第12話 黒歴史が増えちゃったじゃないか……
誤字報告ありがとうございました!
学園に戻ってみると、全員がその場に残っていた。最悪どうしようもない敵だったら、学園関係者を救うために、自分を差し出すとリナリアが告げたらしい。
この世界には神聖魔法みたいなのがないから、悪霊の浄化みたいなことは不可能だ。しかし特級魔法の炎で焼き尽くしたから、存在そのものを維持することが出来なくなったはず。それから焼け跡には、朽ちた短剣が残されていた。これが邪念の依代になって、モンスターと融合していたんだろう。こいつさえなんとかすれば、同じ悲劇を繰り返さなくて済む。
ちなみにカクタス君は僕たちが戻ってきた直後に、高熱を出して倒れてしまってる。いくら完璧な治療でも、腕の状態は悪いままだったんだし、かなり無理して平静を装ってたみたいだ。女性が絡むと見栄っ張りな面があるけど、僕の中では彼の株が少し上がった。
「――シア様が結界を張る時間を稼ぐため、アイリス様の幻影で生み出したリナリア様にモンスターの意識を集中させ、そこへカメリア様の【威圧】を発動して一網打尽にしたのです」
「(こくこく)」
土地神が祀られている祭壇へ行って吸血族の始祖に会うため、僕たちはアプリコットさん母娘と一緒に地下へ降りる入り口に向かっている。二人とも学園長室から僕たちの戦いは見ていたけど、現場の様子をより詳細に聞きたいというリクエストを受け、スズランが語ってくれているところだ。
「――そして穴の中で隠れていたモンスターに、マスターはこうおっしゃったのです「低級な邪霊の分際で偉そうなことを言うな。お前の命運はここまでだ、もう二度とこの世に現れるんじゃない」と」
「(わくわく)」
「最後の悪あがきをするつもりだったのでしょう、モンスターは穴から逃げようとしました。しかしマスターの発動する特級魔法に勝てるはずはありません。ご自身の怒りが具現化した炎をじっと見つめ「これは敵を焼き尽くすまで消えない炎だ。これまでの行いを後悔しながら、その存在ごと消えてしまえ」そう最後の言葉をかけられたのです」
「(キラキラキラ)」
言ってることはほぼ正解なんだけど、微妙にセリフを改変されている。あの時は色々頭にきてたから、普段言わないことを喋ってしまった。こうして他人の口から語られると、頭を抱えそうなほど恥ずかしいよ!
また僕の黒歴史が増えちゃったじゃないか……
「モンスターの持つ強力な耐性で、魔法の効果はあまり高くありませんでした。しかしマスターが生み出す魔法の熱まで、防ぐことは出来ません。やがて耐えきれなくなったモンスターと共に、邪神はその存在ごと消えてしまったのです」
「(パチパチパチ)」
せっかくモンスターを倒したのに、リナリアの髪色や声は元に戻らなかった。落ち込んだ彼女を励ますために演出を加えてるんだろうけど、ちょっと僕のことを美化しすぎじゃないかな。なんか変なフィルターがかかってるよ、スズラン。
「それだけの熱量を生み出しとるのに、その短剣は燃え残っておったのじゃな」
「これは間違いなく呪物だろう。土地神と呼ばれる高位の存在なら、消滅させることも可能なはずだ」
「仮にそれが出来たとしても、あまりご無理はさせられんのじゃ。なにせ力の回復に長い年月がかかると、親父殿から聞いておるのじゃ」
「その時はまた別の方法を考えよう。そもそも我々の頼みを聞いてくれるか、わからないからな」
この国にいる土地神は、水を司ってるらしい。海に囲まれてるだけあって、なるほどなって感じ。ちなみに人族の国イノーニは土を司ってる存在がいて、ドワーフの国エヨンには火を司ってる存在がいる。そしてエルフの国オッゴは風らしい。神樹と呼ばれる大木があって、それに宿ってるんだとか。
魔神族の国アーワイチと獣人族の国ゼーロンには、そういった存在が伝えられてないそうだ。精霊たちの魔法を見ると、この世界にも四大元素の概念があるみたいだし、それならさっきの四つで打ち止めだよね。もし他にもあるとすれば、光と闇かな。
「ここの地下が祭壇になっておるのじゃ」
