第13話 因果応報
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いよいよ決着です。
大地に狙いを定めたオレカスは、盾を構えて間合いを取る。
「さっきはよくもやってくれたな、倍にして返してやるから覚悟するんだな」
「嫌がるシアに乱暴したんだ、当然の報いだね。それにシアの受けた痛みに比べたら、あれくらいじゃ到底足りないよ。こっちこそ百倍にして返してやる」
「四片や五片に寄生してる分際で大口叩きやがって、出来るもんならやってみやがれっ!」
オレカスは元々【剣技】・【盾技】・【強襲】のスキルを持っていた。彼の得意技は盾を使って相手に体当りする、いわゆる〝シールドバッシュ〟と呼ばれる戦法だ。人族に発現する【盾技】と【強襲】スキルはシナジーを産みだし、組み合わせて使う者の多いスタンダードな技の一つである。
乱戦では不利になるものの、一対一の戦闘には大きなアドバンテージがあり、自分が負けるビジョンなど全く浮かばないオレカスだった。しかし、薬で強化された突進を何度繰り返しても、大地にかすりもしない。
「逃げるのだけは得意だな! そうやってシアたちに助けられてたのか? 情けない男だぜ」
「なんなら力比べしてみる?」
「上等だ! くらえッ!!」
実は大地も大幅に上がった身体能力を持て余している。少し避けたつもりでも大きく距離を開けてしまい、うまく攻撃へ繋げられないのだ。更に五片になったオレカスに発現したであろう、カウンター攻撃の【逆襲】スキルを警戒し、とりあえず避けることに集中していた。
しかし回避を何度か繰り返すうち、あることに気づく。
それを確かめるため、真っ向勝負を挑んだ。
――ガイィィィィーーーン
オレカスの持つアイロン型をしたヒーターシールドと、大地のバックラーがぶつかり合って鈍い音を立てる。一見して二人の力は拮抗しているようだったが、変化はすぐ訪れた。
オレカスは右手で構えていた剣を落とし、盾を装備している左腕を押さえながらうずくまる。
「ぐあぁぁぁぁ……腕が、腕がぁー」
「やっぱりね」
「どっ、どういうことだ!?」
「薬で無理やり力は引き出せたけど、体が丈夫になったわけじゃないんだよ。さっきから見てたけど、無意識に力をセーブしてたんじゃないかな」
「俺はいつだって全力だ!」
「自分はそのつもりでも、体がギリギリ耐えられるよう、本能的にリミッターをかけてたんだ。そんな状態の体に僕の力を加えたら、簡単に壊れちゃうのは当たり前さ」
人間は自身が持つ力の数割程度しか発揮できないといわれ、それはこの世界にいる人族でも変わらない。薬の効果で制限が緩和されているものの、それでも体が壊れない限界のところで、力を抑えていたのだ。
「そっ、それならお前は、どうしてそんなに平然としてやがる。俺の攻撃を真正面から受けたんだぞ、お前にだってダメージが有るはずだ!」
「僕には精霊の加護があるから、あれくらい平気なんだよ」
「精霊だと!? そんなやつ連れてないじゃないか。さてはお前も薬を使ってるな!」
「いちいち説明するつもりはないから、そんな事はどうだっていい。とりあえずその痛みは、僕の分として受け取っておいてね」
左腕を押さえながらよろよろと立ち上がったオレカスに、大地はゆっくりと近づいていく。
「そしてこれがアイリスの分、それにこっちはカメリアの分。もちろんスズランたちの分もあるから、まだ気絶しないでよ」
「――グハッ、――ブベッ、――ウギャッ」
大地は仲間や精霊たちの名前を上げながら、オレカスの体にパンチを叩き込む。かなりセーブされた力だが、青の精霊を失った彼には、相当なダメージが入っている。そして麻薬の影響で精神が高揚しているため、この程度で意識を手放すことはできない。
「そして、これがシアの分だッ!!」
「――ヴベボバァァァーーーーー」
顔を強烈に殴られたオレカスが、色々な液体を撒き散らしながら部屋の奥へ飛んでいく。そこにはカメリアに殴り飛ばされたディゲスが横たわっており、二人はもつれ合うようにゴミの山へ突っ込む。その横には青い顔をしたクズミナが、震えながらぺたんと座り込んでいた。
