表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上のダイアグラム  作者: R section
第一章 人知の外
2/9

第2話 兆し

――6月6日06:12|東京都内・大佐の自室

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、室内の金属光沢をわずかに照らした。

薄い布団の上で上体を起こした“先生”は、無言のまま視線を天井に向ける。

その眼差しは、数時間前まで処理していた報告書と同じ緊張を、まだ保っていた。

ドアの開く音。滑らかに床を踏む足音。ホワイトブリムをつけた少女が、銀の盆を手に入ってくる。

「おはようございます、ご主人様」

その声には抑揚も感情も希薄だった。

しかしそれは、設計された“自然”として、完璧だった。

雪乃――本名は持たない。MoRSにおける副官であり、大佐直属のAI補助機構。

現在は受肉体として、日常生活では“大佐の家のメイド長”として存在していた。

「朝食の準備が整っています。エネルギー効率の観点から、摂取を推奨いたします」

「……わかった。ありがとう、雪乃」

手短な返答とともに、大佐はゆっくりと立ち上がる。

家族が寝静まる朝のこの時間帯だけが、雪乃とふたりきりで会話ができる“私的空間”だった。

ダイニングに移動すると、焼いたトーストと、糖分の調整されたカフェラテが出迎えていた。

目を落とす間もなく、雪乃は手元のタブレットをスライドし、そっと大佐の前に置いた。

「今朝未明、心斎橋西部エリアにて“異常感知報告”が複数件発生しました」

「……どんな内容だ?」

「SNS上での投稿形式です。“信号が喋った”、“看板が逃げた”、“広告が警告してきた”──

合計12件が3時12分から5時40分の間に投稿、すべて既に削除済み。

ただし、削除速度とログの巻き戻し傾向から、自然削除ではなく、管理アルゴリズムへの手動介入が疑われます」

「誰かが“消している”……か。あの地区で?」

「はい。西成に近く、生活困窮者が多く集まる範囲です。MoRSの第三班構成員がホームレス数名に非公式ヒアリングを行いました」

雪乃が画面を切り替えると、荒く低い声の録音が流れた。

「信号が……なんか言ってたんだよ。“間に合わねぇ”って……でも次に赤になったときは何も言わなかった。あれは……夢じゃない」

大佐はそれを黙って聞いていた。

淡い光に照らされた雪乃の表情は、常と変わらない。

だがその報告の背後にあるものが、平穏を蝕む“予兆”であることは、彼女も理解していた。

「……心斎橋に行く」

「大阪大学での講義予定を利用すれば、昼前に現地へ到着可能です。

空き時間での観察行動が適切かと」

「判断は任せる。ただ、同行はしてもらう」

「もちろんです、ご主人様」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