第39話 女子高生とカラクサ村の夜
前回までのあらすじ!
猫娘→未来猫→土○衛門。
韻が謎かけに昇華された瞬間だった。
ルアナさんを先頭にして、わたしとミレイがその後に続く。
身体の大きなルアナさんは太ももにあたりまで積もった雪を、力強く掻いて進む。彼女が造ってくれた道を歩いているのに、足取りはひどく重い。
指先は冷え切り、もう感覚もない。
ざっ、ざっ、ざっ、雪を掻いて進む音だけが響いている。
誰も言葉を発さない。疲労の限界が近いから。少し前にパルフェと駆け抜けたときよりも、ずっと時間がかかってしまっている。
わたしたちが温泉地を出発してから、もう丸一日は歩き続けていた。
月が昇っても、夜の森は暗い。冬眠でもしちゃったのか、魔物こそ出ないものの、一寸先も見えない闇と寒さが体力を容赦なく奪う。
「……ようやく見えたぞ。カラクサ村だ。今夜はここで休もう」
しばらくぶりに、ルアナさんが口を開いた。
わたしは、いつの間にかうつむいていた視線を上げる。樹木と樹木の隙間に、パルフェと過ごした廃墟の村があった。
不思議と、冷え切っていた身体に微かな熱が宿る。
「なんだか懐かしく感じるよ。そんなに経っていないのに」
シャルマンの家――ううん、パルフェの家の前に立って、わたしは目を細めた。
「へへ……」
もしかしたらパルフェはここに帰ってきているんじゃないかって思って。だってそうでしょ。誰もいなくなった廃墟のカラクサ村で、もともと一人で暮らしていたんだから。ジャンティーユ王国の騎士たちが去った後、しれっと戻ってきてたって不思議じゃない。
犬には帰巣本能だってあるしね。
駆け寄ってドアを引く。わたしの腰まである雪が引っかかって、うまく開かない。わたしの肩越しに腕が伸びてきて、ルアナさんが力任せにドアを開けてくれた。
心臓を高鳴らせて、わたしは家の中に飛び込む。
「……」
静かだった。灯りもない。気配も。
わかってた。いるわけないのはわかってたのに、落胆した。
「灯りをつけよう。燭台は……ああ、クソ、ジャンティーユ騎士どもに蝋燭をすべて使われてしまってるな。蝋燭を探そうにも灯りがないとどうにもならん。寒さも空腹も、朝まで我慢するしかないか」
ミレイが泣きそうな顔で叫ぶ。
「ししし死ぬぅ! ミミミレイし死んじゃうニャ!」
「あ、わたし、魔導灯持ってる」
わたしは荷物から魔導灯を取り出して、コックをひねった。火も何も必要ない。炎晶石を中に設置されている魔導灯は、ぼんやりと光を放つ。
ミレイが寒そうに両手を擦りながら、魔導灯に手をかざした。
「うひいぃぃ~、ぜぜぜ全然んんあたたた温たまらんにゃ」
わたしは寝室から毛布を持ってきて、椅子に座ったミレイにがばっと被せた。
猫だから寒さに弱いしね。毛皮あるのにさ。
「そりゃそうだよ。灯りが目的の道具だもん。こんな小さな火じゃね。ちょっと待ってて。貯蔵庫の奥にまだ薪があったと思うから取ってくるよ。暖炉使えるかも」
「うひぃぃたたた頼むニャ」
「私も付き合おう」
わたしは隣室の床にある貯蔵庫への扉を開けた。ちなみにカーペットはめくれたままだったけれど、開け放してきたはずの扉は閉ざされていた。
騎士たちが貯蔵庫の中まで入った証拠だ。となると、たぶん、食べ物は何も残ってないだろうな。
魔導灯の灯りが貯蔵庫内にぼんやりと広がる。
ルアナさんが感嘆の声を上げた。
「へえ、私はボニータから出られなかったからパルフェの家にきたのは初めてだが、案外ちゃんとした暮らしをしていたんだな、あいつ。キッチンに貯蔵庫まで完備してるとは」
「それ聞いたらパルフェ怒るよ? 野生動物じゃねぇぞ~って」
「はっは! それもそうだ」
あれ? ひんやりしているはずの場所なのに、何だか居間やキッチンより暖かいや。気のせい?
