閑話17 イグニスとナーイアス
地下にあるマグマ溜まりに戻ってきたイグニスは、上機嫌でいつもの場所へ腰を下ろす。溶岩の熱を取り込めるようになったおかげで、今の彼女は心身共に充実した状態だ。
火の精であるイグニスも、自然界から精気を補給する能力を持つ。しかし膨大な精気を含んでいるマグマは、その大部分が熱となって放出されていた。つまり彼女が得られる力は、それほど多くなかったのである。
しかし今ならその熱を取り込んで、自分の力に変換することが可能だ。もしそうでなければ、呪物の処理にもっと時間がかかっていただろう。それにカメリアの魔剣を、あそこまで強化することも難しかった。なぜならドラゴンの姿になって、かなりの力を使った直後だったからだ。
炎が揺らめくように色を変える髪をなでながら、イグニスは今日の出来事を思い出し、ニヤニヤと頬を緩めている。そんな時、突然だれかに話しかけられた。
『あー、あー、あー。聞こえますかー?』
「うおっ!? 一体なんだ! 変な声が聞こえてきたぞ」
なんの前触れもなく頭の中に響いてきた声に、イグニスは驚いて周囲を見回す。しかし、この場にいるのは自分だけだ。
『変とは失礼ですね。しかしこうしてお互いの声が届くということは、あなたもダイチさんに名前を贈ってもらったのですね』
「それを知ってるってことは、お前はナーイアスか!」
『正解でーす。こうしてわたくし達が話をしたのなんて、まだこの大陸が混沌としていた頃以来でしょうか』
遠い記憶の中にあったナーイアスの姿を思い出し、イグニスはそっとため息をつく。火と水という相性の悪さもあり、イグニスは彼女のことを苦手にしていた。反対にナーイアスは、イグニスの真っ直ぐな性格を好ましく思っている。
「で、これは一体どんなカラクリなんだ?」
『その前に、ダイチさんから贈っていただいた名前を、教えていただけませんか?』
「イグニスだ。どうだ、カッコイイだろう!」
『さすがダイチさんです。素敵な名前をつけてもらえましたね』
あの日以降、ナーイアスは大地の存在を、なんとなく感じられるようになった。もちろんそれは、名付けによって出来た繋がりだ。そしてそこへ今日、新たな存在が加わったことを感知する。自分の願いを見事に叶えてくれた大地に感謝しつつ、暇つぶしの相手ができたと内心ほくそ笑む。
そんな感情はおくびにも出さず、イグニスに遠話ができた理由を話していく。
「はぁー……、あたいには理解できねえな」
『わたくしも実際にできてしまったので、ちょっと驚いているところです。とりあえず上手くいっていますし、細かい仕組みはいいじゃありませんか。全部ダイチさんのおかげってことに、しておきましょう』
これは縁というラインを使った、電話と言ってもいい。例え神と呼ばれるほどの存在だったとしても、その概念を持たない限り詳しい説明は不可能だ。
「それにしてもナーイアス、お前はあの男のことをめちゃくちゃ気に入ってるみたいだな」
『あなたはどうなんですか?』
「確かにダイチは変わり者だが、あたいはオルテンシアに興味があるよ。アイツの使う魔法は本当に面白い」
大地に興味がないと言われ、ナーイアスはホッとする。さすがに土地神同士で、一人の男を取り合うような事態は避けたい。ナーイアスとしても、イグニスの竹を割ったような性格や気風の良さは、警戒すべき点だからだ。大地の好みがそちらに傾いていたら、自分に勝ち目がないことはわかっていた。
『ハイエルフというだけで貴重な存在ですしね』
「アイツの作り出した魔法の炎馬に干渉して乗ってみたが、かなり爽快だったぞ!」
『そんな事ができるようになったのですか?』
「なにせ溶岩の熱を精気として、取り込めるようになったからな。呪物の処理は一瞬で終わったし、カメリアの魔剣をつい強化し過ぎちまうくらい絶好調だぜ」
『わたくしは人の持つ精気を取り込めるようになり、大きく力を伸ばすことができましたが、あなたも大概ですね』
ナーイアスのいる場所は、若くて生命力のある若者が集まる、学園島という特殊な環境。しかもマーレ学園は、この大陸最大規模の教育機関だ。そこで得られる精気の質と量は、他の追随を許さない。
加えて連日乱入している温泉で、大地の持つ濃厚な精気を浴びていた。大幅に増加した加被の影響は既に現れており、現在のウーサンでは水難事故や病の発生が激減している。
後にエヨンでも同様のことがおこり、この国で生み出される製品の品質が、大きく向上するという結果をもたらす。
「それよりあのスズランてのは、いったい何者だ?」
『本人は白の特級精霊と言ってますが……』
「大精霊の間違いじゃないのか?」
『大精霊様は太古の昔にお隠れになってますけど、確かもうこの世界に居ないのではないかと、風の守護者が言っていた気がします』
「だけどよ、あたいたちと同格の精霊とかありえないだろ」
『ダイチさんの力を身近で受け続けていますし、ありえない話ではないと思いますよ』
「それにしたって精霊を生み出すとか、いくらなんでもなぁ……」
『まあ邪悪な存在でないことは確かですし、今は見守るだけでいいんじゃないでしょうか』
二人共スズランの正体について、計りかねていた。あんな高位の存在が自由に出歩いていると、世界に影響を及ぼしかねない。そんな異常事態にも関わらず落ち着いていられるのは、やはり大地の存在があるからだ。
異世界人という不安要素はあるものの、この世界にとても馴染んでいるのは、見ているだけでわかる。そうでなければ、あれだけの人材が一緒に活動したりしないだろう。何よりナーイアス自身も大地の優しくて裏表のない性格を、イグニスは魔剣と良好な関係を築いている部分を気に入っていた。
そして大地がこの世界を好きでいてくれる限り、スズランは彼の気持を裏切るような行為を絶対にしない。特級精霊という異質な存在のことで意見を述べ合う二人も、その点に関しては同じ見解で落ち着く。
「とりあえずダイチのやつが元の世界に帰らない限り、あの連中に関して心配は無用ってことだな」
『できればずっとこの世界に居てほしいのですけど……』
「アイツにだって故郷があるんだ、無理に引き止めるのはダメだろ」
『そもそも越境人が元の世界に帰ったことなんて、あるんでしょうか?』
「少なくともあたいは知らないな」
『ダイチさんに情報をお渡しするためにも、やはり風と土の守護者から話を聞きたいですね』
繋がりの力で互いの声が届くとわかった以上、他の土地神も巻き込んでしまいたい。ナーイアスはそんな計画を立てている。しかしオッゴにいる風の守護者は自由気まま、そしてイノーニにいる土の守護者は面倒くさがり。自分たち二人と違って、どちらも簡単に会えないのが難点だ。ナーイアスとイグニスは今後のことを相談しながら、そのあとも久しぶりの会話を楽しむ――
ずっとナーイアスに苦手意識のあったイグニスだが、話をしているうちにそんな気持ちが消えていく。それは大きな力を得たことで生まれた、心の余裕がもたらしたもの。自分自身の変化に多少戸惑いつつ、イグニスは新たに得た力をどう活かそうか、期待に胸を膨らませるのであった。
主人公たちの知らないところでも、物語は進行しています。
そしてそんな思惑が因果に影響する(別名:ご都合主義w)
これにて第8章は終わりです。
幕間は明日更新し、夏の間に9章へ突入します。
なんたって海水浴ですから!