第41話 ヤっちゃったのコボルトさん!?
前回までのあらすじ!
逃げて! 挟まれちゃう!
暗闇の中、水流と鉄を挽く音だけが静かに響く。
小さな手でヒヒイロカネの刃を持つナイフを細かく前後に動かし、水路を遮る格子を削っているのだ。
ジャンティーユ王国、地下上水道――。
コボルトは鼻歌交じりにナイフを挽く。何度も何度もだ。
むろん、この程度の格子であるならば、【火炎斬り】で簡単に斬り飛ばせる。だが、地上にある建造物がそれを許さない。
いや、【火炎斬り】どころか、寸断する音も響かせてはならない。そんなものが鳴り響いた瞬間、王国騎士らが上水路に雪崩れ込んでくるだろう。
何せここは、王城の真下なのだから。
ゆえに、ゆっくり、ゆっくり。音を出さないように慎重にナイフを動かし、少しずつ鉄の格子を削る。降り積もる鉄粉は、水流がすべて洗い流してくれる。
格子三本分でいいのだ。それだけの隙間ができれば、この小さな身ならば王城地下へと入り込める。そこで大賢者エトワールを仕留めれば、長く連綿と続けられてきたこの愚かな勇者と魔王の悲劇はようやく断ち切れる。
一本ずつ外すのではない。三本、均等に削っていく。格子を外す日は、三本同時が好ましい。
ここは王城地下の上水道だ。そうしなければ、巡回騎士に異常を発見されてしまう。
それは気の長くなるような作業だった。
ボニータ近郊でカリンと別れてから、何日もかけて騎士どもを撒いてようやく王都に辿り着き、さらにまた何日もかけて王城への侵入経路を探り、そこからまた数日かけて静かに格子を外す作業に取りかかる。
「早くしねえと、あのお転婆娘がこっちまで出てきちまう」
冬期に入ったことで、そう簡単にはボニータを出られなくなったはずだが、あのお花畑脳のことだ。万に一つの可能性がある。
あの娘の結末が森で凍死では、たまったもんじゃない。
ぽやーっとしたマヌケ顔を思い出して、パルフェは苦笑する。
「げはは」
当初は不思議首輪で不治の病から救ってくれたお礼と、そして何より先代魔王ヴァニールへの贖罪のつもりで始めたカリンの護衛だったが、やってみるとこれが存外に楽しかった。久しぶりに他者のぬくもりを感じられた気がする。
そういう意味でも、あの娘には借りを返しておきたい。
ぴくり。コボルトのピンと立つ耳が動いた。同時に手が止まる。
足音が遠くから響いている。水路の石畳を打つ、堅い金属製の足甲の音だ。どうやら巡回騎士がやってくる時間らしい。
「……見回りか」
大賢者エトワール。かつての仲間を手にかける覚悟は、もうできた。いや、遅いくらいだ。もっと早くに殺しておくべきだったのだ。
そうなった後は、そうだな、もうカリンの顔を見ることはないだろう。
己は一度ならず、二度までも、罪を犯すのだから。
あの太陽のような娘の近くには、もういられない。自身にそんな資格はない。最初からなかった。
キュっと強く口を引き結ぶ。
「今日はここまでだな。明日にゃあ、いよいよ実行だ」
ぽつりとつぶやいて、格子についた鉄粉を肉球の手で払い落とし、ヒヒイロカネのナイフをホルダーに収める。水路から巡回用の通路へと上がり、パルフェは闇の中を音もなく走り出した。
肉球がチャッチャと鳴ってしまわないように、あえて人間の子供用靴下を装着している。靴はない。あれを履くと走る速度が落ちてしまう。
丁字路までくると、左手の方角に松明の炎がぼんやりと映った。まだ遠い。こっちはすでに向こうを捕捉しているが、向こうはこちらを捕捉できないだろう。自身は松明など持っていないし、それに人間は犬に比べて夜目が利かない。耳も鼻も鈍い。
「げはは、人間ってのは不便なもんだ」
だから、余裕綽々。悠々とパルフェは右手の方角へと走り出した。
しばらく走って。走って、走って。水路の石畳が途切れる頃に水中へと飛び込んで潜り、短い水中洞窟を越えて、王都外の川の水面へと頭を出す。
「スンスン……」
鼻を動かし、耳をそばだて、周囲に誰もいないことを確認すると、川から岸へと上がった。
ぶるるるるるるん、と全身をドリルのように振って水を飛ばし、首を左右に倒してから、今度は堂々と何食わぬ顔で街道を通って王都へと戻る。
といっても、煌びやかな王都の町並みへ、ではない。その端。王都に住む貴族平民らが敬遠する、貧民街へと向かってだ。
ここには人間の捨て子や、人間に対して比較的友好的なコボルトなどの魔族が住んでいる。もっとも、ジャンティーユ王国は貧民街の存在を、諸外国に認めてはいない。つまり貧民街の住民らは、その地に勝手に棲み着いている、という扱いだ。
追われる者にとって、ここはとても都合の良い場所だ。
ましてや人間たちは、コボルト種の顔の判別などできはしないのだから。せいぜいが犬種の違い程度しか認識できないだろう。
まあ、中にはカリンのように犬に詳しいやつもいるから、気をつけるにこしたことはないけれど。
寂れた夜の貧民街を歩き、一軒のあばら屋のドアを開ける。
「おう、帰ったぜー」
そこにはエプロンをつけた一体のコボルトが待っていた。
艶のある美しい毛並をした、真っ白な柴犬タイプだ。狸のようなずんぐりとした体型のパルフェとは違って、狐のようにすらっと細い。
ヒトであるならば、かなりの美女に分類されるだろうことは、誰の目にも明らかだ。
「おかえりなさい」
彼女の足下から、五匹の子犬コボルトたちがワラワラと走ってきて、パルフェの下半身に飛び込んできた。
「ぱぁ~ぱ、ぱぁ~ぱ」
パ、パパパパパパパ!?




