第45話 ほ~らきちゃったよコボルトさん
前回までのあらすじ!
クリスマスなのにコボルトさんったら、ヘタこいて捕まっちゃった。
でも友達(悪エルフ)いるし、(変なのには)モテるし、リア獣だから平気。
エトワールが困り顔でつぶやいた。まるで悪戯をした子供に、母親が向けるような表情で。
「じゃあ、またね。シャルマン」
気づき、己の位置を確認した。
いつの間にか、尻の下に魔法陣を敷いている。戦いながら誘導されたのだ。自身はそこで仰向けに倒され、ヒヒイロカネの杖の先を、胸に押しつけられていた。
「ああ、それと、安心して。あのお嬢さんのことは見逃してあげる。異界に帰してあげるから。これ以上君を怒らせたくはないからね」
苦笑いで肩をすくめたエトワールの肉体が、ほのかな光に包まれる。
パルフェ――シャルマンが叫んだ。
「待て、エトワール!」
杖の先を払いのけて上体を起こした瞬間にはもう、エトワールの姿は光の粒子となり、魔法陣に吸い込まれるようにして消えていた。
転移魔法。
消失点と出現点の両方に、あらかじめ魔法陣を作成しておく必要こそあるが、瞬時に距離を移動できる高位の魔法だ。間に壁があろうと川があろうと、一定距離であればすべてを越えて跳躍することができるらしい。
ヴァニールをまだ悪の魔王であると信じていた頃、ともに冒険をしていたエトワールが何度かその魔法を使うところを見ていた。
いまにして思えば、勇者と魔王のマッチポンプを知る王に対し、定期的に状況の報告をしに戻っていたのだろう。
……いまも昔も、己は無様でマヌケで無力だ。
「くそッたれ!!」
四方を薄闇に囲まれた出口のない部屋で、シャルマンは歯がみする。
この部屋がどこに存在する部屋なのかさえわからない。王城の地下だとも限らない。仮に王城地下であったとしても、出口がない。ただの立方体の空間だ。
ヒヒイロカネのナイフを握りしめて、その刀身に炎を宿そうと試みるが、炎は具現化した瞬間に散って消失した。
力を制御した【火炎斬り】で壁を削ることさえできそうにない。ナイフで地道に壁を削ることも考えたが、そもそも、ここが地面の奥深くに作られた部屋なのだとしたら、それも徒労に終わってしまう。
ナイフの柄で四方の壁を叩いて回る。残念ながら、反響する音はどれも一定だ。壁向こうに廊下が存在しているのかさえあやしい。あるいは壁があまりに分厚すぎるのか。
それでも壁の向こうに地下道が存在することを信じ、削るしかない。他にできることなど何もないのだから。
けれど、エトワールは食事を転送すると言った。
つまりこの部屋は見張られている。仮に壁を削れば脱出できる位置にあったとしても、間違いなく途中でエトワールの邪魔が入るだろう。
頭を抱えて壁を背に、座り込む。
「……お手上げだ……」
それでも、あの太陽のような少女、カリンだけは救えたのだと自分に言い聞かせ、シャルマンは静かに膝を抱えてうなだれた。
※
王都貧民街――。
白柴コボルトのシロは仕事からの帰宅途中、ふと見慣れぬ人間たちの前で立ち止まった。
一人は高貴な服装に細身を包み、まるで似合わぬ大斧を背負った背丈の高い女性。
もう一人は――何だか奇妙な格好をした少女。
貧民街では見たことのない、珍しい人間同士の組み合わせだ。
少女はシロに気づくと、嬉しそうな表情で目を輝かせてもう一人の女性の袖を引いた。
「ルアナさん! 見て見て! コボルトさんがいるよ! 狐型の白柴だね! すっごい美人だよ!」
「カリン。おまえなあ、状況わかってんのか? というか、コボルトくらいボニータにいくらでもいただろ?」
「いたけど、柴のコボルトさんは珍しいんだもん。それに、ボニータではいつもやることいっぱいあったから、パルフェ以外のコボルトさんとはゆっくり話したこともなかったし」
