? あなた、知られちゃいけないことを知っているシャルマンを、これまで本気で殺そうとはしなかったよね? 王国で実権を握ってるのに、懸賞金さえかけなかったよね?」
「……私……は……」
「ねえ、エルフにだって家族はいるんだよね? お父さんやお母さん、兄弟姉妹は? ペットは飼ってない?」
歪む。エトワールの表情が。
さらさらの長い金髪をガリガリ掻き毟って。
「わ、私たちエルフ族は短命種よりもずっと怜悧な一族だから、せ、世界の調停者として機能しなきゃいけなくて……だから――」
言葉尻が小さくなった。
だからわたしは苦笑いで言葉を重ねる。
「できないよねえ? それと一緒だよ。わたし、パルマンを助けるまでは元の世界になんて帰らないから」
しばらく、沈黙が支配した。四者の呼吸だけが微かに聞こえている。
けれど、その瞬間は突然やってきた。
両手で頭を乱暴に掻き毟っていたエトワールが、うつむいて唐突に叫ぶ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 面倒臭い女ッ!! シャルマンはなんッッッでこんな女に執着するのッ!?」
「あなただってシャルマンに執着してるじゃん」
乱れ髪で空色の視線を上げて、彼女はわたしを睨みつけた。
うわっ、顔怖っ! 山姥みたい。
「……もういい。殺そう。君たち三人を殺して、シャルマンにはカリンは無事に送還したと伝える。それでいいや。彼に対してだけは誠実でありたかったけど、あきらめた。騙すことで彼の心が安寧を得ることができるのなら、それでいいや」
「言葉じゃ勝てないから、野蛮に戦うんだ。へっへ、じゃあ口喧嘩はわたしの圧勝だねっ。パルフェには全然勝てなかったけどっ」
「……黙りなよ」
ゆらり、エルフが王座から立ち上がった。ヒヒイロカネの杖を手にして。
ガトーさんが剣に炎を宿し、ルアナさんが大戦斧の柄が軋むほどに強く握りしめる。けれど凄腕二人の顔色は、エルフの威圧にあてられたのか、病人のように青白い。
苛立ちの隠せないエルフ。
恐れおののく二名。
この中で平然としていられるのは、わたしだけ。
つまり、このエルフと平然と話せていたわたしこそが、実はこの中で最強なぁ~のだっ!
それはない。




