第31話 どこ行っちゃったのコボルトさん……(第三章 完)
前回までのあらすじ!
登場人物全員グダグダ!
剣を抜くことはあきらめた。腕の短さがここで響いてくるとはね。
こうなってくると、どんなに優れた勇者の剣でもただの重りだよ。
ふぁ~! パルフェめー! こんなの持ってくるんじゃなかったよ!
ジト目の騎士たちが、じりじりと動き出す。
「よ、よし、ヴァニールが動きを止めたぞ。どういうわけか、剣を抜くつもりはないらしい」
「あ、ああ」
あるよ! あるんだけど、抜けなかったの! 腕が短いから!
騎士たちが怯えながらも、わたしの周囲に展開し始める。わたしは囲まれないように、少しずつ後ずさる。
騎士たちの呼吸が、まるで獰猛な獣のようだ。
けれど彼らも慎重になり過ぎているからか、すぐには後方にまで回り込んでこない。でも、それだって時間の問題だと思う。
やばい、やばい、やばいよね、これ。
逃走から立ち止まってずいぶん経つというのに、呼吸が整わない。心臓は跳ねっぱなしだし、汗だって未だに全身から絶賛生産中だ。
考えろ~、考えろ~! そ、そうだ!
「あ、あ~! 剣で斬るのとかめんどくさいし、そろそろ魔法とか撃とっかな~? もうね、すんっっごいやつ!」
ビクン、と痙攣した騎士たちが、一斉にすり足を止めた。顔色を青ざめさせ、呼吸を速める。
いっそそのまま過呼吸かなんかになって離脱してほしい。頼んますよ、ほんと。
「あーでも、地形とか生態系とか変わっちゃうかもな~!」
「な――っ!?」
先頭の騎士の足が露骨に震え始めた。恐怖は伝播し、何人かがその場にへたり込む。
効果は抜群だ。
「ま、いっか。どうせ生態系を変えるなら、人間さんどもを犬に変えてしまうのもおもしろいなー! また数十年かかったらコボルトにまでは進化するかもしんないし! 柴犬がいっぱい増えたら、世界が可愛くなっていいよね! ね?」
もう自分でも何が言いたいのかわかんないや。
けれど、この言葉がだめだったらしい。どうやら禁句だったらしいの。
一人の騎士の目の色が変わった。
「ふざけるな……ッ。またそんな魔法を使うつもりなのか、貴様ッ!!」
「また……? またッ!? まだ使ったことないよ!?」
「とぼけるな! そうして増やした魔族を率い、人類を攻め滅ぼさんとした怪物が!」
えーっ!? え? え? それって先代魔王のヴァニールのこと? え? だって魔王ヴァニールはただの異世界から召喚されただけのヒトで、人畜無害だったってパルフェは……。
ふと思い出す。ルアナさんはわたしに言った。
――魔王ヴァニールは、五十年前、確かに人類を脅かす存在だった。
正確には、言いかけた。言いかけて、パルフェに止められた。
だからその先に続くべき話を、わたしは知らない。
「あ、あの、そこんとこ詳しく……」
「先代勇者シャルマン殿がいなければ、彼と彼の仲間たちがヴァニールを殺さなければ、人類は滅んでいたのだぞ!」
「――!」
魔王ヴァニールの世界に施した魔法は強制進化。それはただの犬をわずか三世代で魔族のコボルトに変えてしまうほどの大魔法。
ヴァニールは自身を魔王扱いして死の淵まで追い詰め、大規模な討伐対象にまででっち上げた人類に対し、進化させた魔族たちを率いて反撃を試みた。
だからシャルマンは、彼女を――ヴァニールを殺さざるを得なかったんだ。
だとするなら、パルフェのシャルマンに対する愛憎にも似た軽蔑に納得がいく。
シャルマンに選択肢はなかったとはいえ、彼は後になって自身の行いを悔い、ヴァニールが進化させた魔族と、そして真実を知る一部人間族がともに手を取り合って暮らせる隠れ里を造った。
それがボニータだ。
あ、繋がった……。
わからないのは、パルフェが何者であるかということだけ。ヴァニールに進化させてもらったから、彼女を殺したシャルマンを軽蔑しているのかな。
でも、だったらシャルマンの家に棲み着いている理由がわからなくなる。剣だって大切に保管していたみたいだし、シャルマンの飼い犬と同名を名乗っているのも不自然だ。
思考に没入しかけていたわたしを、騎士の低く響く声が現実に引き戻す。
「ヴァニールよ。どうやらまだそこまでの記憶は戻っていないらしいな。ならばまだ、一介の騎士たる我らにとて勝機はある!」
「させぬぞ。あの戦争の再来だけは、二度とさせぬ。あの戦いで、どれだけの数の罪なき人類が散っていったことか」
一人の騎士が、わたしに背中を向けて叫んだ。
「立てい! ジャンティーユ王国を守護せし我ら王国騎士団、いまが矜持の見せどこだぞ!」
「……そうだ。シャルマン殿亡きいま、我らをおいて誰が王国の民を守れるというのだ……!」
あれまあ。ガトーさんったら、存在そのものを忘れられちゃってるよ。シャルマンと同格の勇者なのにね。まあパルフェの口ぶりだと、シャルマンはもっともっと格上だったみたいだけれど。
騎士たちが再び動き出す。
わたしを囲むように回り込んで。
ああ、これはもーだめかも……。
「うう、しょうがないや。あんまし気は進まないけどぉ~」
わたしは両手を挙げた。
降参。降参だよ。うん。捕まったら死刑を待つ身にされちゃうんだろうけど、いまを生きてさえいれば、いつかパルフェが助けてくれるかもしんないもん。
ごめんね、おじーちゃん、おばーちゃん、シバスケ。
けれど、わたしが手を挙げた瞬間。
わたしの背後の茂みから黒い影が一体、飛び出した。驚いたわたしは、慌てて手を下げる。
「ひゃっ!?」
それを機に常緑樹が揺れて、樹上からも茂みからも、葉を夜空に散らしながら次々と影が飛び出してきて、わたしの横や頭上を凄まじい勢いで通り過ぎ、騎士たちへと覆い被さるように襲いかかっていく。
騎士たちが驚愕に目を見開いた。
「な――っ!?」
――シャアアァァァァァ!