パルフェ。ああ、やっぱり。やっぱりそうね。
ニオイがした。パルフェのニオイ。数日前に出て行ったきり、音信不通になってしまった、あの混ざり物の不審者。人間の魂のニオイがする、謎のコボルト。
あのカリンと呼ばれた少女の方からは特に、彼と同じニオイが強く漂っている。
「いまもやることあるだろ……。ミレイに捜索を任せっぱなしじゃあ、見つかるもんも見つからん。あいつは犬じゃないんだからな。命令など、暇つぶし程度にしかきかんぞ。いまごろサボってひなたぼっこでもしてるに違いない」
「ええ、もー! ミレイったら! これだから猫はだめなんだよ!」
シロは自ら近づいていく。二人の女性に。
「ほら見ろ。おまえがじろじろ見るから怒らせたんだぞ。自分で謝れよ」
「やぁ~ん、カワイイ! 雪みたいに真っ白だよぉ!」
「……聞けよ……。っと、えっと……」
シロは二人の前で立ち止まり、静かに口を開く。
「パルフェをお捜し?」
瞬間、とろけきった顔をしていたカリンが、カッと目を見開いて、鼻先まで一気に顔を近づけてきた。
「白柴さん、あなたパルフェを知ってるの!?」
「……ええ。あなたは?」
剣幕に押された。
さっきまでとはまるで表情が変わっている。ああ、そういうことかと気づいた。先日パルフェは、自身が女性のために動いていることを認めた。
それが、この娘かもしれない。おそらく。たぶん。直感に過ぎないけれど。
直感。そう。所詮は直感。確信がなければ話せない。
何せパルフェは王国騎士たちに追われる身だ。このカリンと呼ばれる少女がパルフェの仲間であるとは、まだ限らないのだから。
「あ、えっと、わたしは――」
「カリン!」
ルアナと呼ばれた女性が、カリンの腕を引いた。その視線の先には、二人の王国騎士の姿がある。
ルアナが慌ててカリンを引きずるように、その場から去っていく。
「待って、ルアナさん! あの人、パルフェのこと知ってる!」
「いまはだめだ。騒ぎは起こせない。我々が捕らえられては本末転倒になる。チャンスは必ずまたくる。パルフェを捜すのは困難でも、あのコボルトは特徴的な美人だ。またすぐに見つかる。王都では魔族は貧民街にしか住めない決まりだからな。次の機会を待て」
少し迷って、シロはその姿を視線で追った。
ルアナはカリンを連れたまま、ひび割れて蔦の絡まった建物の陰から路地裏へと入っていった。
しばらくすると、王国騎士たちがシロのそばで立ち止まる。
「やはり柴のコボルトだ! 大賢者様が仰っていたコボルトは、こいつではないのか?」
「いや、別人だ。件のやつは、赤柴狸体型のコボルトらしい」
「てことは、さっきまでこいつと話をしていた女たちも無関係か?」
「おい、雌犬。さっきの女二人は誰だ?」
シロが小首を傾げて騎士二人に尋ねる。
「さあ。知らない人よ。パン屋までの道を尋ねられただけ。それより、赤柴のコボルトをお捜し? 何か事件でもあって?」
「貴様、心当たりがあるのか!?」
間髪容れずにこたえる。シレっと。
「さあ。この界隈では見たことがないわね。同種族は珍しいから、会ってみたいと思っただけよ」
「ふん、雌犬が色気づきおって。ならばなんでもない。下賤の魔族は黙って立ち去るがいい。決して貧民街から出てくるんじゃないぞ。野良と間違って討伐されんとも限らんからな。ああ、勘違いするなよ? これは脅しではなく、親切心から出た忠告だからな」
不快。
シロはため息交じりにつぶやいた。
「…………ええ、気をつけるわ」
騎士たちが立ち去っていく。
なるほど、どうやら先ほどの女性二人は、パルフェの仲間で相違ないらしい。
実に頼りにならない……。
※メリクリ。




