第14話 重なる想い
今日は遅くなったったので食事は軽くすませ、約束通りお風呂のあとでアイリスに献血してきた。いつもより長めに吸われたけど仕方ないよね。なんたって使い魔を影にしてシアを探してくれたり、三人が二度と関わってこないように処置してくれたんだから。
使い魔の三人にも改めてお礼しないと。廃屋にある地下室なんて、普通だったら絶対に見つけられない。あのままシアが監禁され続けてたらどうなってたか、想像するだけで体の芯から冷えてくる。僕でさえこれなんだから、本人はもっとつらい思いをしているはず。
助け出してからは普段と変わらない感じで振る舞ってるけど、僕にはどうしても無理しているようにしか見えない。なにかシアのためにやってあげられることはないか、そんな事を考えながら自室のドアを開けた。
「あっ、来てたんだね、シア」
「すまない、邪魔だったか?」
「そんなことないよ。僕もシアに会いに行こうと思ってたし、ちょうど良かった」
ベッドの上でスズランとなにを話してたのかな。いつものように百合百合な想像をしそうになったけど、さすがに今は自重しよう。
「シア様を本当に癒やして差し上げられるのは、マスターだけです。あとはよろしくお願いします」
「うん、精一杯やってみる」
ベッドから降りたスズランが僕にだけ聞こえる声で耳打ちをしたあと、今日はカメリアの部屋で休むと言って出ていってしまう。リョクを残して他の精霊たちも連れて行ったので、部屋には僕とシアだけになった。これまで何度も二人きりになってるけど、今日はすごくドキドキする。
一番大切な人とか、自分の宝物とか、色々恥ずかしいこと言っちゃったもんな。しかもアイリスやカメリアにもしっかり聞かれてる。傍観してた三人はどうでもいいけどね。たぶんアイリスの力で覚えてないだろうし。
そうやって緊張してるせいか、いつもと違ってなにを言えばいいのか頭に浮かんでこない。どうしよう、会話のバイタルサインがフラットだよ! さっきまでの決意はどこへ旅立ってしまったんだ、しっかりしろ僕。
「……えっと、そっちに行ってもいいかな」
「ここはダイチのベッドだ、許可なんて必要ないぞ。それに、わ……私も、そばにいてくれたほうが安心するしな」
やっとひねり出した言葉がこれかよ、ポンコツすぎるだろ僕のコミュ力。だがしかし、少し頬を染めながら視線をそらすシアが可愛すぎる。あまりの破壊力に、バイブス高まってきた。
暴れ馬のように跳ね回る鼓動を感じながら、僕もベッドへ上がりシアと見つめ合う。部屋の明かりを反射してゆらゆら揺れる赤い瞳に、僕の姿が写ってる。あのときも言ったけど、宝石みたいで本当に綺麗だ。
「「……あのっ」」
あー、もう! いつもなら自然と会話ができるのに、どうして今日はこんなにタイミングが悪いのかな。いや、わかってるんだよ、お互いに意識しすぎてるってことは。
だけどもう、僕の気持ちは固まってる。シアが好きだ、誰にも渡したくない。僕はこの世界の人間じゃないから、誰かに思いを寄せるのはダメだと思ってた。でも好きって感情は、そんなことで抑えられるものじゃないんだ。
この世界に飛ばされた場所で出会った時、シアの姿が妖精のように写った。きっと一目惚れだったんだと思う。あの時は会いたい気持ちだけで色々無茶を言っちゃったけど、僕は後悔なんてしてない。だって、そのおかげでシアをあの森から救い出すことができた。
僕が連れ出したせいで、元のパーティーメンバーに見つかってしまった責任はある。今度ばかりは結果オーライなんて、お気楽なことは言わないよ。でもこれをきっかけに自分の立ち位置や目標を、しっかり見据える覚悟ができた。それを踏まえてシアと向き合っていこう。
「シアからどうぞ」
「う、うむ……そうか。では私の方から伝えることにしよう」
声が重なって気まずい顔をしてたシアの表情が、少しだけ穏やかになった。
「スズランにも少し話を聞いてもらったよ。あの子は本当に人と変わらない感情を持っているな」
「シアと一緒に暮らし始めてから精神的に成長してるし、彼女が精霊だなんて誰も信じないだろうね」
「私は何もやってないぞ。どちらかというと、スズランに弄ばれてる気がするくらいだ」
「逆にそれがいいんだって。僕とスズランは、どうしても主従関係になっちゃうんだけど、シアとは友達みたいに付き合ってる。そうした関係が、スズランにすごくいい影響を与えてるんだと思う」
「精霊と友達か……少し前の私なら、一笑に付していたかもしれないよ」
「シアはリョクのことをすごく大切にしてたし、僕とスズランのことも笑わなかった。自分で気がついてなかっただけで、そんな付き合い方を自然にしてたんじゃないかな」
僕の言葉を肯定するように、浮き上がったリョクがシアの胸へ飛び込んでいく。シアが斬られて川に落ちたときも、リョクが頑張って傷を治してくれたんだと思う。二人がこれだけ仲良しじゃなかったら、あの森で出会えなかったかもしれない。
もしかして同じことを考えちゃったのかな、シアの顔が少し悲しそうになる。
「その……お願いがあるのだが、構わないか?」
「僕に出来ることなら何でもするから、遠慮なく言って」
「もう少し、近くに行きたのだが……」
「僕もシアを近くに感じてたいから、ヘッドボードを背もたれにして座ろうか」
あー、もう、上目遣いにこっちを見るシアは可愛いすぎだ。それくらいお安いご用だし、僕だってもっと触れ合いたい。
