第46話 大変なことになりそうだよコボルトさん
前回までのあらすじ!
白柴の雌vsJK 種族をかけたヒロイン対決
立ち去る騎士を見送ってから、シロは二人の女性が消えた路地裏へと急いだ。
「……!」
角を曲がった瞬間、口吻をつかまれて崩れかけた建物内へと引きずり込まれる。体毛がざわりと逆立った。
口吻をつかまれては、犬は何もできない。猫のように鋭い爪のような武器があるわけでもなく、さりとて力は人間以下なのだから。
けれど。
「しーっ、落ち着いて。わたし、わたしだよ」
口吻が手放される。
さっきの少女だ。たしかカリンといったか。その背後には、ルアナという大女の姿もあった。
「ごめんね。驚いたり怒って吠えられたりすると、さっきの騎士たちが戻ってきちゃうかもしんないから」
「……吠えないわよ」
「柴犬なのにっ!? 人見知りしないの!?」
何言ってんの、この子……。
ンフーと鼻息を荒げて、カリンがなぜか両手で顔を挟み、ワシャワシャと撫でてきた。
「賢ぉ~い! 柴犬ってね、無駄に気性が激しいんだよ。女の子は特にね。それプラス人見知りだから、知らない人に噛みついたりすることが多くて――」
「いや、わたしもうコボルトだから……分別くらいはつくわよ……。あんまりワシャワシャしないで……」
まあ、女の気性が荒いあたりまでは合っている。コボルトでも知らない人に噛みつくかもしれないのは、子犬の時分だけだ。
家で待ってる六匹のうち、下三匹。それくらい。
何せ、騎士に追われていたパルフェに噛みついたくらいだ。
だからその詫びに仕方なく、あやしげなコボルトを家に連れ帰って治療し、匿うことになってしまったのだ。
「ねえ、あなたさっき――」
「シロ」
カリンが口元でパンと手を叩いて、にんまりと口角を上げた。
「やぁん、見た目通りカワイイ名前! シロさんは美人だねえ!」
「……よく言われる。人間からは」
ルアナの方は、呆れたような表情でカリンを見下ろしている。
「おい、カリン。また危機感が息してないぞ。時間がないんだ。パルフェのことを尋ねるんだろ」
「あ! そうだった。ねえ、シロさん。あなたさっきパルフェのことを知ってるって言ったよね?」
「ええ。正確には知ってた、よ。いまはどこにいるのかは知らない」
パルフェの人となりを判断するため、一度彼の後をつけたことがある。
彼はわざわざ王都外に出て、王都に流れ込む川辺で立ち止まり、周囲を警戒しながら中に飛び込んでいた。当然、流れの先は王都内に逆戻りだ。
何のため? まあ、ろくでもない理由であることには違いないだろう。
「ところで、カリン、ルアナ。お二人は誰なのかしら?」
「わたしはパルフェの恋人だよ! ルアナさんは友人!」
何言い出した……。どんだけマニアックなのか……。
後者は理解できるが、前者はまるでわからない。通常であればだ。しかしパルフェはたしかに混ざっているニオイがした。あれは純粋なコボルトではない。肉体は完全なコボルトでも、中身はまるで別物だ。それが何なのかはわからなかったけれど、カリンと同じく人間だと言われれば、納得できる部分がある。
「そういうシロさんこそ、パルフェの何なのさ! さっき騎士たちに尋ねられたとき、パルフェのことを庇ったよね!?」
カリンの頬がぷぅっと膨らんだ。
「へ?」
「おい、カリン。また危機感が瀕死になってるぞ。面倒な修羅場なら後にしろ。それなら私も交ざってやる」
「う……。と、とにかく、パルフェのことを知ってるだけ教えて!」
どうやら、パルフェに害を及ぼすような存在ではないことだけはたしかだ。彼女たちはパルフェのことを心から心配しているように見える。
だから、シロは自身の知っていることを話した。
パルフェが王都外の川に潜っていることをだ。
カリンは首を傾げるばかりだったが、ルアナの方は心当たりがあったらしく、少しうつむいて眉根を寄せていた。
「水路だ。そこから王城に侵入したのだろう。大賢者エトワールを暗殺するつもりか」
王城に侵入!? 大賢者を暗殺!?
どのような理由があるにせよ、ちょっと考えられない言葉が次々飛び出してくる。これはまたとんでもない男を助けてしまったようだ。確実に自分の手には余る。ましてや、六匹の子犬を抱えて生きているのだから。
シロがため息交じりにつぶやいた。
「戻ってこなくなって、三日が経過したわ。その日までは、一日の終わりには確実に戻ってきていたんだけど」
ルアナが大きな胸の前で腕組みをして、舌打ちをした
「捕まったな、あいつめ。ドジ踏みやがって」
「えええええっ!? ど、どうしよう、ルアナさん……。パルフェが処刑されちゃう……。そうだ! いまから王城に向かおうよ! 門番さんに頼んで、色々取り次いでもらって、どうにかパルフェを帰してもらおう!」
「おまえバカか。正面からいって帰してくれる相手なら、パルフェだって水路から潜り込んだりしない」
いや、ほんとに危機感死んでそうだわ、この子。
見たところ人間の幼体のようだけれど、うちの子犬より脳天気なんじゃないかしら。
「わたしはごめんだけれど、王城横の側溝からなら侵入できるんじゃないかしら。といっても格子はあるでしょうし、そんなところの格子を破壊なんてしたら、巡回騎士にすぐに発見されるでしょうけど」
「あたしも同じことを考えていた。パルフェはおそらく逃走経路まで考えた上で、王都外の川から上水路に入り込み、城に忍び込んでいたのだろう。だが、ドジを踏んだ。おそらくパルフェが使用したルートは、もう巡回騎士によって塞がれているだろうし、警戒もされたはずだ。ならばやはり深夜に側溝から入り込むしかない。ただしその場合は、深夜に侵入し、脱出できるチャンスは明朝までだ。……リスクが高すぎる」
ルアナの方は、頭の回る女性だ。カリンの方は結構アレっぽいけど。
ちらりと横目で彼女を見ると、カリンは両手を拳にして前のめりになり、気合いの入った表情で力強く口を開いた。
「あ、いいこと思いついた! じゃあ、ルアナさんは格子を破壊してくれるだけでいいよ! わたしがささっと侵入して、シュババっとパルフェを連れて戻ってくるから! そしたらみんなして王都から逃げよう!」
だからぁぁ~……もおおおぉぉぉ~……




