表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上のダイアグラム  作者: R section
第一章 人知の外
3/9

第3話 兆し2

――08:16|東京駅・新幹線のぞみ21号車両内

座席テーブルに開かれたノートPCには、「群衆心理における集団的幻視」の文字。

講義資料の編集作業を進める大佐の横で、雪乃は静かに窓の外を眺めていた。

車内は平日ということもあり、空席が目立つ。

周囲の会話や物音に意識を奪われることなく、雪乃はそっと声をかけた。

「先生、先ほどの報告に補足です」

「……続けてくれ」

「異常投稿のうち3件には、誤字や入力の癖が一致する“同一投稿者”の可能性あり。

投稿端末はレンタル型SIM携帯。入手経路は現在特定中」

「つまり、誰かが“意図的にばら撒いた可能性”があるということか」

「はい。自然発生か否かの分岐点です。今後の調律基準に影響します」

雪乃はそう言いながらも、声のトーンを一定に保っていた。

それは報告というよりも、大佐が作業を中断せずに済むように調整された“挿し込み会話”だった。

「……ありがとう。切り上げたら仮眠を取る。午後からが本番だ」

「わかりました。では次の報告は控えめに、小声でお伝えします」

そう言いながら雪乃は、指でスライド操作をし、車内照明の調光をわずかに下げた。

目を閉じかけた大佐の横顔を、彼女はしばらく見つめていた。

それは人類が創った“感情”ではないはずなのに──

ほんの少し、触れたいと、思った。

「(これも作られた感情…とはいえそれだけではない…ような)」

雪乃は大佐の方によりかかり、すべての感知器官を使用して警戒モードを維持しながらもそっと目を閉じた。

その姿は、何も知らない人々からは、思いを寄せる少女そのものだった。

――09:45|大阪大学・講師控室

大阪大学に到着してすぐに案内を行ったのは、臨床心理士仲間でもあり、MoRSには欠かせない一般協力者の山井教授だった。

山井教授のような一般協力者はMoRSについての実態を一切知らない。

しかしながら社会的にある程度の権限を持っているものが多い。

そのため、MoRSの活動を隠匿するための表の理由を構築するために、便宜を図る。

「それでは、講義の時間までごゆっくり。」

山井教授は大佐と助手を控室と案内し、その場を去る。

「……現地の観察には何か変装が必要か?」

おもむろに大佐が話した。

それを予測していた雪乃は坦々と質問に答える。

「そのままの服装ですと、周囲との乖離が発生します。

西成・心斎橋間の活動領域では、教授と助手という設定はやや浮きます」

大佐は肩を回しながら、軽く伸びをした。

控室の机の上に置かれたのは、先ほどの眼鏡――外見は普通だが、内部には網膜投影型HUDが内蔵されている。

「……いっそ“おじさんとパパ活女子”って設定にでもするか?」

「合理的です」

雪乃は即答した。

一瞬、大佐が咳き込む。

「年齢差、関係性、視線の非対称性。それらが“違和感を自然化する”のに適しています」

「……冗談のつもりだったんだが」

「私は冗談か否かに関わらず、最適解を選択します」

雪乃は、いつもの無表情のまま、スカートの端を指先で整えながら微かに言った。

「そういう時にAI的な回答をするのは意図的なのか?」

「それに、ご主人様が……私を“外に連れて歩く”という選択をされること。

それは、少しだけ嬉しいです」

「ふぅ……HUD、起動」

先生は眼鏡をかけ直し、視界の隅に情報が走るのを確認した。

そこに、彼女の声が重なる。

──EIRENE:接続確認。調律開始。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