第16話 女子高生は寝相が悪い
前回までのあらすじ!
漢ォ、たるものォ~!
空きのある宿に心当たりはないかと、パルフェがルアナさんに尋ねている。
長身の美女は自らの邸宅の玄関口に立って、肩越しに親指で屋内を指した。
「今さら何を遠慮している。うちに泊まっていけばいいだろ。嫌なら宿も何軒かはあるがね」
公務を終えたからかルアナさんの服装は、わたしのイメージの中の貴族的なものではなく、ひと繋ぎになったドレスを着ている。
「空室もか?」
ルアナさんは長い髪を片手で耳にかけて、面倒くさそうな表情をした。
「ボニータは隠れ里だ。ほとんどの宿屋は公務で、宿泊客はすべて私が把握している。部外者で宿が溢れることなど、そうそうあるものじゃない」
「そうか。そうだったな」
さっきパルフェに教えてもらったことだけれど、ルアナさんはシャルマンの開拓仲間だったヒトのお孫さんで、シャルマンが姿を眩ませたあとはルアナさんの父親がボニータを取り仕切っていたらしい。
だからその流れで、娘であるルアナさんもボニータの町長役を担っているのだとか。
ルアナさんがパルフェを見下ろす。
「で、どーすんの?」
パルフェが唐突にわたしを振り返った。
「カリン。ルアナに泊めてもらっていいか?」
「わたしに聞かなくても。だめなわけないじゃん」
わたしは、にこーっと笑いながら返す。
なんかモヤっとするけどー。
「二人分頼む。ルアナ」
「わかった。客室に案内させる」
ルアナさんがそうつぶやくと、どこからともなく現れた執事服のオジサマが現れて、あれよあれよという間にわたしの手荷物を、白手袋をした手で取ってしまった。
「お運びいたします。それではこちらへ」
先に歩き出した執事さんのあとを、パルフェとわたしが続く。でもわたしは、執事さんの頭から目が離せない。
小走りで横に並んで、額を見上げる。
「それ、角……?」
「左様でございますよ、お嬢様」
にっこり微笑んでくれて。
彼、角が生えてたんだもの。優しそうな白髪のオジサマなのに、額と頭皮のちょうど中間くらいから角が一本。
鬼さんだ……。本物だよ……。
パルフェが後ろから教えてくれた。
「執事のブルネッタはオーガ族だ」
「オーガ!」
へえ、へえ。思ってたより怖くないや。
ゲームだと筋肉モリモリの半裸の鬼だったけど、実際はちょっと背の高い人間サイズだもん。半裸ってよりむしろ執事服だから紳士的にさえ見えるし。
「気をつけろよ、カリン? こう見えて強靱な肉体に怪力を備えた、人喰い種族だ。おめえみてえなのは頭からガブリだ! ゲハハハ」
「人喰い!? 怖っ!? こんなに優しそうなのに!」
ブルネッタさんが穏やかに笑った。
「冗談が過ぎますな、パルフェ様。ただ、そういう時代もあったそうです。もっとも、私が生まれるより遙か以前、真の人魔戦争時代のことですが」
「真の……? 人魔戦争って何度かあったの?」
パルフェが不機嫌そうに吐き捨てる。
「今ブルネッタが言った人魔戦争以降に起こったとされる人魔戦争は、全部嘘っぱちの歴史ってこった」
「あ、それって、シャルマンが騙されてたってお話の……?」
「そうだ。人間族の語る人魔戦争なんざなかった。そんなもんなかったんだ。魔王ヴァニールは存在しなかった。人間族が一方的に魔族を狩り、魔族がそれに対して応戦せざるを得なくなった小競り合いを誇張して、人間族は人魔戦争と呼んでいるに過ぎん」
ひどい話だよ……。
わたしたちはブルネッタさんの案内で、二階北側の客室へと通された。
ルアナさんの邸宅はすっごく広くて大きい洋館だけれど、廊下や客室には驚くほど調度品のようなものはない。
ベッドとクロークルーム。あとは一人用のソファが二つと、二人用のテーブル。
うん。ビジネスホテルくらい素っ気ないや。
「それではパルフェ様、カリン様。夕食の時間までご自由におくつろぎください」
「ちょっと待て、ブルネッタ」
「なんでございましょう?」
立ち去ろうとしたブルネッタさんを、パルフェが呼び止めた。
「ベッドが一つしかねえ」
「セミダブルではご不満でしょうか?」
「そうじゃねえ。俺とカリンを――」
わたしはパルフェの言葉を遮る。
「別にいいじゃん?」
だって願ったり叶ったりだもん。
パルフェ暖かいし、ふわふわしてるし、お日様の匂いするし。ぎゅーってすると、幸せだもんね。
「あのなあ、カリン」
「男と女って言ったって、コボルトと人間でしょ? 問題ないよ」
パルフェが目に若干白目を見せながら、呆れたように口を開けた。
「おまえの寝相は危険だ」
「んえ?」
「今朝方、俺を股に挟んでやがったのをもう忘れたのか」
う……。
ブルネッタさんが、ぶっと噴き出してから素知らぬ顔を背けた。
でも、肩が微かに震えている。
「こ、こんなところで言わなくたっていいじゃん!」
「ならいつならいいんだ?」
「じゃ、じゃあ、今日は最初から枕を挟んどくから……」
「何も挟まずに寝ろ」
「へへ、いや、それはどうかと……」
「なんでだよ。つか、変な癖がついてんな、おまえ」
ブルネッタさんが気遣うように言った。
「あのう、よろしければ寝所を別にご用意いたしましょうか?」
「ああ、頼む」
「なんでーっ!?」
「承知いたしました、パルフェ様。それではお隣にお越しください」
あ、あああぁぁ、パルフェと引き離されちゃう!
と思ったのに、パルフェは。
「いや、それには及ばねえ。毛布を一枚持ってきてくれ。俺はこのソファで寝る」
「へ?」
「これでもこいつの護衛でね。あまり離れるわけにはいかなくてな」
ブルネッタさんが初めて、わたしに不思議そうな視線を向けてきた。
穏やかで優しそうな瞳だったけれど、なぜかすべてを見透かされそうな深い黒に、わたしは視線を逸らす。
「護衛……で、ございますか……。カリン様はどなたかに狙われておられるので?」
「まあな」
それだけ。
それ以上はパルフェは何も言わない。
勇者ガトーのことも、わたしが魔王ヴァニールだってことも。
「左様でございますか」
ブルネッタさんもまた、それ以上は問おうとはしなかった。執事さんだから、お客であるわたしに遠慮してくれたのかもしれない。
「承知いたしました。毛布は就寝時までにご用意いたします。それでは、また後ほど」
一礼をして、彼はドアを静かに閉ざして出て行った。
必殺の首四の字固めをキメられるという。




