第10話 こいつはゴキゲンだぜ!!
細氷を降らせる魔法で体が十分冷えたらしく、ドラゴンが赤い髪の女性に変わる。あれは変身スキルみたいなものだったんだろうか。だとすれば、こっちが本当の姿で間違いなさそう。
目元が少しキツめなこと以外、神秘的な風貌や胸の大きさが、ナーイアスさんとそっくりだし。
「うひょー、いいおっぱいじゃねえか!」
「あなたが土地神なんですよね?」
「ああ、そうだよ。あたいがエヨンを守護してる土地神様だ」
なんか「えっへん」とでも言いたげに、目の前の女性が大きく胸を反らす。うわー、これクロウじゃなくてもガン見しちゃうよ。
「国の守護者なのだから、扇情的なポーズはやめていただきたい。私のダイチに悪い影響を与えてしまうからな」
うぅっ、痛いよシア。ついつい目が行っちゃうのは、男の悲しい性なんです。動いてるボールに反応してしまうネコみたいなものだから、勘弁して下さい。
「それはともかく、どうして伝説の生き物に化けていたのだ?」
「この姿って、ちょっと威厳が足りないだろ? 職人どもは見た目にこだわるんだよ。強そうな姿をしてないと、ありがたがらない奴が多い。だから竜の姿になって、話し方も年寄りっぽくしてたのさ」
それならこっちが素の喋り方なのか。姉御キャラと似た話し方をしてるけど、見た目は上流階級でも通じそうな美人さんだ。確かに職人っぽい威厳というか、貫禄みたいなものは感じられない。
「色々苦労されてるんですね」
「まあ、もう慣れたからどうでもいい。それよりお前、確かダイチとか言ったな。竜の姿になってた時は気づかなかったが、お前からあのいけ好かないやつの臭いがするぞ」
「えっと、それってウーサンにいる土地神のことですか?」
「そうだ、あのおしとやかなふりをして、とんでもないことをやらかす奴だ。まさかアイツにそそのかされて、あたいをイジメに来たんじゃないだろうな?」
あー、やっぱりナーイアスさんと相性が悪いのか。火属性と水属性だし、ある意味お約束といえる。向こうがあまりライバル視してないのは、優位属性になるからだろう。
それにしても、おしとやかなふりをして、とんでもないことをやらかすか。しょっちゅう温泉に乱入してくるし、隙きあらばキスをせがんでくる。確かに思い当たるフシは多い。なるほど、あれは暴走してるんじゃなく、本性が現れてるってことのようだ。
「確かに僕たちはウーサンに住んでますし、ナーイアスさんとも知り合いです。だけど今日はお願いがあって来ただけですから」
「そういえばここに来た時に、そんな事を言ってたな。話を聞くって約束しちまったし、お願いとやらを言ってみな」
いきなりドラゴンと戦うことになって驚いたけど、やっと落ち着いて話ができそう。とにかく拝み倒してでも、呪物の処理をしてもらわないと。さすがにこんなモノを抱えたままだと、安心して生活できないから……
◇◆◇
ウーサンの迷宮に住み着いていた、邪神と呼ばれていたモンスターのこと。それに僕の素性やスズランたちのことも全て話してみた。なんていうかこの人、すごく聞き上手なんだよ。そんなところも姉御肌っぽい。
「お前らが異質な魔法を使うことや、平気であたいに斬りかかってきたことが、良くわかった」
「突っかかってきたのはそっちなのだから、恨み言は聞かないわよ」
「そんな小さいことは言わないから安心しな。それより、さっきから出てくる〝なーいあす〟ってのは、あの女の名前か?」
「はい、僕たちの世界にある水に関係する言葉を、ウーサンの土地神に付けてあげたんです」
「アイツだけってのはズルいぞ! あたいにも無いのか、そんな言葉」
これならなし崩しに名前を贈れそう。ここに来るまでに考えてたのがあるし、それを伝えてみるか。
「でしたら、イグニスという名前はどうでしょう」
「おっ、なかなかカッコイイ響きじゃないか。それは火に関する意味があるんだろうな?」
「これは炎を意味する言葉になります」
「あたいにピッタリだし気に入った! 今日からイグニスと名乗ることにするよ」
その瞬間、土地神の髪が変化した。今まではただ赤いだけだったのに、炎が揺らめくように色が変化する。ナーイアスさんは人の持つ精気を取り込めるようになって、髪の毛からパーティクルエフェクトが出てたけど、イグニスさんは違うのかな。
「おぉ!? これは……」
「あの、体になにか不調は出てませんか?」
「いや不調どころか、力がみなぎってくるね。どうやら、そこにある溶岩の熱を取り込んでるみたいだ」
この人は地熱発電が出来るようになったのか!
