第55話 その名は百鬼衆
神社までは歩いて15分ぐらいの距離。本当は商店街を通って行けばもっと早く着くんだけど、いかんせんヤクザ風の男と中にクラブなんか一本も入っていないゴルフバッグを担いだキャディさん(俺)がいるからな……通報されること間違いなしだ。なので、俺達は昨日天童とアルバイトをしに来た危険地帯へとを通る事にした。
ここはシャッターの降りた妖しいお店や、かつてその昔、闇金事務所があったとかなかったとか言われている廃ビルなど、商店街と違ってゴーストタウンのように人気がない。まあ、万が一いたとしてもその筋の人だろうから通報される心配はないし、つまりは悲しい事に俺達はこのダウンタウンに溶け込んでいるのだ。それはいいとして……
「ねえ、天童♪こっち向いて♪(ムー民の曲に合わせて皆さんもご一緒に)」
「…………何?」
「何?じゃねえよ!!何で俺がこんなクソ重たいゴルフバッグ担がなきゃいけないんだよ!!」
「それは敵の目を欺く変装だよ。そのゴルフバッグを持つことにより管理人さんはどこからどう見てもただのキャディさんに……」
「見えるかボケ!!こんな街中をゴルフバッグ担いでうろつくキャディなんていねえよ!!そんな風に思うバカこの世にいねえ!!絶対に!!ガリガリ君10本かけてもいいよ!!」
「え〜……ガリガリ10本?3本ぐらいにしない?」
自信ねえのかよ!!お前やっぱり俺の事、ただの荷物持ちにさせてただろ!!いや、うすうすは分かっていたけども……腹が立つぜ。
“ツンツン”
「どうしたんですか、先輩?」
「ミイナが持ってあげようか?」
「いや、いいですよ。これ、凄く重たいし。女子にそんなことさせる訳にはいかないでしょ」
「いいよ、ミイナは力持ちだから」
「力持ちって言っても……やっぱり、いいですよ。俺が持っていきますから」
「…………」
“バキ”
何で!?なんで俺殴られたの!?俺、悪い事言った?
「よこせ」「はい、どうぞ!!」
先輩がとても恐い顔をなさるので俺は二つ返事でゴルフバッグを彼女に渡した。男として情けない事は重々承知だが、なにやら嫌な予感がしてならなかったんで……
しかし、先輩はゴルフバッグを受け取るとそれをひょいっと担ぎ、満面の笑みで俺に頬ずりをしてきた。
「ミイナはお手伝いするいい子でしょ?」
「え……」
どうなんだろう……それは殴らなければの話ではなかろうか……?
「ほめて、ほめて♪」
しかし、無邪気に甘えてくる先輩を見ていると、俺は何だかひどく後悔した。やっぱりこの娘を連れて来るべきじゃなかった。いや、先輩だけじゃない。玉希ちゃんもだ。こんな危ない事に女の子を巻き込むなんて……俺の頭はオッシーの事でいっぱいになってどうかしていたんだ。今からでも遅くない!
「なあ、玉希ちゃん。やっぱり、先輩を連れて……」
「良平君」
いつになく真剣な、鋭いほど真剣な蒼色の瞳が俺を突き刺していた。
「それ以上は言わないで下さい」
「でも、玉希ちゃん……」
「大丈夫ですよ、私たちこう見えても結構強いですから」
「それは十分知ってるけど……そうじゃなくて……」
「ちゃんと、良平君の事も守ってあげますよ」
「…………うん」
有無を言わせぬ玉希ちゃんの視線にうなずくしか出来ない自分が情けない……
「心配いらねえよ、管理人さん」
「天童……?」
「あんたが思っているような事にはならねえ。ていうか、俺がさせねえ。あんたもそいつらもチビ助も、ついでにクロも俺が守る」
天童お前…………ん?
