第11話 四人の怒り
誤字報告ありがとうございました!
細かいタイポがまだ多い……
馬乗りになったオレカスが、オルテンシアを仰向けに押さえつける。目をギラつかせながら上半身をベタベタ無遠慮に触り、ニヤリと笑ってからキャミソールに手をかけた。オルテンシアは絶対に声を漏らすまいと唇を噛み締め、目を固く閉じて顔をそらす。
その時、大きな音とともに地下室の扉が破られ、四つの影がなだれ込む。先頭は剣で力任せに扉を破ったカメリア、その後には余裕のない表情をした大地、そしてアイリスとスズランだ。
上半身裸の状態でオルテンシアにまたがり、今まさに下着を剥ぎ取ろうとしている姿を見て、大地の顔から表情がなくなった。
「……スズラン」
「はい、マイ・マスター」
「メロンの【剛力】と【専念】を一つ、【神速】二つ上げて」
「かしこまりました」
黄緑色の精霊メロンを呼び寄せたスズランが、両手で優しく包み込み【分配】に溜まった四つの星を分け与える。今ですら中級モンスターと拮抗できる筋力がさらに上昇し、集中力も一つ強化された。そして一気に二つ上がった俊敏は、獣人族と同等のスピードを彼らにもたらす。
サクラが持っている耐性スキルは、各項目ごとに段階的な調節が可能だ。しかしメロンの持つ身体強化スキルの場合、オンとオフの二通りしかない。急に上がった力を持て余すことになるため、大地は慎重に育成をしていた。
だが眼前の光景を見た途端、彼の中でリミッターが外れてしまったのだ。目の前にいるクズどもを叩き潰す。今の大地はそんな感情に支配されている。
「どうしてここがわかったか知らないが、来るのが遅すぎたな。ご覧の通り、もうシアは俺のもんだ」
「下手に動くんじゃないよ、私の投げナイフがあんたらを狙ってるからね」
「おっと、俺も忘れてもらったら困るぞ。猫人族の素早さに他の種族が勝てないくらい、頭の悪いお前たちでもわかるだろ?」
クズミナがナイフを構え、ディゲスは拳を突き出し、大地たちを牽制していた。腐っても中級探索者だけあり、こうした事態だと体が自然に動く。
「あら、下等な三片ごときに何ができるのかしら。冗談は顔だけにしておきなさい」
〈影縫〉
「五片だからって、子供がイキがってるんじゃないよ! そのきれいな服をボロボロにしてあげるわ」
クズミナはナイフを投擲しようとするが、影を縫い付けられて完全に固まっている。体をひねろうとしたり、腕に力を込めるが、その程度でアイリスのスキルを破れるはずもない。
「えっ!? なんで動かないのよ、おかしいわよこれ」
「そっちの人も動いたらダメだよ。まずはボクの相手をしてもらうからね」
「下級探索者の魔人族風情が俺に歯向かうとはいい度胸だ、格の違いってものを見せてやる」
ディゲスは【格闘】と【跳躍】スキルを発動して一気に距離を縮めるが、強化されたメロンのスキルを受けているカメリアは、その攻撃を軽くいなす。血の繋がりを持ったまま無理な探索を続けさせられていたせいで、カメリアの反射神経は異様に発達していた。
それは大きく上昇したスピードを、持ち前のセンスと体捌きで制御できるほどだ。そのおかげで、俊敏に補正のかかる猫人族を超える身体能力が発揮できている。
「チッ、どういうことだこれは。俺のスピードについて来れるなんて、お前は本当に魔人族か?」
「このままだとヤバイよ、どうしようディゲス」
「状態異常攻撃を持った道具を、使ってるのかもしれん。青の精霊どもは何をやってるんだ、しっかり役目を果たせ!」
契約した青い精霊に命令するディゲスだが、その声に全く反応しない。なぜならスズランが氷点下の視線を精霊たちに向けているからだ。契約主である大地が大切に想い、自分自身と繋がりのあるシアを傷つけられ、彼女の怒りも頂点に達していた。
それはアークとヤークが契約していた精霊に、助言を与えたとき以上の苛烈さだ。中級精霊がプレッシャーに耐えられないのは当然だろう。
――もっとも、力が大幅に上がっているアイリスのスキルを防ぐことは、上級精霊にも不可能である。
