第61話 支配者と調律者
―――2月3日 夕方 種子島宇宙センター
笠村は旧友から得た情報で何かに気づき、ロケット発射場へ来ていた。
車を降りてすぐ、一機が発射前点検中であることに気づく。
近づくと数名が話をしており、そこには見覚えのある顔があった。
「大佐!!!」
思わず声を大にして呼んでしまった。
彼の予想が正しければ、それは彼にしか止めることのできないことだと分かっていたから。
「笠村か。奇遇だな。」
大佐はいたって冷静だった。
「あなたがすべてを仕組んでいたんですね。」
笠村は気づいてしまった。
大佐がすべてを演出し、今ここで目的を果たそうとしているのだと。
「俺が戦ったのは大佐の利益の為じゃない。そんなことのためと知っていたらやらなかった。」
「何か勘違いしているようだな、これは私の利益の為ではない。」
「宇宙で人が死んだのも、あの地下室で人が死んだのもこのためだったんだろ!」
「違う。この打ち上げ計画は以前からあったものだ。それに君が想像しているようなものではない。」
「では説明してくれ。」
「もちろん。だがすべては明かせない。」
「またそういう。」
「では、君が知りたい答えを教えよう。」
大佐は語る。
「このロケットに搭載されているのは量子コンピュータと1000PBの記憶装置だ。そしてこのロケットは月軌道上でロストする。」
「つまりはどういう?」
「このロケットにはエイレーネシステムの本体を搭載した人工衛星が乗っている。」
「エイレーネ本体はMoRS本部にあるのでは?」
「それは嘘なんだ。現在のエイレーネ本体は別にある。だが別の問題が浮上してな。そのために本体を月の衛星に隠そうというわけだ。」
「なんのために?」
「それは明かせない。今の今の人類にはまだ早いもののためにとしか言えない。」
「じゃあ今じゃなくてもいいじゃないか、人の命を奪ってまでやることじゃない。」
「これはもともとあった計画だと言っただろう。ただ時期的に早まっただけだ。」
「では今回の進歩の停滞を受け入れなかったのは?それはこの計画がとん挫するからだろう?」
「一つはそれもある。だが停滞を受け入れて生きたまま殺されることを受け入れることができなかったのが一番の理由だ。」
「だが、だが倫理の守護者と言われても結局は人を殺める独裁者に過ぎない。」
笠村は銃を抜いた。
約1秒のその動作とほぼ同時に銃声が鳴り響く。
「たい...さ?」
銃弾は笠村の腹部に命中した。
笠村が銃を抜くよりも早く、大佐は銃を抜き射撃したのだ。
「私がなぜ大佐と呼ばれているのか、その理由は単純なんだ。」
「好きで呼ばせているのかと。」
「元軍人だからだ。最終階級が大佐だからということだな。」
「でもそんな記録はなかった。」
「そりゃそうだ。だって存在しない軍の存在しない部隊にいたからね。」
「ははっ、なんとも。これほどのスキルを持っていて独裁者とは」
「あまりしゃべるな。一応殺す気はない。」
「一応って...」
大佐が撃ったのはあの日、雪乃がプレゼントしたP226
その9mmパラベラムが腹部貫いた。
普通なら殺す気にしか取れない。
「笠村も私も、銃の扱いに慣れているならわかるだろう?」
「確かに、この距離では外さない。それに殺害ではなく無力化なら内臓を避けて腹部を撃てたなら確実だ。」
「それに私は独裁者にはならない。人は感情に左右されて最善の選択を逃すが感情を知り、それでも最善の選択ができる者...人類の調律者を創る。」
「それはもう独裁ではなく神ですよ。」
「そしてそのためにこのエイレーネが人類の手の届かない場所にある必要がある。
それはさしずめ天上の社会図示と呼べるものになるだろう。」
大佐は輪郭を語った。
MoRSの最終目標についてその輪郭だけを。
だが笠村は納得も理解もできなかった。
ただ、意識を失いかけた彼の中には
自分にはどうすることもできないと
そのように映った。そして笠村は最後に
「神の考えなんてものにおれは...」
そして笠村は意識を失った。
「医療班に運ばせろ。回復したら放り出していい。」
大佐は冷静だった。