縦長の窓がいくつも付いた。三角屋根の大きな建物に入る。中には整然と長椅子が並べられ、奥の方に講壇のようなものが置かれていた。ぱっと見た印象は礼拝堂に近いだろうか。窓がステンドグラスだったり、十字架が飾ってるわけじゃないけど……
「ここはやはり礼拝堂なんですか?」
「似たようなものじゃが、決まった日に祈りを捧げるようなことはやっておらん。特別授業で使ったり、歌姫たちが歌の奉納をやったりするのじゃ」
その時はここもかなり賑わうらしい。
確か使われなくなった教会をイベントスペースにして、ガールズバンドがコンサートを開くライトノベルを読んだ覚えがある。そんな利用法に近いのかも。歌姫って十四歳から十八歳までの子が任命されるらしいから、小学生じゃないけどね。
「リナリア様も歌ったことがあるのですか?」
「(こくん)」
「へぇ、ボクも聞いてみたいなー」
「俺様たちも聞きに行っていいのか?」
「身内だけ行う小さな歌唱会じゃから、本来なら部外者は入れんのじゃ。じゃがお主たちなら、喜んで招待するのじゃ」
「それは楽しみだな。その時は必ず参加させてもらおう」
「僕も楽しみにしてるよ」
「‘みなさんのために歌います’」
やっぱり歌姫だけあって、歌うことが好きなんだろう。
なんとか声を取り戻してあげないと……
◇◆◇
建物の奥にある部屋から階段を下ると、広い地下空洞へ出た。そこは大きな地底湖になっていて、中心にある島へ一本の道が伸びている。湖の底が青白く光ってるので、なかなか幻想的な光景だ。
「いつもは親父殿が出迎えてくれるのじゃが……」
「中央にある島には誰もいませんね」
そこには何もない訳でなく、一段高くなった丸い台座があり、その上に青い球体が浮かんでいる。明らかに台座から離れてるけど、一体どんな仕組みになってるんだろう。そして床の上には、黒くて形のいびつな絨毯が敷かれていた。
「あの青い玉の中に人がいるよ」
「それにあの黒いのは、敷物じゃねえぞ」
「ま……まさか、親父殿っ」
アプリコットさんが走り出したので、僕たちもあとに続く。近づくに連れ、球体の中で膝を抱えながら丸くなっている女性が、はっきり見えてくる。その前にある黒いものの正体は、マントみたいだ。
だけどマントだけ落ちてるってわけじゃない。よく見ると濃い紫色の髪の毛もあるし、黒いズボンや上着も見える。それなのに敷物と間違えたのは、すごく薄くなってるから。まるでプレスしたみたいに平たいけど、一見安全そうなこの場所で何がおきたのか……
「親父殿っ! しっかりするのじゃ、親父殿ッ!!」
「落ち着きなさい。始祖様はこれくらいじゃ死なないわ」
「しっ、しかし……こんな姿になってしまわれるとは、痛ましいのじゃ」
「(おろおろ)」
「……う~ん、スルメ?」
「下僕はなにを言ってるのかしら?」
床に広がったマントの形がそれっぽいし、見た目の割に固くて軽そうだから、つい口に出ちゃったんだよ!
だけどこれ、骨格とかどうなってるんだろう。霧化できる吸血族だけあって、こんな形で固まっても問題ないのかな?
「あのモンスターを閉じ込めていた結界が破られているし、その反作用で一時的にこうなっているのではないか?」
「多分シアの言うとおりよ、心配しないでも元に戻るわ」
「熱湯をかけたら膨らむとか?」
「ラムネちゃんにお湯を作ってもらいましょう」
「あなたたち、吸血族をなんだと思ってるの。バカなことばかり言ってると、この場でオシオキするわよ」
普通の人がこんな状態になったら大騒ぎだけど、アイリスが取り乱してないから落ち着いていられる。それで変なこと考えちゃうんだけどね。だって今のバンダさんって、ネコとネズミが主人公のアニメに出てくる、登場人物みたいなんだもん。
水っぽい液体で出来た球の中で眠る全裸の女性も気になるけど、まずはバンダさんの状態をなんとかしないと。血が必要ってことになったら、やっぱり僕の出番になるのかな……
次回は始祖復活。
第13話「ぷよぷよボールみたい」をお楽しみに!




