第47話 ここにもいないのコボルトさん
前回までのあらすじ!
猫がんばる。
柴犬コボルトのシロに別れを告げて、ルアナさんと一緒に水路を走る。
ちなみに水路にあった格子は、ルアナが素手で折り曲げた。それだけならまだしも、折り曲げた後に侵入経路がばれないよう、またしてもぐにゃりと曲げて戻した。いともあっさりと。
目ん玉飛び出るくらいびっくりした。もはや人間業じゃない。身長は高くとも線は細いのに、どこからあんな怪力が湧き出しているのやら。
戻した格子はちょっと歪になってしまったけれど、これなら巡回騎士たちも一目では気づかないはずだ……といいなあ~。
水を蹴って走る。あたりまえだけれど、もう靴の中までべちょべちょだ。ふいに立ち止まったルアナさんが、手に持っていた魔導ランプの灯りを消した。
「止まれ、カリン」
「うん」
王城地下。視線の先。
水路の奥にある洗濯場らしき場所へと続く扉が半開きになっている。けれど洗濯場では王城の侍女たちが、談笑しながら洗濯物をゴシゴシと洗濯板で擦っていた。
まだわたしたちには気づいていないみたい。
闇の中で声を殺す。
「面倒な……」
「う~ん……」
騎士でさえないただの侍女たちなら、ルアナさんにとって全員張っ倒すくらいのことは簡単なんだと思う。
ただ、ねえ? やっぱりそういうのってよくないよね。幼い子から初老くらいまで、みんな女性ばかりだし。
かといって他のルートをいまさら探すのも。
うむむ、よし。
「行こう、ルアナさん」
「ん? え!? 行く!? 殴れって言うのか!?」
「ん~ん」
わたしはただ、真正面からいくことにした。
こういう場合は堂々としていた方が疑われにくいって、何かで観たことがある。
あたふたしてるルアナさんを置いて水路をバシャバシャ歩き、侍女のいる洗濯場へと上がる。慌ててルアナさんが追いかけてきた。
「お、おい! 待てって! カリン!」
侍女たちの手が止まり、視線が上がった。
眉間に皺が寄って、表情が訝しげなものに変わっていく。
だからわたしは片手を挙げて、にっこり微笑んでみた。
「ご苦労様でぇ~す」
「……! えあ? あ……」
彼女たちの視線に晒されながら、わたしはプリーツスカートの裾を絞って水を落とし、靴と靴下を脱ぐ。
靴下を絞って水を切り……ベチョベチョで履く気にはなれないや。
わたしは、わたしよりずっと若い侍女の女の子に靴下を差し出した。
「ごめんね。ちょっとこれ、軽くでいいんで洗って乾かしといてもらえるかな?」
「……!? え、ぁ……はあ……。……わかり……ました……」
脱ぎたてベチョベチョ、生温かな靴下を、少女に手渡しする。
「よろしくね」
「はあ……」
ぽかぁ~んとしている侍女たちの間を抜けて、わたしは半開きの鉄扉を開く。
「行くよー、ルアナさん」
「ぅ、あ、お、おお」
少し遅れて、あわててルアナさんがついてきた。
蝶番に切り取ったような痕跡がある。パルフェの侵入経路も、きっとここだ。うん。近づいてる。たぶん。
二人して鉄扉をくぐると、侍女たちの断章が再び聞こえてきた。どうやらあんまし疑われなかったみたい。
嘘をつくときは堂々と、大胆に。ほとんどパルフェの真似事だけどさ。
石造りの廊下に出てから、ルアナさんが呆れたようにつぶやいた。
「おまえ、ある意味すごいな……」
「へへ~」
「危機感の無さも極めれば、こんなことができてしまうのか。これも一種の才能というものかもしれん」
不思議と褒められてる気がしないのはなぜ。
石造りの廊下には、魔導ランプの灯りが揺れている。人気はない。片っ端からドアを開けてみているけれど、誰もいないの。
見張り用と思しき椅子にも、どの地下室にも、誰も。
「どうしよう、ルアナさん」
「まずは地下牢だな。パルフェが捕まっているとすれば、そこにいる可能性が最も高い」
「うん」
ルアナさんが先頭を歩き始めた。
「ルアナさん、道わかるの?」
「ああ。祖父シュヴァルツはシャルマンとは違って、怪力豪腕でありながらも知略に長けた人でな。王国が味方ではないと悟った際に、まず王城の見取り図を作成したらしい。それがボニータの我が家に伝わっていて、私も子供の頃に眺めて記憶していた」
「へえ~。シャルマンはテキトーな人で、シュヴァルツはしっかり者だったんだね」
ルアナさんがたまらずといった感じに噴き出した。
「ふ、はっはっは。ま、そんなコンビだったらしいな。後先考えずにやたらと暴走しがちなシャルマンを止めていたのがシュヴァルツだったと、父は苦笑いで言っていた。シャルマンは自信過剰で大言壮語をよく吐いていたそうだ。祖父は苦労したろうな」
「えっへっへ、なんかシャルマンってパルフェみた~い」
「ハハ! ……かもな。犬は飼い主に似るというから」
かつ、かつ、いくつもの階段を上り下りして、わたしたちは進む。
何人かの見張りや侍女の姿は見たけれど、隠れてやり過ごすことは難しくはなかった。警備が本当に手薄なの。その不自然さにはルアナさんも気づいていたようだけれど、これが罠だったとしても、いまのわたしたちには引き返す選択肢はない。
だからわたしたちは、あえて口には出さない。
進む。地下を。
やがて、似たような石造りの廊下であるにも関わらず、空気があきらかに変化した。それまで冷涼としていたものから、少し湿った、嫌なニオイのものに変わったの。
だから、わたしは気づいた。言われるまでもなく。この先が牢獄だ。
目の前には鉄扉。見張り用の椅子には、鎧の上半身を脱いで両腕を組み、壁にもたれながら居眠りしている騎士が一人。
「……」
彼が目を覚ますより早く、ルアナさんが長い腕を首に回す。
瞬間、騎士が瞼を挙げた。
「な――ン~~ッ!?」
気づいたときにはもう遅い。彼はジタバタと手足を動かすものの、数秒で白目を剥いて泡を吹き、気絶した。
生きてはいるらしく、ぴくぴく痙攣している。あと、なんかお漏らししてた。笑っちゃう。ぷぅークスクス!
「よし、行くぞ」
「ん」
見張りの人から鍵束を取り出して、鉄扉の鍵穴に差し込む。カチャンと音が鳴り響き、重い音を立てて、鉄扉が開いた。
すえた臭気が強く漂っている。
最初の牢には誰もいない。
次の牢にも、誰もいない。
その次の牢。鉄格子越しに、わたしは彼を見つけた。
なんで? どうして?
頭が混乱する。どうしてこの人がここにいるのか。
彼は牢の隅で弱々しく蹲り、ただうつむいていた。
「ガトー……さん……?」
かつて勇者と呼ばれていたそのくたびれた青年は、疲れ切って濁った瞳をゆっくりと持ち上げた。
獄中からのあけおめ!




