十.親友
雛視点 ...
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「そいつ、ただ飯食ってんだぜ?」
シェフになる為に修行を始めたまー君は、最近、朱夏さんの知り合いの話を良くするようになった。
本人は心底鬱陶しそうにしているけど、その表情は今まで見たどれよりも楽しげで、そんな話を聞く僕もいつの間にかそれが楽しみの一つになっていた。
「いやー、本当に安心したわぁ」
「あ? 何がだ?」
そう呟いた僕に、まー君は首を傾げながら聞き返してきた。
「まー君にも気になる女性が出来たんだなぁ思うと、嬉しいの」
「はぁ? あいつは、そんなんじゃねぇよ。俺の話聞いてたのか? ムカつく女だって言っただろ?」
「そんなこと言ったって、まー君の口から女性の話聞くの、これが初めてなのよ? まー君は知らないと思うけど、僕ら女子の間で変な噂立てられてるらしいし」
幼稚園の時から今の高校までずっと一緒だった。しかも、まー君はモテ顔なのに告白とか全部断ってるのよね。本人曰く「興味ねぇ」だから、余計に変な噂立てられて、しかも、僕とよくつるんでいたから、その相手が僕だと勘違いされてた。
「何言ってんだよ。お前にはちゃんと彼女がいるだろ。一個下だっけ?」
「ああ、僕、その子とは先月に別れたよ」
躊躇いもなくサラリと僕の口から出た言葉にまー君は驚いていた。その様子に、僕は小さく笑みを作る。
「嫌いじゃなかったよ。ちゃんと好きだった。けど……その子には打ち明けられなかったのよ」
僕は怖かった。あの子の拒絶の目を見たくなかった。だから、そうなる前にこっちから切り捨てたんだ。
こんな風に言ったら、都合良過ぎだろうね。きっと、僕は、あの子のこと信じ切れなかったんだと思う。信じられていたら何があっても言えたはずだ。悪いのは、僕の方なの。
ポンと頭を軽く叩かれた。もう一度軽く。
まー君の手だってことは、すぐに分かった。しかも、それがいつも彼が慰めてくれる時に使う動作だってことも。
きっと、この気持ちを分かってくれるのは、親友の君だけだと思う。
同じ秘密を共有している僕らだからこそ分かる気持ち。
「あー、だめ。なんか、湿っぽくなっちゃったわー!」
明るい声を発してガバリと顔を上げた。ニコリと笑みを浮かべてマー君と向き合う。
「それで、まー君は、その女性のどこが好きになったの?」
「……だから、好きじゃねぇっつってんだろ」
「ええと、有花さんだったよね? 年下? 年上? あー、でも朱夏さんの知り合いなら、年上だろうねぇ」
「年下なんじゃねぇか?」
まー君の否定の言葉を無視しながら独り言のように呟いた言葉を、きちんと返してきた。そのことに、僕は心の中でしたり顔を浮かべた。
「何で分かるの?」
「見た目は俺らとそんな変わんねぇし。どう考えてもアレで大人として見ろって言われても見れねぇ。でも、妙に大人びた所もあるからどうなんだろうな……いや、やっぱり、あいつは餓鬼だ」
なんだかんだと言いつつも、きっちりとその子の事を見てるんだね。
「僕も会ってみたいなぁ」
僕の口からポツリと本音が漏れた。
まー君をこんな風にさせるその子が、どんな子なんか知りたかった。ただの好奇心。
「会って、どうすんだよ?」
「会って、こう言うのよ。まー君をよろしくお願いします、って」
まるで父親みたいな台詞だと思うと、可笑しくて笑みが漏れる。
「ぜってぇ、会わさねぇ」
まー君は引き攣った笑みを浮かべながら、はっきりとそう言った。
+ + +
まー君の様子が可笑しいと思ったのは、それから数ヵ月後の事だった。
教室にいる時とか帰り道とか、遊びに出かけたときとか。ふと、寂しげな表情を浮かべる。
ほら、今も。何かを思い出したのか、辛そうに拳を握った。
その原因を僕はなんとはなしに理解していた。
ここ最近、とある人物の話題が出てこない。絶対にその人絡みだという事は、理解できた。
「なにかあったの?」
「は? 唐突になんだよ」
問いかけた僕の言葉の意味が分からなかったようで、まー君は訝しげにこちらに視線をやった。
「喧嘩でもしたの? それとも、失恋でもしたの?」
「誰とのこと言ってんだ?」
「誰って、有花さんしか」