「暖かいな」
「わたしの気のせいじゃないんだ……」
そう言えば前の世界で北海道に住んでる人が言ってたっけ。冷蔵庫とは、食料を冷やすためにあるのではなく、凍結させないために存在する装置であるって。
試される大地ぃ~。
「……薪がなかったら、ここに毛布を持ち込むか」
「そだね」
食料の大半を保存していた木箱は、すべて開けられてしまっていて空っぽだ。やっぱりジャンティーユ騎士たちにほとんど食べられちゃったみたい。箱の底の方に、お豆さんやお芋さんと、調味料いくつか残っている程度だよ。
あ、でも、夕飯のスープくらいなら作れるかも。
「薪はないな。仕方ない。ここに毛布を持ってくるか」
「待って、ルアナさん。木箱を壊せば燃やせるよ。あ、でも薪割り斧は外の壁だから、雪に埋まっちゃってるかも」
「木箱か」
ルアナさんが木箱の前に立つ。ちなみに彼女の大斧は、ミレイが休んでいるキッチンに立てかけてきた――のに、ルアナさんは拳骨を握りしめて、木箱に無造作に叩き下ろす。
「ふん!」
バギャン、と音が響いて、木箱が割れた。
「……ほえぁぁぁ……」
「呆けてないでカリンも手伝え。ほら、箱を殴れ」
「や、ムリィ~……」
乙女だから。
「そうなのか。仕方ない」
その後もルアナさんは黙々と拳骨を叩きおろし続ける。いくらも経たないうちに、バッキバキに割れた大量の木片が散乱していた。
わたしたちはそれを拾い集めて、キッチンに戻る。キッチンの椅子では、ミレイが毛布にくるまったまま、身体を丸めて眠っていた。
「起きろ、ミレイ。居間の暖炉に火をつけるぞ。風邪を引く前に移動しろ」
「ニャ!」
ぴょんとミレイが飛び起きて、毛布をマントのように巻いた。ルアナさんに続いて、ミレイが居間へと向かう。
「ルアナさん。わたし、お豆さんとお芋さんでスープ作るね」
「ん、ありがたい。味は濃いめの熱々で頼む。私は荷物からパンと干し肉を用意しておく」
「うん」
「お腹空いたにゃ~……」
炎晶石コンロに火をつけて鍋をのせ、油を引く。鍋が温まる間にお芋さんの皮を剥いて刻み、お豆さんと一緒に放り込む。残念ながらミルクはもうなかったから、小麦と水を少しずつ加えて刻んだチーズを入れ、塩とこしょうと後なんか不思議な粉で味を調えたら完成。お肉やお魚がないのは残念だけど、それなりにおいしそう。
木皿に盛って運ぶ。
暖炉の灯りが煌々としている暖かな居間では、ルアナさんが片手でミレイの眉間を掴み、押さえ込んでいた。
「フニャ! フギュ!」
「だから待てと言ってるだろ!?」
何してんの? ケンカ?
「一口だけぇぇぇぇ~~~! おにゃか空いたのぉぉぉ~~~!」
「だめだ! 待て!」
どうやらミレイは用意された干し肉とパンを、一足お先に食べようとしているらしい。なんか顔を押さえられてるのに舌だけを必死で伸ばして、変な顔になってしまっている。
意地汚い。猫、意地汚い。
「……お、お待たせ……」
「~~っ!」
シュババ!
ミレイが素早く座り直す。
「みゃぉ~ん♥」
「お、きたか」
まるでおとなしくじっと待ってたんだよーとアピールするみたいに。
耳をピコピコ動かしてんじゃないよ、もう。
これだから猫はぁぁっ!!
猫派の皆様、ごめんなさい。