それらは緑色の鱗を月光に輝かせ、勢いのままに手にした三つ叉の槍で騎士を貫くべく突き出す。
両者の得物がぶつかり合い、バギィンと、けたたましい金属音とともに火花が散った。
騎士らは剣でそれを受け、あるいは流し、陣形をわたしに対する包囲から円陣に変化させた。
「くっ!? こんなときに魔族の襲撃だと!?」
「く、くそ!」
「あぁん♥ なんてこったィン♥」
ええぇぇ……ま、魔族?
暗闇によく目を凝らせば、騎士たちを取り囲むようにリザードマンの一団が槍の穂先を向けている。数は騎士たちと同じくらい。
その中に知った顔を見つけて、わたしは手を振った。
「ああ! ポムさんだ。お~い、お~い! ポムさ~ん!」
わたしがボニータで逮捕されたときに、牢番をしていたトカゲ、ポムさんがいる。彼はわたしを横目で一瞬見やってから、わざとらしく棒読みの言葉を発した。
「魔王ヴァニール様。此度の召喚の儀に我らリザードマン族をお選びくださり、感謝いたします」
「へ?」
んん? 手を挙げて下げたこと?
あ。あれを行間の儀って言い張ればいいんだね。うんうん。
「あ、えっと、へへ。苦しゅうないよ~。よくきてくれたねえ」
そうつぶやいた瞬間、わたしの肩に大きな手がのせられた。大きいけど、とっても柔らかい手。トカゲじゃなくて、ちゃんと体温のある手。
わたしは反射的に振り返る。
そこには長身の人影があった。
「遠慮などなさいますな。ヴァニール様の危急とあらば、いつでもお呼びください」
この声!
フルフェイスの仮面をつけているけれど、間違いなくルアナさんだ。仮面の下からは炎のような赤い髪が流れているし、服装だってあのときに見た貴族然としたものだもの。
でも、でも。
彼女が右手に持っているもの。それは、片方の刃部分だけでわたしの全身がすっぽり入るくらいの、大戦斧だった。
でかすぎる!
ルアナさんはそれを右手一本で一振りして、あっさりと肩にのせた。
それだけでわたしのスカートやポニーテールが揺れるくらいの暴風が巻き起こる。
パニック状態だった騎士たちが一斉に我を取り戻し、剣を構えた。
「くッ、怯むな! 数の上ではまだまだ互角! いまこそ騎士の誇りを――っ」
言葉は最後までなかった。
ルアナさんが肩にのせた大戦斧を高く持ち上げて、それを地面に叩きつけたのだ。
「ゥルアアアァァァッ!!」
ゴッ!!
大地が悲鳴を上げた。
騎士らの立つ足下にまで鋭い亀裂が走り、無数の石礫が飛散し、周囲の若木が根から掘り起こされたかのように倒れ込む。
ルアナさんが叩きつけた斧を、右肩へと戻した。
「……」
「あ、あ、あぁ、ぁ……」
無言のルアナさんに対して、騎士たちが絶望のうめき声を上げる。
一連の動作は片手だった。右手一本だよ。もうね、言葉もない。
ある意味、魔法との併用技であるパルフェの【火炎斬り】よりも、力任せの叩きつけでこれなら、ずっとずっと人間離れしちゃってるよ。
ルアナさんったら、もはや人間削岩機だよ。重機並だよ。
わたしはどうにか彼女に声をかけようとして。
「ル、ルア――」
ルアナさんが人差し指をフルフェイスの口元で立てた。
「う、うん」
だよね。名前を呼んじゃまずいよね。
たしか彼女はシャルマンの仲間だったシュヴァルツさんっていう斧使いのお孫さんだってことだけは聞いてたけど。そのせいで女性にしては高身長且つガチムチ気味ってことも愚痴ってたけれども。
けれども! いや、すごすぎない?
濛々と立ちこめる土煙の中、ルアナさんがヘルムのバイザーだけを跳ね上げて、真っ赤な瞳で騎士たちを睨む。
「失せろ。ヴァニール様の気が変わらんうちにな」
言葉が終えるより先に、騎士たちは這々の体ですでに逃げ出し始めていた。
主役不在!