「あいつの話はすんな!」
急に怒鳴られて鼓膜がビリビリと震えた。突然の大声に驚いたけど、そこで話を終わらせる気はなかった。もう一度、まー君を見やる。
「そう言っても、まー君がそんなに落ち込んでたら気になるでしょう。しかも、有花さんが原因なら尚更だよ」
「あいつは、関係ねぇ」
「それなら、理由くらいは僕に話してくれてもいいんじゃないの? それとも、やっぱり有花さんが原因だから、言えないっていうの?」
はっきりと告げられた僕の言葉に、まー君は戸惑ったようだった。
嫌われるような言い方だと自覚はしてた。けど、こうでも言わないと、まー君は理由も言わずに一人で抱え込むのは目に見えてる。だから、始めから容赦ないほうがいいのだ。
「……醜い奴は嫌いだって、あいつ言ったんだ」
その言葉に僕は眉間に皺を寄せた。
醜い奴。そんな事ない。まー君は、同性の僕から見ても悪くない容姿をしてると思う。確かに、髪も染めて服装も着崩してるけど、よく見たら綺麗な顔立ちだってことは、みんな知ってる。それなのに醜いってどういうことなの。
「あいつ、知ってたんだ。あの秘密を」
まー君の言葉に目を見開かせた。醜い奴という意味が理解できた。
僕らしか知らない秘密。決して他人に知られてはならないそれを、その人は知っていた。
僕は次の句を紡げられなかった。それくらい混乱していた。
『誰にも話すなとは言わない。だが、本当に心を許した相手だけにしろ。覚悟がなければ悟られるな』
僕らは、そう言われきた。
話すにはあまりにも重過ぎて覚悟が必要な内容だ。容易く誰にでも話せる内容じゃない。それに、あまりにも異常すぎて話しても信じてもらえないだろう。
つまり、彼女が秘密を知ってるという事は、それを話した誰かが居ると言うこと。
(朱夏さん?)
すぐに思い浮かんだのは知り合いだと言っていた彼の顔。だけど、朱夏さん本人も当事者だ。僕らと同じ秘密を持つ同士。
彼女が醜いを理由に嫌いになったのなら、朱夏さんがその秘密を伝えた時点で付き合いなんて切れていただろう。つまり、まー君に出会う事もなかったはずだ。
「けど、俺は嘘だと思ってる」
「え?」
「俺、そん時はカッとなってたから気付けなかったけど、後でよく考えたら、あいつ、ずっと辛そうな顔してたんだ……泣くのを我慢してたんだと思う」
僕は、その時のことなんて、さっぱり分からない。だから本当かどうかも分からない。
それでも、まー君は彼女のこと信じたいんだって気持ちが伝わってきた。
「まー君は、有花さんの事……好きなのね?」
「……ちげぇよ。そんなんじゃねぇ。俺は、本当、情けなくて、莫迦で。だから……謝りてぇ。それだけだ」
本当にまー君は素直じゃない。僕にくらい素直になってくれてもいいのになぁ。
でも、それが、まー君らしいと思った。
「謝れると、いいね」
僕は、空を見上げながら呟いた。
+ +
あれから、僕らは高校を卒業し、まー君は本格的に朱夏さんの店で働く事になった。
僕は、昔から興味のあった日舞の専門学校へ進学した。
この二年間、彼女に関しては、何の音沙汰も変化もなかった。
それなのに、有花さんは思わぬところに現れた。
まー君は、断定していなかったけれど、あんなに驚いていたのだ。あの人が本人以外のはずが無い。
(僕らは、夢でも見てるのかな……?)
今までエデンに女性が住んだ事など後にも先にもない。
まるで彼女が特別だと言われているようなものだ。それとも、本当に特別なのかもしれない。
僕は、チラリと視線を彼女に向けた。
黒髪の細身の女性。捜せばそこら辺で見かけると言っていいほどありきたりな人間だった。
彼女は、今日新しく来たもう一人の住人とお喋りをしてた。内容までは聞こえてこないけど、時々笑い声が聞こえる。とても楽しそうに見えた。
僕は、苛々とした気持ちが溢れてきた。
二年ぶりの再会。向こうは分かっているはずなのに、こっちの事なんて気にも留めずに笑っている。
二年間まー君が辛い思いをしていたのに。彼女は、笑ってる。
無性に腹が立ったら、止められなかった。
立ち上がりバンと机を叩いた。
周りの人間も何事だという顔でこちらを見たけど構わない。
「有花さん。いい加減にしてよ!」
はっきり、させてやりたかった。




