お守り
「楠木さんは私にとって、その、心の支えなんです。それで、あの、その……これ」
ん?
またあの美雪の困った感じの声が聞こえる。
目を開けてみるとそこは俺の実家の前だった。懐かしい。そういえばしばらく帰ってなかったなあ。
木造二階建て、当時築30年の古い家だった。俺はこの家で高校卒業するまで過ごしたんだ。
制服姿の美雪と俺が家の前で対峙していた。
「なんだよ?忙しいんだよ俺は」
物凄くイライラした口調で美雪を睨みつけている男が居る。ああやっぱり俺だ。最悪だ。もうちょっと愛想良くしろよな、この野郎。
「こ、これ」
美雪は何かを渡そうとしている。
「だから忙しいって言ってんだろ」
そう言うと愛想の欠片も無い高校生の俺は、家のドアを開けバタン! と大きな音を立てて閉めた。酷い光景だ。まったくあの野郎。いや、俺だけど。
「あの野郎って、楠木さんじゃないですか」
ごもっともな突っ込みが入った。グウの音も出ない。
「ま、まあ、そうだけど。で、何を渡そうとしてたんだよ、俺に」
「え、あの、ええと」
また困ってる。美雪の困り顔を見るとなんだかほっとする。冷静に淡々と「あなたは死にました。ちーん」なんて言われたんじゃ、いかにも死人じゃないか。いや、死人だけど。でも困り顔だと生きているようだ。そこには感情があるから。
「お守りです」
「お守り?」
「そう、合格祈願のお守り。楠木さんが、大学受験、受かりますようにって」
なんてこった。最悪だ。さっきの俺の態度。
「俺のためにお守りを?」
「はい……」
ああ、本当に最悪だ、俺ってやつは。
「いえ、最悪だなんて。私が無理やり渡そうとしただけですし」
心を読む力ってホント便利だ。でも、同じ魂なのに俺には美雪の心が読めない。
「いや、俺が悪いよ。言い訳みたいで嫌だけど、あの時はインターハイで負けた悔しさと受験勉強が全然進まなくて一人でイライラしちまってて」
「いいんです、お守りの時もノートを渡した時も、私は名乗りもせずにいきなり話しかけちゃって……緊張しちゃって。私、楠木さんがバスケしているところを見てるのが好きだったんです。常に前向きで攻めの姿勢で。私に無いもの、たくさん持ってた」
「そ、そんなことねえよ」
うん、本当にそんなことないと思う。
データ無視で自己中心的で負けず嫌いな、それでも一応はエースだった。
ただ、やっぱりその性格が故にチームメイトとはよく揉めていた。
「でも活躍してたじゃないですか、楠木さん」
「ま、まあ、そうだけど。ところで、心読む力は案内人にしか与えられないものなのか?」
「そうです。あんまり良い力じゃないですよ。わからなくていいことだってあるんですから」
わからなくていいこと。
美雪はそう言うと、涙目で俺のほうを向いた。
「そろそろ時間みたいです」
「え?」
また景色が歪み始めた。また移動か?
でも、今は美雪を手を握っていない。俺一人だ。体が光り始めたかと思うと、俺は一人で光の矢となって空を飛んでいった。俺の意思に関係なく。