表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

第二十話 世界への一歩

 目を覚ました時、しばらく自分がどこにいるのか分からなかった。

 柔らかすぎるベッド。

 身体を沈める上等な敷布。

 窓の隙間から差し込む朝の光まで、森の湿った冷たさとも、洞窟の硬い地面ともまるで違う。

 ぼんやりしたまま天井を見上げ、そこでようやく思い出す。

 ヴァルンハート家の客間。

 ローゼリアを送り届けて、そのまま泊めてもらったんだった。


「……朝か」


 身体を起こすと、昨日よりは痛みが少ない。

 なくなったわけじゃないが、どう動けば傷が響くのかはもう分かっている。

 寝巻きの裾を整えながら、俺は小さく息を吐いた。

 甘えていられるのは、たぶんここまでだ。

 昨日の夜に考えた通り、今日からは自分で動く。

 金の価値も、街のことも、この世界の仕組みも、知らないままじゃどうにもならない。

 まずは情報だ。

 読める本がある場所を探す。

 そのために街へ出る。

 ベッドを降り、昨夜選んだ落ち着いた色味の服へ着替える。

 エレノアから贈られた服はどれも上等で、布地の滑らかさからして今まで触れてきたものと明らかに違う。

 あの一番豪華な服は今日の朝にも目を引いたが、やっぱり今の俺には派手すぎる。

 今日必要なのは目立つことじゃなく、街に溶け込むことだ。

 身支度を整え終えたところで、扉が静かに叩かれた。


「失礼いたします」


「どうぞ」


 入ってきたのはセバスだった。

 昨日と変わらず無駄のない所作で一礼し、銀の盆を卓の上へ置く。

 盆の上には小ぶりの革袋、折り畳まれた紙、畳んだ外套、それから簡素だが上等そうな替えの服が一式揃っていた。


「こちら、レオニード様よりお預かりした当面の生活費でございます。こちらはヴァリスの簡易地図。外套と替えの服も、外出に差し障りのないものを見繕わせていただきました」


「……すごいな。本当にここまでしてもらえるとは思ってなかったです」


「ローゼリア様をここまで送り届けてくださったのです。当然の礼にございます」


 淡々とした声音なのに、そこに軽さはなかった。

 ヴァルンハート家がアイリスという客人をどう扱うか、その答えがそのまま込められているようだった。


「助かります。大事に使わせてもらいます。セバスさん、本が読めるところはありますか?」


「ありますよ。それでしたら正門から大通りを南へ。しばらく進めば中央広場へ出ます。書物をお探しなら、広場の東側に公立書庫がございます」


「書庫……図書館みたいなものですか?」


「はい。閲覧のみであれば、どなたでもご利用になれます」


 ちょうどいい。

 俺が礼を言おうとしたところで、開いた扉の向こうに赤い髪が見えた。


「ローゼリア様」


 セバスが一歩引く。

 扉口に立っていたローゼリアは、昨日より顔色が良かった。

 まだ本調子には見えないが、ちゃんと自分の足で立っている。

 薄い色の部屋着姿は、屋敷の令嬢らしく整っているのに、その表情には少しだけ昨夜の続きを引きずった翳りがあった。


「起きていたのね」


「そっちも。無理してない?」


「してないわ。……少しだけ、見に来ただけ」


 そう言ってから、ローゼリアは俺の服装を見て、ほんのわずかに口元を緩めた。


「その服、似合ってる」


「ありがと。今日は街を見て回ろうと思ってる。本を読める場所もあるらしいし」


「そう……」


 ローゼリアはそれだけ言って、少し黙った。何か言いたげに唇が動く。けれど結局、言葉にはならなかった。


「ローゼリア?」


「……気をつけて」


 やっと出てきたのは、それだけだった。

 でも、その短い一言のあとにも、まだ続きがあるように見えた。

 言いたいことを飲み込んでいるのが分かる。

 俺は問い返しかけて、やめた。

 今無理に聞き出すようなことでもない。


「ローゼリア、いろいろありがとう」


 そう言うと、ローゼリアは小さく頷き、微笑んで見せた。

 その目が一瞬だけ、昨日屋敷の前で見たのと同じ、心細さを滲ませた気がして、胸の奥が少し引っかかる。

 セバスに見送られ、俺は客間を出た。

     *

 正門を抜けてヴァリスの街へ出た瞬間、屋敷の中とはまるで違う熱が頬を打った。

 石畳の上を獣車が軋みながら通り、積まれた木材が揺れる。

 鉱石の匂い、香辛料みたいな刺激のある香り、焼いたパンの香ばしさまで混ざって鼻をくすぐる。

 露店の店主が声を張り、獣人の子どもが駆け抜け、その横を耳の長い女が静かに歩いていく。

 背の低い、ずんぐりした体格の男たちが笑いながら樽を担いでいた。

 文化レベルで言えば、中世寄りだ。

 けど、ただ古いわけじゃない。

 石造りの建物は整っていて、人の流れも物の流れもきちんとある。

 生きた街だ。


「ほんと、知らないものばっかりだな……」


 独り言が漏れる。

 それでも不思議と怖さより先に、知りたい気持ちが勝っていた。

 地図を頼りに中央広場へ向かう。

 途中で何度か道を確かめたが、セバスの説明は驚くほど正確だった。

 やがて開けた広場へ出る。

 中央には噴水があり、その周囲を人と獣人が絶えず行き交っていた。

 広場の東側に、他より少し静かな建物が見える。

 白っぽい石でできた、落ち着いた造りの建物だ。

 入口の上には看板のような板が掲げられている。

 俺は足を止めた。


「……え」


 書いてある文字が、読める。

 見たこともない形だ。

 アルファベットでも漢字でもひらがなでもない。

 曲線と直線が混ざった奇妙な文字列。

 なのに意味だけが、まるで昔から知っていたみたいに頭に入ってくる。


『ヴァリス公立書庫』


 自然に読めた。

 ぞくり、と背中を何かが走る。


「なんで……読めるんだ」


 知らない世界の、知らない文字だろ。

 なのに、読めてしまった。

 広場の喧騒は変わらず耳に届いているのに、その瞬間だけ自分の周りの空気が薄くなったように感じた。

 心臓が一つ、大きく鳴る。

 俺は看板を見上げたまま、ゆっくり息を呑んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