最終話 エピローグ
人が亡くなり家が燃え、廃墟ばかり残る首都は植物と動物の楽園となっていて。
見える範囲だけでもかなりの数の骨が集まり、埋葬するのも手間取った。
石を置いただけ、木を立てただけの墓標を並べると、それなりの形をなせた気がして。ひと段落ついたところで、ルネはふっと笑みを零す。
ここはセルピナ公国の跡地。ルネの生まれ故郷。
十年前に滅びを迎えたその公国は、民を失ったきり誰も住み着くこともなく放置され続けていた。
理由は単純だ。ルネは作業服についた土をはらった後、獣道を辿って森の中へ入る。
そこには太陽の光を受けて輝く、美しい湖があった。
精霊が住処としている、と謳われた湖。時たま妖精の羽を採取できる場所。
湖は侵略戦争によってここを管理する司祭が亡くなって以降、毒の沼と化していた。公国全体を犯し、川や井戸水にも影響を及ぼし、土地は痩せ、人間が暮らせる環境ではなくなってしまったのだ。
それにより、ランテレス王国の人間は勿論、浮浪者でさえ寄り付かなくなった。
だが今は毒はすっかり消え去り、湖の水も直接飲めるほど澄んでいる。
理由は単純だ。
司祭が戻って来たことにより精霊が息を吹き返し、本来の姿を取り戻したのだ。
「母さま、遅くなって申し訳ございません」
その湖の畔を通り過ぎ、ルネは焼け跡しか残っていない生家へ足を運ぶ。
そしてそこに石で作った墓標を立て、膝をつくと祈りを捧げる。
「俺は今、ノエルさまと少しずつ荒れ果てた土地を整えています。どれだけ時間がかかろうとも弔いたいという、ノエルさまの希望で。母さまの墓も、いずれもっと立派なものを作りますね」
ルネは王国の混乱が終わらぬうちに、ノエルと共に亡国へ戻って来た。
ノエルが復讐を終えた後の生き方を、墓守りとして過ごしたいと申し出てきたからだ。ルネもそれに同調し付き添い、かつての首都で暮らせそうな家を探し出し拠点として整備し、二人で過ごすに不便のないようにした。ノエルはサーカスでの旅の経験、ルネは野営訓練の経験を活かせば、さして難しいことではなかった。
「湖がかつての輝きが取り戻せていたことが幸いしました。母さまの加護でしょうか? それともノエルさまが戻って来たから? 不思議ですね」
司祭の子供だという事実を知らないルネは首を傾げる。
以前、高塔で発動した癒しの加護──彼の血に受け継がれている治癒の固有魔術も、母の霊が使用したものと勘違いしている。そして事実を知るノエルもリチャードも、その誤認を正す気はなかった。
強過ぎる力は争いを産むことを知っているから。
——尤も打算も利他もなく、己の好奇心のみで動く人間には関係のない話だが。
例えばそう、ミゲルのような。
「ランテレス王国は共和国に形を変えるそうですよ。できるのですかねぇ? まぁ火の粉さえ飛んでこなければ、俺は何でもいいですが。ただどう話が転んだのかわかりませんが、魔塔が近くに移動してくるらしいですよ。あの連中は厄介ごとしか運んでこない気がして、俺は今から頭が痛いです……」
王家がなくなった以上、王国に留まる理由はない。どの派閥にも所属せず、中立を保つなど詭弁を述べ、魔塔の主ミゲルの意思で魔塔丸ごと引っ越す話を押し通してしまったのだ。それをノエルも承諾したものだから、ルネも渋々飲むこととなった。
ちなみにミゲルがセルピナ公国の跡地へやってきた一番の理由は、ルネが無意識に使用した治癒の固有魔術を見逃したからで、今度こそ間近で研究をしたいのが本音なのだが、ルネがそれを知るのはもう少し先の話である。
「強い魔術師がいればノエルさまのいい護衛になりますし、多少の喧しさは目を瞑るとして……。……リチャードも、移住してくるとか?」
そう言って、ルネは頬を引き攣らせる。
「何でも議会を重ねた結果、王位剥奪からの国外追放となったそうですが、権力を持たないよう隠者になろうと考えたのだとか。それを叶えるにはここがぴったりだとか、意味のわからないことを……」
王太子としての今までの功績を吟味してか、レギオンの存在を包み隠さず公表したからか、はたまた王国の混乱を前に逃げ出さず、それどころか収束にひと足もふた足も活躍したからか、寛大な処置を受けたらしい。
王侯貴族も処刑は免れ、爵位をなくし他国へ移住した者もいれば、僻地で余生を過ごすと表舞台から姿を消した者もいる。
「マルガリータさまのような慎ましさは、奴にはないようだ……。あぁ、マルガリータさまとは王国で俺の後ろ盾になってくれた人でしてね。……近いうちに、母さまにも紹介しようと考えています」
ある意味、第二の母と呼べる人。
ノエルと王国を発つ際も、何も言わず、何も聞かず見送ってくれた。
お互い落ち着いたら、改めて感謝を伝えたいと、ルネは考えていた。
「他にもソフィアさまやカトリーヌさまや、サイラスやチリーノや、色んな方が顔を出しにいらっしゃるとか? どうもノエルさまと二人静かに、とはいきそうにないですね」
次々と王国で出会った人々の名を出すルネ。彼の声に以前のような憂鬱さはなかった。
寧ろ騒がしくなる未来を想像して、困ったように笑っている。
「それから聞いてください、母さま。昨日リチャードが手紙でですね……」
「ルネ」
不意に、背後からノエルの声が聞こえた。
振り返ると、少し離れた場所にノエルが立っていて、こちらに向かって手招きをしている。
「客人が来ているよ。共にもてなそうか」
「はい、ただいま」
ルネは立ち上がった。
そして母の墓標へ向き直ると、服についた土を払い、静かに一礼する。
「続きはまた今度話します、母さま」




