閑話05 カメリア
今回は別視点の話。
ボクが生まれたのは、魔人族だけが暮らす小さな村だった。
そこは村人全員がお互いを支えながら生活する、まるで一つの家族みたいな暖かい場所。決して豊かな村じゃないけど、笑顔の絶えないこの場所には確かな幸せがあった。
ボクの両親は探索者をやっていて、家を空けることも結構ある。だけど全然寂しくない、だって村人全員が家族だから。それに生活に必要な輝力を持って帰る両親は、村人全員から頼りにされていた。そんな自慢の二人が身につけているのは銀色の腕輪。中級探索者の証なんだって。
「お父さん、またお話聞かせてよ」
「カメリアは本当に迷宮の話が好きだな」
「だってモンスターを倒す話って面白いんだもん」
「そうかそうか。それなら今日は迷宮の奥で出たロック・バードの話をしてやろう」
探索から戻ってきた父さんや母さんに、こうして迷宮の話を聞くのが大好き。ボクも成長期が来て大きくなったら、探索者になって一緒に迷宮へ行く。そんなことを子供の頃からずっと夢見てた。
――だけどそんな夢は永遠に叶わなくなってしまう。
―――――・―――――・―――――
十六歳になってしばらく経つけど、ボクにはまだ成長期が訪れてない。早い子だと十五歳で大人になれるのに、子供のままなのはすごく悔しい。探索者になるなら成長期を迎えたあと、これは大好きな両親との約束だから、それを破るのは絶対にダメ。早く大人になりたいのに……
昨夜は迷宮から帰ってきた両親に話をせがんで、かなり夜ふかしをしちゃった。部屋はだいぶ明るくなってるから、ずいぶん寝坊してしまったみたい。
「なんか今日はにぎやかだなぁ……」
外から大きな音や誰かを呼ぶ声が聞こえる。ここは静かな村だから、こんなに騒がしいのは初めてかも。寝ぼけて働かない頭でリビングに行ったけど、そこには父さんも母さんもいない。
きっと外の様子を見に行ってるんだろうと玄関を出ると、目に前には信じられない光景が広がっていた。
「……え? なに、これ」
大きな畑を挟んだ向こうにある家は半分壊れ、広場のあたりからは煙が上がってる。それにいつも一緒に遊んでた子の服が真っ赤になって、倒れたままピクリとも動かない。
「お父さん……お母さん………どこ? ねぇ、どこにいるのー!」
ボクは怖くなって、必死に二人のことを呼んだ。
その時、背後で大きな音が鳴る。
「カメリアちゃん、危ないっ!!」
お母さんの声が聞こえたと思ったら目の前が真っ暗になり、頭に何かが衝突して体ごと吹き飛ばされた。あまりの衝撃に気を失しないかけたとき、お父さんの声が聞こえてくる。
「おのれーーーッ! よくも妻と娘をぉぉぉぉぉぉ」
お父さんが剣を構えて、赤くて大きなモノに切りかかっていく。あの赤いのはモンスターかな? なんでこんな所にいるんだろう。でもお父さんは絶対に負けないよね、なんたって中級探索者なんだから。
「……チッ、また実験は失敗か。どう処分しようかと思ったが、相打ちで始末してくれたのは助かった。そっちのガキはまだ息があるようだが、ツノが折れているし長くは持つまい」
意識が朦朧としていたボクの頭上から声がする。少しだけ目を開けてみると、黒いローブを着た男の人が立っていた。顔の左側にある大きな傷跡が見えたあと、ボクの意識は深く沈んでいく――
―――――・―――――・―――――
目が覚めると、硬い床に寝かされていた。床の上に薄い毛布を敷いただけだったので、体中が痛い。ここは一体どこなんだろう。どこかの部屋みたいだけど、村にこんな家はなかったはず。
「何日もぐーすか寝やがって、やっと目が覚めたか」
「……おじさん、誰?」
「おじさんって、オレはまだ二十六だ。今度そんなナメた口きいたら、捨てちまうぞコラ」
「ご、ごめんなさい」
近くの椅子に座っていた魔人族の男性に怒鳴られ、ボクは思わず謝ってしまう。村にはこんな人なんかいなかったし、すごく怖い。
「……あ、あの。ここ、どこですか?」
「あぁん? ここはアーワイチにある、俺たちが泊まってる宿屋だ」
「ボクの村は? それにお父さんとお母さんはどこにいるの?」
「お前以外誰も生きちゃいなかったぞ」
えっ!? 近所のおじさんやおばさん、それに仲の良かった友達、優しいおじいちゃんやおばあちゃん、みんないなくなった……?