「あの、天童君……?死なせないリストの中にさりげなく烏丸さんの名前が入ってないのはホワィ?」
「ああ、あの人はいざとなったら地球圏外に避難してもらうから」
「まさかの宇宙流し!?お前それ避難って言わねえよ!!追放だよ!!むしろ処刑だよ!!いくらあの人でも宇宙に放り出されたら死ぬぞ!?」
「息止めてたら大丈夫だろ?」
ええぇぇ……この子宇宙をなめすぎだよ……ていうか、烏丸さんを嫌いすぎなのか?まあ、どっちにしろそんな事態にならないことを祈ろう。あの人がいなくなると家賃収入が減ってしまうからな。
「そんなことより、管理人さん。今回は厄介な事になるかもしれねえな」
「どうしてだ?」
「こいつを見てくれ」
「何だこれ?」
天童が取り出したのは、「夜行物の怪目録・陰の書」と書かれた古めかしい巻物だ。天童によればこれは、妖怪警察が所属する夜行という組織の秘密アイテムで、非常に危険な妖怪や処刑が決定された妖怪の名前とその罪状が記された、いわば指名手配&処刑リストなのだ。ブラックリストよりおっかない代物だ……
ちなみに、この陰というのは受信側を表し、これとは別に“陽の書”という同じ巻物がある。そこに夜行の幹部や妖怪警察のお偉方が決定した危険な妖怪の名前を書き込むとこちらの陰の巻物にも自動的に名前が出てくるという仕組みになっているらしい。
さらに、「そんなの携帯にメールで送ったほうが早くね?」と言ったら、「そういう事言っちゃダメ」と怒られました……
「で、その素敵アイテムの説明は分かったけど、それでどうして厄介な事になるんだ?」
「ここに書いてある奴らの名前と、特に罪状を見てくれ」
「どれどれ……」
――夜行物の怪目録・陰――
妖怪:片車輪
氏名:お菊
罪状:親の目を盗んでは幼子をかどわかすこと無料無数。その罪断じて許しがたし。また、現在では百鬼衆に属すなど危険極まりない物の怪也。放っておくべからず。
妖怪:落武者
氏名:境 甚五郎
罪状:古くは戦国の世に戦場に果てたる武士であったが、その後亡者となりてこの世を彷徨い、老若男女問わずに襲いてこれを殺めん。人斬りを道楽とするその所業断じて許し難し。また、百鬼に属するその気性も危険也。見つけ次第処刑せよ。
妖怪:窮奇
氏名:不明
罪状:風の中より現れては人を切り刻むさま、真残虐非道の極み。その速さはまさに疾風か迅雷の如く。また、百鬼衆の中でもかなりの兵と聞き及ぶ。注意されたし。
――――――――
「なるほど……ところで、天童。この中国語を日本語に訳せるか?」
「いや……これ一応日本語だよ……」
「分かんねえよ!!なんなんだよこのもっともらしい適当語は!!どうせあれだろ?作者がそれっぽい言い回しにした方が何か雰囲気出ると思ったからこんな風にしただけだろ?本当は適当なんだろ?ん?」
「分かった、分かった。じゃあ管理人さんにも分かるよう説明するから」
はい、きました、天童君曰くのコーナー。片車輪のお菊は誘拐犯で許せないから捕まえろ。落武者の境甚五郎は殺人鬼だからぶっ殺せ。三番目のこいつは窮奇と書いてかまいたちと読むらしい。こいつも辻斬りだが、かなりの強敵だから気をつけろとのことだ。気になるのは……
「こいつら三人が所属している百鬼衆って何なんだ?」
「それが問題なんだよ……百鬼衆とは読んで字の如く百の鬼、あるいは鬼に匹敵する強さを持った妖怪たちの集団だ。殺し、盗み、誘拐、その他もろもろなんでもやってのける妖怪のテロ組織といってもいい」
「え……ちょ、タイム!じゃ、何か!?お前みたいに強い奴が三人もいるってのか!?」
「まあ……簡単に言えばそういう事になるかな……」
おいおい……俺達本当に生きて帰れるんだろうな……