ドラゴン状態の時も魔法の熱を吸収してたけど、あれは力に変換できてなかったんだろう。だから断熱結界に閉じ込めた時、自滅しかかってたんだ。きっといま同じことをしたら、爆発的にパワーが増すに違いない。
「やはりダイチの名付けは、あらゆる存在に影響を及ぼすな」
「むやみに名前をつけると、この世界が大変なことになりそうね」
ちゃんと自重はするつもりです。出来るだけ。
「それよりオルテンシア。さっき魔法でヘビを出してたけど、他の動物も作れるのかい?」
「私がイメージできる生き物なら再現可能だ」
「それなら速そうな動物を、炎で作ってもらっても構わないかね」
「それなら、これでどうだろう」
〈炎の馬〉
「おぉっ、いいね! 今のあたいなら多分このくらい……」
そう言いながらイグニスさんが、シアの生み出した炎の馬に近づく。そしてその体に触ると、炎の馬は甘えるように頭を擦り付け始めた。
凄いな。他人の魔法に干渉して手なづけてしまったのか。そんな事ができるようになるほど、イグニスさんの力が上がったってわけだ。
「ヒャッハー! こいつはゴキゲンだぜ!!」
シアの作った馬に乗って、走り去って行っちゃったよ。世紀末のモヒカンキャラじゃないんだから、その叫び声はやめてほしい……
◇◆◇
カルデラの中を何周も走って満足したのか、イグニスさんは炎の馬を消して僕たちの所に戻ってきた。彼女の身なりはナーイアスさんと同じ布を巻いたような服だし、きっと下着をつけてないんじゃないかな。そんな格好で馬に乗ったりすると、目のやり場に困ってしまう。
それに黙って乗ってるなら、お嬢様が優雅に乗馬を楽しんでる姿っぽく見えるけど、奇声を上げてる時点で台無しだ。
「いやー、数百年ぶりに爽快な気分を味わえたよ。ありがとな!」
「喜んでもらえたのなら何よりだ。それで、私たちが持ってきた呪物について、そちらで処分をお願いできないだろうか」
「あぁ、そうだったな。現物を見せてくれ」
僕のポーチに入れていた短剣を取り出し、邪気を阻む布を取ってイグニスさんに渡す。色々な方向から眺めていたけど、二本の指でつまみ上げると短剣が真っ赤に燃える。そして一瞬で消し炭になってしまった。
「僕の魔法でも燃やせなかったし、アスフィーでも斬れなかったんです。ありがとうございます、助かりました」
「この手の呪物は、その存在自体に干渉して破壊しないと、消せない代物だからな」
事象とか因果に干渉して、存在そのものを消すって感じだろうか。さすがにそんなことを、人の身で実行するのは不可能だろう。今まで出会った土地神は、二人とも色々残念な部分があるけど、どちらもその力は本物だ。
「やれやれ。これで枕を高くして寝られるわね」
「あのさ、ちょっといいかな?」
「どうしたの、カメリア」
ドラゴンとの戦闘が終わってずっと黙ってたカメリアが、おずおずと会話に参加してきた。いつもと違って元気がないけど、もしかして魔剣のダメージがそこまで酷かったんだろうか……
「ボクの魔剣、元に戻らないんだけど、どうしよう……」
「あー、これは……。すまない! ここまで溶けたら、[修復]だと復元不可能だ」
「えー、そんなぁ……。せっかくノヴァさんにもらったのに、ひどいよぉ。ふえぇぇぇーん」
