第43話 やっぱりあなたかコボルトさん
前回までのあらすじ!
メインヒロインの座を雌柴が狙っている……!
鼻歌交じりに水路を歩き、削っておいた格子を三本外して水底に捨てた。空いたスペースに頭をつっこみ、小さな全身をくねらせながら王城地下の水路に入り込む。
暗闇の中をしばらく進むと、上へと続く階段を見つけた。ここから王城内部へと侵入できるはずだ。
鼻歌をやめて近づき、周囲を探る。目と、耳と、鼻で。
誰もいない。だが、いくつも物が置かれている。
「……洗濯場か」
洗い桶や洗濯板が置かれている。夜明け前でなければ、王城で働く女たちで賑わっていたかもしれない。
飲料水の確保は、もう少し上流から魔導ポンプで汲み上げているのだろう。つまりここより下流は、まぁ、あまり考えたくはない用途ということだ。そちらに迷い込まなくてよかった。
今度は静かに階段を上る。いくらもいかないうちに鉄扉が見えた。当然のように施錠されている。
「ちっ」
腰のベルトに手をやって、ヒヒイロカネのナイフを抜いた。壁と鉄扉の隙間に差し込んで、上から下へと素早く振り抜く。
カツン、と甲高い音が響いて、ナイフの刃が下がった。
施錠部を斬ったのだ。だが、結構な音が鳴ってしまった。これじゃ何日もかけて水路の格子を静かに斬った意味がない。もっとも、だからといって何もせずに引き返したのではもっと意味がない。
「……」
しばらく息を殺して耳をそばだてる。音はない。
鉄扉をそっと引く。ギィと軋むが、やはり衛士の影はなかった。
パルフェは王城内部へと身を滑り込ませる。
ここから先は行き当たりばったりだ。何せ城の構造など、まったく知らない。興味もない。エトワールを見つけ出して、暗殺すれば終わりだ。二度と足を踏み入れることもない。
理想は夜が明ける前にすべて終わらせ、誰にも発見されぬまま水路から脱出することだ。
それで今後、カリンが狙われることはなくなる。あるいは狙われたままだとしても、これまでほど守るに困難ではなくなるはずだ。ましてやボニータという拠点があるのであれば。
赤絨毯の敷かれた廊下を音もなく走る。
魔導灯がいくつも揺れているが、衛士の数は少ない。大体が自身の鼻と耳で先に発見することができるため、彼らを避けるのも容易い。しかしこうも広いと、エトワールのいる部屋を探すことは難しい。ニオイを頼りに、といきたいところだが、長く顔を合わせていないため、そんなものはもう記憶の彼方だ。
王ならば謁見の間か、あるいは最上階を目指せばそれで済む話だが、大賢者なるものは一体どこに部屋を与えられているものやら。
かなり走ったが、それっぽい部屋は見つからない。片っ端から扉を開けて回るわけにもいかないし、見逃している恐れもある。
途方に暮れた。
「……こいつぁ、やらかしたか……」
下調べが足りなさすぎた。
騎士の一匹でも捕まえて、吐かせておくべきだった。
「まったく。カリンのマヌケが伝染っちまったぜ」
いっそ王の間を目指し、王に問い詰めるか。いざとなれば人質にすることもできる。
そんなことを考えた瞬間、唐突に眼前の空間がぐにゃりと歪んだ。平衡感覚が狂い、地面を失って、視界がほんの一瞬ブラックアウトする。
「~~ッ」
次に目を開けときには、パルフェは出入り口のない大きな地下室の中にいた。足下には巨大な魔法陣が描かれていて――そして。
「……ッ!」
一瞬で飛び退る。
着地と同時にヒヒイロカネのナイフを引き抜いて、身を屈め。
そんな彼を見つめる冷涼な目があった。
背中どころか臀部にまで届くほどの長い金色の髪、その隙間から覗く細く尖った耳、口元には微笑を浮かべているが、その瞳は氷のように冷たい。
美しい女だった。エルフの。
半透明の薄衣をまとい、手には文様に刻まれた赤い金属製の杖を持っている。
「……」
「やあ。久しぶりだね。もう少し早く逢えるかと思っていたんだけれど、案外慎重になったもんだね、君は。ヴァニールを追っていた血気盛んなあの頃が、まるで嘘みたいだ」
パルフェが眉間に皺を刻んだ。
ああ、クソ。
内心で毒づく。
すべてバレていた。おそらくは水路に入った時点から、すでに覗かれていたのだ。この大賢者エトワールには。
最初から、掌の上。踊らされていた。己は道化で、エルフ女は観客だ。さぞマヌケに映っていたことだろうよ。
だが、表情には出さない。せめてもの、ささやかなる抵抗だ。
「おめえらエルフと違って、俺たちは無駄に年を食う生き物でな。知ってるか? そういうのを成長っていうんだ」