「ちょっと悪夢を見せただけで粗相をするなんて、情けないわね」
「……あっ………うぁ、たすけ……こわい、だれか」
涙や鼻水でグチャグチャになった顔から生気が抜け、クズミナは濡れた床へ倒れ込んでしまう。そして薬が切れた三人の左手は、なんのスキルも持たない無片へ変化していたのだった。
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オレカスに報復を与え、みんなのもとへ戻ってきた大地は、頭を抱えながらうずくまってしまう。
「どうしよう、かなりやりすぎちゃったよ!? これって完全に〝ついカッとなってやった、殺すつもりは無かった〟ってやつだー」
「落ち着いてくださいマスター、三人とも生きてますから」
「死んで詫びるくらいが丁度いいのだし、手ぬるいくらいよ」
「さすがにボクも殺そうとまでは思わないけど、もうちょっと殴っておけばよかったかなぁ」
「みんな過激すぎるっ!」
「私にはダイチが一番情け容赦なく見えたぞ」
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーー」
オルテンシアの冷静なツッコミで、大地は再び頭を抱えてしまった。そしてスズランに抱きしめられたり、オルテンシアから頭を撫でられ、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「そういえば三人が無片になってるんだけど、これって元に戻るの?」
「麻薬にもいくつか種類があってな、オレカスたちが使ったのは、その中でも最悪のやつだ。一時的に大きな力を得る代償として、それまで持っていたスキルを消し去ってしまう。そして再びスキルが発現したという記録は、残されていない」
「あの三人からはとても嫌な匂いがします、精霊と契約することも出来なくなったでしょう」
探索者ランク降格の危機にあった三人は、薬に頼ってでも実績をあげようとしていた。そして副作用のことを知らないまま、一番強力なものに手を出してしまったのだ。
「こればっかりは自業自得ってやつだね」
「なんかボクもスッキリしたよ」
「それでこの三人はどうするのかしら? シアが望むなら廃人にしてあげてもいいわよ」
「正直、こいつらの事はもうどうでもいいんだ。私たちにさえ関わってこなければ、生きてようが死んでようが興味はない。その、あれだ……ダイチがきっちり借りを返してくれたからな」
「うんうん、あれカッコよかったよねー。ボクもキュンとしちゃった!」
「私たちの分も怒ってくださって、嬉しかったですマスター」
「普段頼りない下僕としては、良くやったほうね」
「僕の中で黒歴史になりそうだから、早めに忘れてくれると嬉しいかな……」
羞恥に震えながらボソッと呟く大地の言葉は、さっきの話で盛り上がる四人には届かない。特にオルテンシアには、大地の怒る姿が強烈に刷り込まれてしまっている。あわや貞操の危機という瞬間に現れ、絶望の淵から救い出してくれた。
更に彼女にとって、狂気の衝動に押しつぶされそうな時に手を差し伸べてくれたことと合わせて、これで二度目なのだ。もう自分の全てを差し出しても構わない、彼女の心は大地への想いで埋め尽くされていた。
「仕方ないわね。このままでも一生苦労するでしょうし、今回は当事者の顔を立ててあげるわ。その代わり二度と関わってこないよう、記憶は多少いじらせてもらうわよ」
「手間をかけるが頼む、アイリス」
「なんかさー、最初からそうしておけばよかったね」
「それはいま言っても仕方ないわ。とにかくこんな忌まわしい場所、さっさと出るわよ」
大地に口直しの吸血を約束させたアイリスが、三人へ直接力を流し込んで強力な暗示をかける。時間の経過した記憶はいじれないため、今日オルテンシアと出会ったことは忘れさせ、完全に死んだと刷り込む。そして今の姿を見ても本人と結びつかないよう、認識を改変。この場の出来事は、探索者同士のトラブルに書き換えてしまう。
吸血族の始祖にしかできないような数々の処置を施し、大地たちはいつもの場所から自分の家へと帰還するのだった。
次回からいつもの視点に戻ります。
第14話「重なる想い」をお楽しみに!