帰りたくなかった実家で、ネコが待っていた
15日目。
綾瀬家での生活も慣れてきた。
今では、奥様の智子さんも、娘さんの結希さんも、旦那様の功一さんも、ふつうに名前呼びできるようになってきた。
この家での序列は、ここに来た時は最下位だったが、
結希さん>私>智子さん>功一さんと、序列が上がった。
何の序列かって? アズキが決める序列だ。
みんながいるときに懐く度合いだ。
だいぶデレてくれるようになってうれしい限りだ。
今日は、久しぶりに家族全員が集まった。
なので、食後に、次のネコを入れる話し合いをしていた。
保護ネコを入れる予定らしい。
人に懐かないコが来るかもしれない。
苦労も増えるだろう。
だが、1匹増えるごとに、私の基本給が1万円あがることが決まっている。どんとこいだ。
だから、そっちの話は、ご家族に任せていた。
なのだが、ひょんな拍子で、話しの内容が私に飛び火してしまった。
「え? ずっと帰ってないの?」
「はい」
「お父さんがなくなって、お母さんだけ」
「はい」
……という流れである。
しかも、実家は日帰りできる距離なのである。
当然、なんで帰らないの?
帰ってあげなさい!
という話になっていった。
う~ん。断れない。
結局、数年ぶりに実家に帰ることした。
数年ぶりといっても、ほぼほぼ10年近いのだが。
突然訪問して驚かせる予定で事前に連絡を入れてなかった。
まさか、実家が、あんな状態になっているなんて……。
適当なお土産を買って、実家に向かう。
嫌だなぁ。面倒だなぁ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
私は、私を育ててくれたことには感謝している。
けれど、私はお母さんを、いや母を人として嫌っている。
だから、正直、帰りたくはない。
うちでは昔、ネコを飼っていた。
私が拾って来た白いネコで、ホイップと名付けていた。
母に頼み込んで、飼わせてもらった。
母は命の大切さを説いて飼うのを反対していたが、
面倒を見るからと約束をして、私が粘り勝った。
だけど、それから数年後、
面倒を見るのを忘れた日が2日ほどあった。
すると、ホイップはいなくなった。
母が、別な人に譲ったと言っていた。
でも、数日後、近所で死んでいる捨てネコが見つかった。
ホイップだった。私が見間違えるはずもない。
ホイップの入れられていた段ボールには、チラシの裏によろしくと書かれた文字。母の字だった。見間違えるはずもない。
買ってきたものじゃなから、別にいいでしょみたいなことを言われたのを覚えている。
命の大切さ云々の話は何だったのかと思った。
以来、母とは、冷戦状態が続いている。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
実家の前についた。
妙に悪臭が強いな。何の匂いだ?
呼び鈴を鳴らすと母が出てきた。
そして、家の中の状態が少しづつ見えてきた。
何だ、こりゃぁ。
ネコがいる。
1匹、2匹というレベルじゃない。
6匹、10匹、14匹、いや、もっといるな。
私の実家は、いや母は、多頭飼育崩壊を起こしていた。
聞くと、家の前に1匹のネコがきて、
世話をしていたら8匹の子供を産んで、
それが、あれよあれよという間に増えていって、
今に至るらしい。
どうすれば?
頼れるところは?
確か、アズキを連れて川口動物病院に行ったとき、
保護ネコ施設にも係わってると聞いたことがある。
あつかましいお願いではあるが、とにかく電話してみた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
さっそく、川口先生が様子を見に駆け付けてくれた。
「これは……、酷いな」
「なんとも申し訳ない限りです」
「避妊はしてなかったんですか?」
先生がそう聞いたら、母からとんでもない答えが返ってきた。
「妊娠しちゃったコは、段ボールに閉じ込めて殺してました」
は?
妊娠しないようにするんじゃなくて、妊娠したネコを殺す?
「どうせ生まれなくなるんですから一緒ですよね?」
シレっとそう答えている母の横で、先生が血が出そうなくらい強い力で手を握りしめているのが見えた。
「それでも、死ななかったコは、近所で捨てました」
「それは、どこで?」
「熊猫亭というところです。
店名に猫ってついてるから、ネコを大事にしてくれるだろうと」
「明日、また来ます。お前も、一緒に来てくれるか?」
「あ、はい」
川口先生は、どこかに電話をかけると、私を連れ帰った。
先生の手に血の跡が見えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
川口先生の病院に着くと、
綾瀬家の智子さんと、結希さん、
保護ネコ施設の人が数人来ていた。
そこに、私……である。
とてもバツが悪いんだが。
「こいつの実家が、こいつの母親が、
ネコで多頭飼育崩壊を起こしている」
「「え?」」
綾瀬家の人たちが反応する。
「こいつも10年近く帰ってなかったらしいから、
今日知ったばかりだ。こいつを責めないでやってくれ」
川口先生が、一応擁護してくれる。
「こいつの母親も、娘が巣立って寂しくなったときに、
ネコを拾ったらしい。
だが、避妊もしないまま飼っていたら、あっという間に増えた。
それで、多頭飼育崩壊を起こした」
「今日、見てきたのだが、死にそうなネコがかなりいる。
避妊手術もされていないそうだ。
まずは救出する必要がある」
皆、それにはうなづいた。
「それとな、結希ちゃん。そこには、コムギの兄弟がいる」
「え?」
コムギ? 知らないコだ。
結希さんが知ってるコなのかな?
「コムギを捨てたのは、こいつの母親だ」
「え゛?」
すごい怒りのこもった目で見られてしまった。
「だから、その兄弟が、まだ生きてる可能性がある」
「なるほど。それは助けたいです」
「まずは、当座の預かる分担を決めたいのだが……」
「コムギの兄弟は引き取りたいです」
結希さんが手を上げる。
「ど、どのくらいいるの?」
智子さんが慌てて聞く。
「コムギが8匹のうちの1匹と聞いてる。
多くても7匹だが、メスがいたら生きてないようだ」
「10匹未満なら、まぁなんとか」
そんなに?。まぁ、そのくらいの広さはあったか。
「それは助かる」
「小さい子は、こちらで預かります」
保護施設の人が手をあげる。
小さい子の方が引き取り手も多いと聞く。
無難な選択なのだろう。
「お前の母親は受入れできそうか?」
「無理だと思います。
あの人、ネコを平気で捨てる常習犯なので」
「そうだな。私もそう思う」
「……で、問題なのは、残りの配分だ。
残念ながら、こいつの実家は期待できない。
しかし、残るのは問題児ばかりだ。
コムギの兄弟が生んでしまった2世なのだが、
こいつらは人を信じていない様子だった。
さらに2世が生んだ3世、4世ともなると、
ネコすら信じてないかもしれない。
これは、一旦、3箇所で均等割りして、
受け入れ先を探す……でいいか?」
「「「はい」」」
「明日、救出を決行したいと思う」
「「「はい」」」
その後、私は一旦、綾瀬家に戻った。
「あの、コムギっていうのは?」
「アズキの母親よ?」
「え?」
アズキの……お母さん?
ということは、明日助けに行くネコたちは、アズキの家族なのか。
「結希は、どうする? 無理して行かなくてもいいのよ」
「いえ、行きます。行きたいです」
結希さんは、迷うことなく答えた。
アズキの母親と、その兄弟たち。
明日は、絶対に助けてあげたい。
救出作戦は、明日決行だ。
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