「なんだよお前ら、下級探索者相手に情けない。それよりそこのお前、まだシアを抱いてなかったんだってな。肌は薄汚れちまってるが、触り心地は最高――」
「……黙れ」
「あぁん? なんか言ったのか、負け犬」
「シアは汚れてなんかない、とてもきれいな女性だ。白くてサラサラの髪、宝石のように赤くてきれいな瞳、世界で一番美しい女性だって僕は思ってる」
大地の言葉を聞いて、黒く塗りつぶされていたオルテンシアの心に光が灯った。そして彼女の頬を、一筋の涙が流れ落ちる。それは悲しい涙ではない、心の底から嬉しかったからだ。
ずっと今の姿にコンプレックスがあった。でもやっと自分自身を受け入れられる気がする。このまま呪いが解けなくても、大地さえ一緒にいてくれればいい。潤んだ瞳を大地に向け、今の気持ちを伝えるように見つめ合う。
「俺がシアの体を楽しんでるときに、なに二人で見つめ合ってるんだよ!」
「その汚い手をシアから離せ。その人はお前なんかが触れていい存在じゃない」
「やかましい、格下のくせに俺に指図するな! この女は俺のものだと言っただろ、付き合いも短いくせにでしゃばってくるんじゃねぇッ!!」
「確かに付き合いは短いかもしれない、だけど僕とシアは固い絆で結ばれてるんだ。僕にとって誰よりも大切な人を、お前なんかに渡してたまるか!」
大地の言葉を聞いたオルテンシアは、組み伏せられた状態で暴れだす。唯一自由な足をばたつかせ、身をよじりながら拘束を抜け出そうともがく。
「うぅーっ! うーーー、うーーっ!!(放せっ! 私は、私はっ……)」
「ちくしょう、暴れるな! このまま剥いちまうぞ、お――ブボォォォォッ」
オルテンシアが傷つけられないようチャンスを伺っていた大地は、オレカスの意識が自分からそれた瞬間、ベッドへ向かって矢のように飛び出した。しかし急激に上がった身体能力を制御しきれず、オレカスの腹に手加減なしのパンチを叩き込んでしまう。体をくの字に曲げで吹っ飛んでいったオレカスは、奥の壁に当たって崩れ落ちた。
「遅くなってごめんね、シア」
「うっ、うぅぅぅ。うわーん、ダイチ、ダイチ、ダイチィー」
「もう大丈夫だから、一緒に家へ帰ろう」
「うん、うん。ダイチ、ダイチ……」
猿ぐつわと腕の拘束を解かれたオルテンシアは、大地へ抱きついて子供のように泣き始める。そんな弱々しい姿を初めて見た大地は、優しく抱き寄せながら背中や頭をゆっくりと撫で続けた。
「立てる? シア」
「……ぐすっ。大丈夫だ」
大地に支えられながら立ち上がったオルテンシアが、出口にいるみんなの元へゆっくり歩き出す。影縫の拘束時間が切れたクズミナと、カメリアを攻めあぐねていたディゲスは、ふっとばされたオレカスの近くに集まっている。
「シア様、こちらへ。リョクちゃんも怖かったでしょ」
「スズランはいつも温かいな。こうされていると落ち着くよ」
浮き上がる力を使って背伸びしたスズランは、オルテンシアとリョクを自分の胸へ抱き寄せた。いつもは恥ずかしがるオルテンシアも、今だけはこのぬくもりを逃すまいと、目を閉じてされるがままだ。
「まったく、手間のかかる子ね。探し出すのに苦労したわ」
「アイリスが見つけてくれたのか。ありがとう、迷惑かけたな」
「ふん、あまり心配かけさせないで頂戴。とにかく今はあのバカどもを締め上げて、こんな場所おさらばするわよ」
暗示をかけて忘れさせるなんて生ぬるい、あの三人には今日のことを一生後悔させてやる。初めてできた同性の友人と言えるオルテンシアを傷つけられたアイリスは、鋭い視線を三人へ向けた。
「ボクの家族に酷いことしたんだ、絶対にこのまま済ますわけにはいかないよ。今日のボクは、すっごく怒ってるんだから」
家族や隣人を失いずっと虐げられてきたカメリアは、自分を救ってくれた仲間たちをとても大切にしている。殺された家族の敵討ちを願って生き抜いてきただけあり、その想いは誰よりも強い。
「すぐ終わらせるから、もう少しだけ待っててね、シア」
大地はオルテンシアの頭をそっと撫で、部屋の隅に固まっている三人と対峙した。
次回、おや!? オレカスたちの様子が……!