二人で並んで足を伸ばしながら座り、掛け布団を腰のところまで引き上げる。シアは僕の服をそっと握り、ぴったり寄り添ってきた。お風呂上がりのいい匂いがして、ドキドキが止まらないよ。ちょっと落ち着きたいし、頭を撫でさせてもらおう。
「はぁ~……、ダイチに撫でてもらうと、嫌な感覚が消えていく」
「大丈夫?」
「自分では乗り越えられると思ってたのだが、一人になると不安で体が震えてきた。それでダイチの部屋に来たら、スズランが今日はここで寝ようと言ってくれたんだ」
「あんな事があったんだから、仕方ないよ」
「アイツに触られた嫌な思い出を、ダイチの手で消し去って欲しい」
「僕がシアの心の傷を癒やしてあげる」
別れ際にスズランが言ってたのは、このことなんだろう。
これは僕にしかできない僕だけの役目だ。
「髪を触られて悲しくなった」
シアの体を抱き寄せるようにしながら、頭に置いていた手を背中へ向かって何度も動かす。
「足を触られた時は、体が震えた」
布団の中に手を入れて、シアの細い足にそっと触れる。その時のことを思い出して震えてたけど、ゆっくり撫でているうちに治まってきた。
「乱暴に胸を掴まれて、痛くて怖かった」
手のひらには、ほんのりまろやかな感触と、早鐘のような鼓動が伝わってくる。僕も口から心臓が飛び出しそうにドキドキしてるけど、シアと同じ状態なのが嬉しい。
「頬を舐められた時は吐きそうになった」
シアの肩に手を置いて見つめると、耳の先まで真っ赤にして目を閉じてくれた。そのまま頬に軽く口付けをしたけど、まだ目を開けてくれない。小鳥が啄むようにキスを繰り返し、我慢できずに唇にも触れてしまう。だってシアが愛おしすぎるから……
「……っ!? そっ、そこはアイツにも触れさせなかった場所だぞ」
「嫌だった?」
「意地悪なことを聞くな。ダイチに初めてを捧げられて、嬉しいくらいだ」
その言葉を聞いた僕の心の中に、抑えきれない気持ちが溢れかえってくる。もう難しく考えたり、気持ちをごまかすのはやめよう。
「好きだよ、シア」
もっと気の利いた言葉とか、飾った言い回しとか考えてた気がするけど、口から出たのはシンプルな告白だった。なんかもう頭の中がシアのことで一杯になってるから、気の利いたセリフなんて出てこないよ! 僕の頭はそこまで高性能じゃない。
「私もダイチのことが好きだ。だからこそ知って欲しいことがある」
布団から出たシアが少し離れた場所に座り、いきなり服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってシア!? お互いの気持ちを確かめあったからって、急がなくてもいいんだよ」
僕の言葉を無視して、上着と薄い肌着を脱ぎ捨てたシアは、ブラジャーにも手をかける。一瞬ためらったあとにそれも外すと、僕の目の前に現れたのは伝説の髪ブラ。二次元のイラストでしか見たことがなかった装備が、いま目の前に!
小麦色の肌に真っ白の髪が映えて、すごく興奮する。
もうスリープモードを維持するのは不可能だ……
「スズランにも見せたことがない、本当の姿がこれだ」
後ろを向いたシアの背中には、肩甲骨の横から脇腹にかけて斜めの線が走り、手術の後みたいなひきつれになっていた。こんな傷跡が残ってたら、とても辛かったはず。そんなシアの心を少しでも軽くしてあげたい。
「触ってもいい?」
「ああ、ダイチになら構わない」
そっと触れてみたけど、少し盛り上がって固くなってる。同時にあの三人への怒りが再燃してきた。スキルが消えて精霊と契約できなくなったけど、ちょっと生ぬるかったかも。
「アイツラと出会って、ずっと背中が疼いていた。しかしダイチに触ってもらうと、それも消えていくよ」
「あの三人のこと、本当に許しても良かったの?」
「アイツラに斬られたことでダイチやスズランに会えたのだと考えたら、なんだかどうでも良くなってしまったんだ。もうあの三人は、道に転がってる石と同じだよ」
「……そっか」
シアがそう思ってるなら、僕もこれ以上考えるのはやめよう。周りがいつまでもこだわってると、忘れられなくなったシアに負担をかけてしまう。
「肌の色が変わって消えない傷跡まである、こんな醜い体の私をダイチは本当に好きになれるのか?」
「そんな悲しいことを言わないでよ。あのときも言ったけど、僕にとってシアは一番大切で、誰よりも綺麗だって思ってる」
その言葉を証明するように、僕はシアの背中にキスの雨を降らせていく。
「ダ、ダイチ。いったい何をしてるんだ!?」
「シアの体は醜くなんてない、こうやって口づけが出来るくらいにね」
「うっ……うぅっ。ぐすっ、嬉しい、とても嬉しいよ。ダイチを好きになってよかった。私に一生消えない二人の絆を刻んで欲しい」
「うん。シアの全て、僕がもらうよ」
涙をポロポロ流し始めたシアを抱きしめ、その唇に何度もキスをする。
そして僕たちは一つになった――
次回、不思議な目覚めを迎える主人公。
第15話「僕には前科がありました」をお楽しみに!
◇◆◇
後に作中でも言及しますが、スズランの持つスキルは、オルテンシアに対して限定的な影響しか及ぼしていません。(スズランとの繋がりだけだと仮契約みたいなもので、配下であるサクラたちのスキルのみ効果があります)
【応援】と【安定】の複合スキル【鼓舞】が作用していたら、違った展開になったはずです。
スズランの主である主人公と繋がりができたので、今後は前向きに暮らしていけるでしょう。




