第48話 変な呼び方されてるよコボルトさん
前回までのあらすじ!
再登場だぜ勇者さん!
勇者の濁った瞳が大きく見開かれる。
「君は……魔王ヴァニールか!? なぜこんなところに……」
「う、うん。ヴァニールさんじゃないけど、えっと、ここにきた理由は……」
以前は小綺麗な格好をしていたのに、このときの勇者ガトーさんは薄汚れ、無精髭が生えていた。
まるで一気に十年以上も年を取ったみたい。
なんか金ぴかオモチャの勇者が本物の歴戦のおじさんになったみたいで、こっちの方が似合ってる。だって強そうだもん。
言い淀んでいると、ガトーさんの方が口を開いた。
「そう……だな。君は魔王ヴァニールじゃなかった……」
「うん」
彼は一つ、重いため息をついて。
「カリン、だったか」
「うん」
「あのコボルトに言われたことを、王と大賢者にたしかめにいったんだ。けれど話した途端に僕は大賢者の魔法によって拘束され、そして有無を言わさず投獄された。この現状が何よりの証拠だろう。あの話は彼らにとって知られてはいけない真実だった。だから君は魔王などではなく、ただの異世界から無作為に召喚されただけの女の子だ」
「最初からそう言ってたじゃん」
「……すまない。本当にすまない」
ガトーさんが格子の中で頭を垂れる。
「それで、君も捕まってしまったのか?」
「へ?」
ガトーさんの視線がわたしの背後に立つルアナさんに向けられた。どうやら王国騎士の人と間違えているらしい。
ガタイがいいからねえ、ルアナさん。
「あ、この人は王国騎士じゃないよ。シャルマンの仲間だったシュヴァルツのお孫さんだよ」
「な――っ!? シュヴァルツ殿の!? だが、彼はシャルマンとともに行方不明となってしまったはずだ」
「お初にお目に掛かる。私はルアナ。シュヴァルツの孫で間違いない。これが証明になるかは知らんが――」
ルアナさんが背負っていた大戦斧を片腕で背中から外し、柄に刻まれた銘をガトーさんに見せた。
わたしにはこの世界の文字は読めないけれど、どうやら察するに、シュヴァルツさんったら自分の持ち物に自分の名前を彫っちゃう小学生みたいなことをしちゃう人だったみたい。
ぷっく、ぷぅーくすくす!
「バカな! ミスリル製だと!? それも北の名匠ディル・グルーのものか!」
あ、なんか違ったみたい。ごめんね、シュヴァルツさん。
「ああ。ヒヒイロカネほど稀少ではないが、ミスリルの武具を持つ者はそうはいない。祖父のそれは、それなりに有名だったはずだ」
「……いや、十分だ。その重さ大きさの戦斧を片腕で扱う怪力は、彼の血筋としか思えない」
「おい! 失礼だな、おまえ! 私は女だぞ……」
ルアナさんが不機嫌そうな表情で大戦斧を背負い直す。
「で、おまえがパルフェの言っていた、出来損ないの当代ぽんこつ勇者か」
「く……!」
一瞬、怒りの表情を見せたガトーさんだったけれど、見る間に萎んで。
「そうだ。騙されて罪を犯しかけたマヌケは僕だ」
「そう落ち込むな。祖父もシャルマンも騙されたという点ではおまえと同類だ。いや、実際にヴァニールを討ってしまった分、余計にたちが悪い」
「いや、それは……。ヴァニールが人類領域に侵攻を開始して、実際に甚大な数十万もの被害をもたらしてしまったから……」
そうなんだ……!
そっか。普通の女の子だったはずのヴァニールを、王国騎士たちがあんなにも恐れていた理由は、実際に何らかの方法で力をつけたヴァニールが反撃に転じたという歴史があったからだったんだ。
ヴァニールは反撃に転じて、いっぱい、いっぱいの人を殺してしまった。
パルフェはそれをわたしに語りたくなかった。
パルフェと初めてボニータを訪れたときに、ルアナさんがそれをわたしに教えてくれようとした夜も、パルフェの邪魔が入って結局聞きそびれてしまった。
ああ……。
だから、シャルマンはもう退けなくなってヴァニールを殺すしかなかった……。
たぶん、彼女を最も救いたいと願っていたのは、シャルマンだったはずなのに……。
どうしてパルフェはわたしにそれを隠していたの? 思い返しても、パルフェは一度もシャルマンを庇ったりはしなかった。それどころか、自分のことのように悪態ばかりついて。
すべてを知っていたから?
ねえ、それじゃまるで、罪を犯して罰を待ち続けるシャルマンみたいだよ。もはやあのコボルトさんは、パルマンだよ。
ズクズクと胸が痛い。
そんなわたしを余所に、ルアナさんは語り続ける。
「どのような理由があれど、そのきっかけを作ったのは彼女を無実の罪で追い詰めてしまったシャルマンとシュヴァルツ、そして大賢者エトワールだ。私はその負の連鎖を断ち切るため、当代魔王に手を貸すことにした」
ルアナさんがわたしをビシッと指さした。
「魔王といっても、まぁ、コレなんだが」
「あはい、コレです、はい。えへへ」
「で?」
ルアナさんが言葉少なに、ガトーさんに問いかける。ガトーさんは微かに眉をひそめただけだ。
「……?」
「察しの悪い男だな。おまえはどうするんだ? そこで膝を抱えて処刑を待つか? 刑がなくとも寿命尽きるまでそうして落ち込んでいるのか? どうしたいんだ?」
「ここから出られるのか?」
わたしは懐から鍵束を取り出して、じゃらん、と見せつける。
「じゃじゃーん! いつでも出られまぁーす! わたしが開けちゃうよ~!」
あんぐりと、ガトーさんが口を開けた。
けれどその視線から隠すように、ルアナさんがわたしの前に立つ。
「真実を知ったおまえは私たちの敵か? 味方か? いまでも勇者か? それとも、私たちとともに反逆者となる覚悟はできているか?」
「反逆者だって? 違う。僕は正義のために動くだけだ」
「……なら、おまえの正義とは何だ?」
「人道だ。それ以外に存在しない。人の道に反逆を示したのは王と大賢者だ。彼らを討つ機会があるなら、泥水をすすってでも生きてやる」
「ジャンティーユ王国が瓦解したら、大陸は戦禍に巻き込まれるぞ」
「ならばそれも僕が防ぐ! それが勇者として選ばれた者の責務だ!」
わぁ、熱ぅ~い。ちょっとついてけないや。
わたしはパルフェを助けにきただけだもん。
「いいだろう。おまえも構わんな、カリン?」
「へ?」
「こいつに狙われ、殺されかけたのはおまえだ。最後はおまえが決めろ。こいつを信じられるのであれば、解き放ってやればいい」
「ああ、うん。いーよー。助けてくれそうだし! じゃ、開けるね!」
わたしは鍵束を持ち上げて格子の扉に近づ――ルアナさんが格子を両手でつかみ、オラァとばかりにねじ曲げた。
ちょうど人間が通れるくらいの広さまで。
牢の中では、ガトーさんが口を大きく開けて、若干引いたような表情でルアナさんを凝視している。
「よし、出ろ」
え~……。いや、あの、鍵束……。
ま、いいや。ぽ~い。
わたしの足下で、打ち捨てられた鍵束がガシャンと虚しく鳴り響いた。
重々しい(はずの)物語も当代魔王様の手にかかればこれこの通り。