「そういやお前に覆いかぶさって死んでる女がいたが、そいつが母親じゃねぇか?」
それを聞いた瞬間、お腹の中から酸っぱいものがこみ上げてくる。必死で吐くのは我慢したけど、目から涙がポロポロこぼれて止まらない。だってお父さんがモンスターに負けるわけない、それにお母さんの魔法も凄いんだ。前の日の夜も、迷宮で倒したモンスターの話を一晩中してくれて、なのに、なのに、どうして。
「ピーピー泣いてんじゃねぇ、クソガキが。それよりお前の頭を見てみろ」
椅子に座っていた男の人が、ボクの様子なんてお構いなしに、目の前へ鏡を突き出してきた。そこには見慣れたある物が映っていない。
「ボクのツノが……無くなってる」
「オレが血の繋がりをしてやったおかげで生きてられるんだ、感謝するんだな。お前はオレの所有物になったんだから、しっかり働けよ」
頭の左側にあったツノが、真ん中からポッキリ折れてる。ツノを失った魔人族は生きていけない、だから生涯大切にしなさい。小さな頃からそう言われていた。
魔人族のツノはすごく硬いから、それが折れるくらいの目にあってよく生きてたな、男の人はそんなことを言いながら笑う。もしかしたらお母さんがかばってくれたから、ボクは生きてられたのかも。そんなことを考えていたら、また涙が止まらなくなった……
―――――・―――――・―――――
ボクと血の繋がりを持ってくれたのがユーガイさん。そして一緒にパーティーを組んでる人がサンパインさん。二人は同い年で、どちらも下級探索者。あの日ボクたちの村へ荷物を届ける依頼を受け、モンスター暴走事件の現場に居合わせたらしい。
結局、迷宮の裂け目も見つからなかったので、どうしてあの村にモンスターが現れたのか謎のまま。だけどボクは知っている。黒いローブを着て顔の左に大きな傷のあった男、あの人がなにかやったんだ。
見つけたらお父さんとお母さん、そして村人みんなの仇をとる。成長期の前に角が折れてしまったから、ボクの力はとても弱い。それに種族スキルも消えてしまった。だけどそんな事は関係ない、絶対に罪を償ってもらう。その気持だけで過酷な日々を耐えている。
「おらっ、トロトロするな! 全くこのグズが」
今日も探索者ギルドの前で、ユーガイさんに怒鳴られる。ツノが折れると体が成長しなくなるから、ボクは力も体力も全然つかない。毎日この二人についていくのがやっと。
「全く使えないガキだ。誰のおかげで暮らしていけてると思ってるんだ」
「ごめん、……なさい。荷物が重くて……」
「口ごたえすんな! お前は黙って運んでりゃいいんだよ」
「……はい」
サンパインさんにも怒鳴られてしまうけど、この街に住んでる人は誰もが無関心だ。それはボクが二人の所有物だって、みんな知ってるから。こんな扱いをされてるボクを見て、「お前は運がいい」なんて言う人もいる。ツノが折れた魔人族の末路は色々聞かされたけど、これが幸運だなんて認めるもんか。それならあのとき死んでたほうが、よっぽどマシだから。
血の繋がりは相手に強制力を与えられるから、ボクはユーガイさんの言いなりになるしかない。自分で死を選ぶこともできない今の状態なんて、奴隷と変わらないよ。
だけど、村を襲ったあの男に会うまでは、何をしたって生き延びてみせる……
―――――・―――――・―――――
今日も二人の荷物を背負って、迷宮の中を歩く。掃除や洗濯で荒れた手には、粗末な盾と剣が握られている。先頭を歩いて攻撃を受けるのは、いつもボクの役目。幸い二人はあまり強くないので、大怪我をするような敵には出会ってない。
だけど、あちこち傷や打撲の跡があるボクの体は、かなりボロボロだ。ろくに手入れをしてない髪の毛はボサボサだし、食べるものも足りてないから貧相な体つきをしてる。これでも十八歳になったばかりの女の子なのに。
