採用を決めるのは、ネコ。
私は、石川 結望。
雇い止めになってしまった。
学校を卒業して、ずっと働いてきた会社だ。
先月まで、馬車馬のように働いたつもりだったんだけどな。
こんなにアッサリ切られるとは思わなかった。
とにかく、職を探さなくては。
でも、こんなことになるとは思ってなかったから……。
特に資格とか取って来なかった。
今、持ってる資格は学生時代に取った「オフィスが使える技能がある」という資格と、「飼い猫スペシャリスト」という資格だけだ。
今の時代、私に売れるようなスキルはほとんどない。
そんなとき、ふと通りかかった川口動物病院に「キャット(ネコ)シッター募集」という貼り紙を見た。
なんだそれ?
ネコ好きの食指が反応してしまう。
『キャット(ネコ)シッター募集』
原則住み込み(24時間対応、実働8〜10時間+待機時間)
月給18万円
週休2日、有給休暇20日/年
部屋16畳一部屋
家賃(住居費)、食費、水道光熱費、無料WiFi提供。
月給は安い。
けれど、住居費も食費も光熱費もかからない。
しかも、無料WiFiまで完備はうれしい。
子どものころ、うちではネコを飼っていた。
お母さんに捨てられて以来、飼えなかったけど、ネコは好きだ。
でも、今のワンルームマンションでは飼えない。
「あのぅ、すみません」
「初診の方ですか?」
「いえ、外の貼り紙を見たんですが……」
「あぁ、うちで紹介してる綾瀬さんの件ですね。貼り紙の下に連絡先が書かれているので、そちらで聞いてもらっていいですか?」
そう言って、受付のお姉さんは病院の入口に貼ってあったのと同じ紙をくれた。
病院の紹介ということだし、変な場所ではないだろう。
トゥルルル……
電話をかけてみる。
=はい、綾瀬です=
「私、石川と申します。川口動物病院に貼ってあったネコ・シッターについて、詳しいことを知りたいのですが……」
=あぁ、それなら。今日、これから来てもらうことはできるかしら?
場所は……=
スマホのナビを頼りに、聞いた住所まで向かう。
なんだか、大きな家にたどり着いた。
表札には「綾瀬」と書いてある。
呼び鈴を押してみる。
すると、待ってましたとばかりに、綾瀬家の奥様と思われる方が出てきた。
「さぁ、まずは入って……」
「お邪魔します」
話を聞くと、仕事は奥様や娘さんがネコの世話をできないときに、代わりに世話をするというものだった。
私に与えられる私室は鍵付きの16畳。
この家には、24畳くらいの大きなネコ部屋と、30畳くらいのネコ庭(中庭)があり、そこが職場になるという。
おそらく、ネコのトイレ掃除やエサやり、水の交換はもちろん、体を洗ったり、ブラッシングしたり、爪を切ったりするのだろう。
まぁまぁハードかもしれない。
でも、悪くない。
何かあった時、奥様が出かけてなければ奥様に指示を仰ぐ。
奥様がいない場合、獣医の先生に電話して指示を仰ぐ。
今は、アズキという名前のネコが1匹。
ネコ種はよくわからないが、キジ三毛という柄だ。
避妊手術は済んでいるらしい。
将来は保護ネコの受け入れを考えておられるらしく、
私の仕事ぶり次第で、ネコが増えていくらしい。
朝食後、ご主人と娘さんが出かけたら、奥様から仕事を引き継ぐ。
実働8時間。
それ以外は、何かあった場合に対応する待機時間。
途中の昼休憩時は、奥様がネコの面倒をみる。
朝、昼、夜とご飯が出る。
食事を作らなくていいのは、楽でいい。
同居というのは、気苦労がつきまとうと思っていたが、
ここのお宅は、生活に余裕があるらしく、
ギスギスした雰囲気もなく良好な関係を築けそうだ。
あとは、ここのネコが一週間で懐いてくれたら採用してくれるらしい。
つまり、私の採用を決めるのは、奥様でも獣医の先生でもない。
この家のネコだ。
アズキは娘さんがいる時には、娘さんにベッタリ。
娘さんのひざの上がお気に入りで、そこにどっかり腰を降ろしてくつろぐ。
御主人がいる時には、ご主人に体をスリスリ。
奥様には、体をスリスリしたり、ふみふみしたりしている。
私のひざにも、たまに乗ってくる。
ただし、誰かが一緒にいるときだけだ。
しかも、私のひざに乗るときは、決して座らない。
四本脚で立ったままだ。
仲良くしているフリをしつつも、今ひとつ懐いていない。
私だけのときは、ツーンとしている。
でも、攻撃的な態度は取らない。
どちらかというと、無関心という感じだろうか。
でも、それでは困るのだ。
目を離すと元気いっぱい悪戯する。
誰かが見ていると大人しくネコを被っている。
頼むぞ。アズキ。
お前が懐いてくれないと、私が仕事を失ってしまう。
まずは、お前との距離を縮めることからだ。
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