エルフが微笑む。
「嬉しいよ。成長した君と逢えて」
「……できればこっちは二度とそのツラは拝みたくなかったがね。そうもいかなくなっちまった」
「つれないな、君は。あいかわらずだよ」
パルフェが舌打ちをした。
苛立ちを抑えるように瞳を強く閉じて、ため息とともに開く。
「雑談しにきたんじゃねえ。ここでくたばるのが嫌なら、カリンを解放しろ」
「うん、いいよ。数少ない友である君がそう言うのなら、私は喜んでそうしよう」
「そうかい、だったらここで死――あ?」
想定外の返事にパルフェは困惑した。
聞き間違いか。あるいはかつてのように己を騙そうとしているのか。
「どうかした? 別に構わないよ。あのお嬢さんを追うのはやめるって言っているんだ」
「……どういう意味だ?」
「別にあの子じゃなくても構わない」
エルフの笑みに曇りはない。子供のように無邪気に。
「また別の魔王役を異界から召喚するってことだよ。魔力を大量に使うから、ちょっと手間だけれど、他ならぬ君のお気に入りだというのであれば、あ~誰だったっけ……」
パルフェの眉間に再び深い皺が寄った。
どす黒い感情に駆られ、無意識に食いしばった牙の隙間からうなり声が漏れる。
「まあいいや、とにかくあの子は見逃してあげるよ。異界には女なんていっぱいいるからね。適当にまたさらって魔王役をやってもらうさ。それでいい?」
「ふざけてんじゃねえッ!! いいわけねえだろうがッ!!」
怒るパルフェとは対照的に、エルフは困り顔になった。
「どうして? 世界から戦争が消えて、こんなにも平和になったというのに、君はなぜ怒っているの?」
「おまえ、本当にわからないのか?」
「わからないから聞いているんだよ。私たちエルフはただ、この世界を平和に保ちたいだけなんだ」
「もういい。頭がおかしくなりそうだ。おまえを殺す。もともとそのつもりできたんだ」
抜いたナイフの切っ先を、エトワールへと向ける。にもかかわらず、エトワールは静かに言葉を続けた。
「数十年に一度、異界の女の子を一人を殺すだけで、この世界は平和に保たれるのに?」
「……?」
「ジャンティーユ王国が大陸随一の大国になれたのは、魔王を殺した勇者が所属していたからだよ」
「魔王は幻想だ! おめえらが創り出した偽もんだろうがよ!」
当然、相対する勇者もだ。
ちょっと腕が立つだけの青年に過ぎない。シャルマンも、ガトーもだ。
「けれど、甲斐はあったでしょう? この大陸の他の国々はみんな、魔王を殺した勇者を擁するジャンティーユ王国に謙った。結果として、人間同士の大きな諍いや争いは起こらなくなった。勇者と魔王が存在しなかった頃は、ずっと国同士で殺し合っていたのに、ジャンティーユという大きな蓋ができた瞬間から、血の歴史は大陸全土からなくなったんだよ」
エトワールは真剣な表情をしている。
それが余計に腹立たしい。
「わかるかい? 異界の生物をたった一匹殺すだけで、この世界の人間たち数十万、数百万の生命が救えるんだ」
「……何言ってんだ、おまえ……」
怒りのあまり、声が震えた。体毛が逆立つ。眉間が軋む。うなり声が漏れる。
だからなのだろう。エトワールが少し焦ったように、早口にまくし立てた。
「これは秘密の話だけれどね、私たち長命種のエルフは、短命種である人間たちの無駄死にを防いであげるために、各大陸ごとでこの計画を実行しているんだ。そしてその大半がすでにもう、大きな成果を収めている。大陸だけじゃない、世界、この星から戦争がなくなりつつあるんだよ」
「もういい黙れ」
「世界から悲劇は減った。流される涙が減ったんだよ。ヴァニールの生命には、それだけの重さがあった。異界の生物一匹の生命と、この世界の人間たち数百万の生命の価値を秤にかけてごらんよ」
パルフェの心を表すように、ヒヒイロカネのナイフに炎が宿る。
「価値があったのはッ、ヴァニールの生命だけだッ!! 勝手な理由で勝手に戦争起こして勝手にくたばるような数百万の生命なんぞにッ、何の価値があったんだッ!! 女一人の生命で支えられる程度の世界なら、そんなもん勝手に滅んでりゃいいッ!! くそっ喰らえだッ!!」
その段にいたって、ようやくエトワールがヒヒイロカネの杖を軽く持ち上げた。そうして彼女は仄暗い表情で、その言葉をつぶやく。
「でも、勇者も魔王もでっち上げだと知った上で、ヴァニールを殺したのは君だよ。――シャルマン」
コボルトさん、実はコボルトじゃなかった疑惑浮上