そんなことを考えてたら、構えていた盾に何かが当たって吹き飛ばされた。こんな場所にこれだけ強いモンスターはいなかったはずなのに、いったい何が出たんだろう。
「やばいぞ、アイツはロック・バードだ」
「なんでこんな所にいやがるんだ?」
「おい奥を見ろユーガイ」
壁に打ち付けられて痛む体を起こして、ボクも通路の奥を見る。そこには十体くらいの石でできた鳥が、壁の出っ張りに止まっていた。
「まずいぞサンパイン、俺たちじゃアイツは倒せねぇ」
「確か逃げるやつをどこまでも追ってくるって習性があったから、下手に動くなよ」
「彷徨う者が群れてるなんて、ありえねぇぞ」
「ちっ、どうするユーガイ」
お父さんに聞いた話だと、ロック・バードは迷宮のかなり奥に行かないと出ないはず。しかもこのモンスターには、物理攻撃がほとんど効かない。確かお母さんの魔法で倒したって言ってたっけ。二人が連れてるのは青の精霊だから、魔法攻撃は一切できない。
ユーガイさんはボクと血の繋がりがあるから精霊の再契約は出来ないけど、サインパインさんは時々赤の精霊を連れていた。今回はちょっとタイミングが悪かったってことかな。
「ったくよぉ、こりゃ餌をまくしかねぇな」
「二年ほど飼ってみたが、いよいよ廃棄処分か?」
「もともと気まぐれで拾ったもんだし、抱く気もおこらねぇガキにはうんざりしてたんだ。誰かと繋がりを持った中古は金持ちに売れねぇし、最後くらい役に立ってもらおうじゃねぇか」
「え……? それって、まさか」
ユーガイさんが腰のカバンからボクの折れたツノを取り出し、にやけた顔をしながらゆっくり近づいてくる。
「あっ、いや……。……ッッ!?」
剣でボクの腕を斬ると、流れ出た血をそれにかけた。するとツノの色が徐々に白くなっていく、いつでも繋がりが切れるように持ち歩いてたんだ。今まで何をされてもずっと耐えてきた、なんとか気に入ってもらおうと頑張ってきたのに。どこかで拾ってきたような服だって我慢して着たし、お腹が空いても文句だって言わなかった。なのに、こんな簡単にボクのことを……
そして投げ捨てられた灰色のツノを、ボクは拾って抱きしめる。大切なものを捨てられたショックと、繋がりが切れた影響で、もう立つこともできない。
「これでお前との血の繋がりが切れたってわけだ。こうしとかねぇと、お前が死んだ後も精霊と再契約できなくなるからな」
「うそ……助けて。……捨てない、で」
「あと、これはオレからの餞別だ。退職金代わりに受け取っときな」
そう言ったユーガイさんが、何かの液体をボクにふりかけた。なんだか鼻の奥がツンとなる匂いがする。一体なにをかけられたんだろう?
「まって、なんでもするから。みんなの仇をとるまでは――」
「うるせぇ、ごちゃごちゃ言わずモンスターの餌食になってこいッ!!」
サンパインさんに足蹴にされ、ボクの体は迷路の奥へと転がっていく。すると壁に止まっていたロック・バードが一斉に襲いかかってくる。逃げていく二人へ必死に手を伸ばすけど、激しい体当たり攻撃でその場を動けない。
薄れていく意識の中で、遠くの方から近づいてくる人影を見た気がした。お父さんとお母さんが迎えに来てくれたのかな。敵討ちできなくてごめんね、でもボクいっぱい頑張ったんだよ――
退場予定のゲストキャラですから、おなじみの命名規則です(笑)
◇◆◇
次話でこのあとのシーンへ繋がります。
第2章で学んだ魔法の知識がいよいよ開花。
お楽しみに!
◇◆◇
(2021/02/27 AM08:55)
カメリアの性格とこれまでの決意を反映させ、最後の一文を変更しました。
【修正前】
ボクもやっとそっちに行けるよ――
【修正後】
敵討ちできなくてごめんね、でもボクいっぱい頑張ったんだよ――




