関係不明である『私』
「有宮、これはどうだ?」
そう言って彼、冬也様が差し出したのは真っ赤な薔薇の花束だった。
「…ありがとうございます」
いつも通りの私の反応に彼は落胆したようだがすぐに気を取り直した。
デート(?)中に突然いなくなったと思ったらこの薔薇の花束である。そもそも乗り気ではない私をどうにか喜ばせようと考えた苦肉の策がコレだとしたら微妙すぎる。
――そもそもなぜこんな事態になっているのか
私は冬也様を許した…だけど仲良くするとか深くかかわるとかそういうつもりではない。ただ、あの冬也様の様子がみてられなかっただけで自分がそれを放置できるほど割り切った人間でもなかった、というだけだ。
しかし冬也様の思考回路は斜め上をいき、毎日のようなプレゼント攻撃、縁談を権力でつぶす、習い事の後に待ち伏せ…etcである。完全にストーカー気質になってしまわれた冬也様に迷惑していたがそれを伝えるわけにもいかず嫌々相手をしていたらデートにまで漕ぎつけられてしまった。
私は大きな薔薇の花束を見ながら心の中でため息をつく。またお母様に嫌味を言われてしまう。
そう、お母様はこの冬也様の好意攻撃に怒っている。曰く「うちの娘を10年間虐げていてどの面さげてやっているのだ」とのことだ。それは私も感じているがこの方は昔から自分勝手で相手のことを考えないところがあったのでまあ冬也様からしたら普通の行動なのだろう。
それを完全に拒めない私も私なのだけど。
「今日のデートはショッピングだなんてまるで本物の恋人同士みたいじゃないか?」
「ええ、そうですね」
私に無理矢理冬也様がついてきたのだ。本当は大学時代の友達と行く予定だったが…しょうがない。
ショーウィンドウに並ぶ夏物の服を見ながら私は適当に返事をする。昔だったらあり得ないが今は冬也様の従僕でもなくなんでもない。一応家としての序列はあるがそれを気にしていたらこの方と結婚するハメになってしまう。
ぼんやりとそんなことを考えている間も冬也様はぺらぺらとお一人でお喋りになっていて時折不穏なキーワードは聞こえるが私はとりあえず無視をしていた。
ハイブランドが並ぶこの通りは平日ということもあって人は少なく素晴らしい容姿を持っている冬也様に目を奪われる人も少ない。これが休日だったらどうなっていたことか。
それより……
「冬也様、お仕事はどうなさったのですか?」
「抜けてきた」
即答、である。
冬也様が継ぐであろう阿乃宮財閥はそんなに「抜けてきた」なんていえるほど甘い場所じゃないはずだ。これは…私のせいなのだろうか?
私服姿の冬也様を見ながら悶々と考えていると何を勘違いしたかどや顔で全然間関係ないことを言う。
「折角のデートだからスーツだなんて有宮に恥をかかすと思って着替えてきたんだ」
「…そうですか」
気になっているのは仕事のことなのだが、冬也様にとってそれはどうでもよさげだ。
…なんだか悪女にでもなった気分。
しばし、無言の時が続いて私は気にしないようにと食い入るようにショーウィンドウをみていた。
そうしていると、低いバイブ音が鳴った。
「…でないんですか?」
「どうせ仕事だ。今は有宮との時間を楽しみたい」
これじゃ、本当に悪女だ。それに仕事をこんなくだらない理由でやらないのはいけない。
元側仕えのお節介心が沸いたのか私は冬也様に苦言を呈していた。
「冬也様、私のことより仕事を優先すべきなのでは?」
「…有宮は…俺が居なくなってもいいのか?」
そんな、捨て犬みたいな瞳と言葉を吐かないで。
正直いなくなってほしい…というのはあるがそれより阿乃宮家の次期当主として仕事を優先してほしいという感情のほうが強い。私は冬也様の逆鱗に触れるかもしれないと思いつつも言うのであった。
「私の気持ちより冬也様はどうなのですか、阿乃宮家の次期当主としての冬也様のお気持ちは?」
「…戻る、べきかな」
「それをお勧めします」
冬也様は一瞬何か考え込むように目を伏せた。そして――
「仕事が終わるまで有宮を待たせるのはとても気分が悪い…そうだ、俺のオフィスに有宮を連れて行こう」
「……は?」
なぜ私が待っている前提なのかとか冬也様のオフィスに行きたくないとか言いたいことは色々あるが、全ては決定事項らしい。
「…あの、私なんかが仕事場にいても迷惑だと思いますが」
「有宮、自分を卑下するな。俺のパートナーとして十分素晴らしい女性だ」
そういうことじゃないし私は貴方のパートナーとやらじゃない。
しかしそんな言葉が出る訳もなく、私は右手に真っ赤な薔薇の花束と左手に冬也様をくっつけて連行されていったのだ。