魔剣が直らないと聞いたカメリアが、僕の胸で泣き出してしまう。これをもらった時、すごく喜んでしたから、ショックが大きいのはわかる。僕だってさっきアスフィーを傷つけられて、カチンときちゃったし。
「てめぇ、ご主人さまを泣かせやがったな! 神といえども俺様が許さねえぞ!!」
「神にとってこの世界の住人は、子供のような存在じゃないのかしら。それを泣かせるなんて最低ね」
「鍛冶を司る存在でもあるのだから、武具を大切にしてもらいたいものだ」
「同じ魔剣仲間として抗議する」
「元気を出して下さいカメリア様。きっとイグニス様がなんとかしてくれます」
みんなに責められ、イグニスさんがダラダラと汗をかき始めた。
僕ももうひと押ししておこう。
「これはカメリアが初めて手に入れた、思い入れのある魔剣なんです。イグニスさんの力で、どうにかできませんか?」
「あー、わかったわかった。壊したのはあたいだし、なんとかしてやる。溶けた剣を貸しな」
「うぅ……ぐすっ。おねがいじまず」
涙でグシャグシャになったカメリアの顔を拭いていると、イグニスさんの手にした魔剣が炎に包まれる。それが収まると、壊れる前と同じ綺麗な刀身が現れた。色は同じ赤みを帯びた金色だけど、イグニスさんの髪と同じように模様が揺らめいてるぞ。これは単に修復しただけではなさそう……
「よし! あたいがいま使える力を込めたから、最高のものに仕上がったぞ」
「わー、きれいに治った! ありがとう、イグニスさん!!」
一瞬で笑顔に変わったカメリアが、魔剣を受け取って頬ずりし始めた。うんうん、やっぱりカメリアは笑顔が一番素敵だな。
ラムネの持ってる【解析】を星二まで上げてるので、剣に備わってる効果が僕にも見える。それによると[復元・超硬・重撃・粉砕・炎化・顕現]が付いてるみたい。今まで伝説級だった魔剣が、創世級に進化したのか。
「切れ味より破壊に特化したような効果に変えてくれたんですね」
「長物はそっちの方が向いてるし、なによりカメリアはパワーが有るからな。あたいが変身した竜でも、この剣だとダメージを与えられるぞ」
「これについてる[炎化]って、剣が炎になるの?」
「ああ、炎になった剣は長さを自由に変えられるから、狭い場所でも使えるはずさ」
「ありがとう、ボク嬉しいよ!」
カメリアってシアに魔法で付与してもらうくらい炎の剣に憧れてたし、喜びも一入だろう。ちょっと離れた場所に走っていくと、炎化した剣を楽しそうにブンブン振り回してる。
「カメリアにピッタリの強化までしてもらって、ありがとうございました」
「あたいの力をむやみに使うのは駄目なんだけど、今回は特別だからな。まあ名付けのお礼みたいなものって思っときな」
「炎の剣、ちょっと羨ましい」
「こいつにもなんか付けておくか?」
「いえ、アスフィーは今のままでも十分強いので。それに僕はこの姿を気に入ってるから、無理に変わらなくてもいいかなって思ってます」
「主様、小さい子が好き。だから私もこのままでいい」
「待ってアスフィー。僕は小さい子が好きなんじゃなくて、アスフィーが好きなんだよ」
僕はロリコンじゃありません、好きになった子が小さかっただけなんです!
「こんな意志ある道具、あたいも見たこと無い。本当にお前たちは面白いな。歓迎するから、また遊びに来いよ」
「はい、この国にある迷宮も攻略してみたいですし、装備も充実させたいので。その時は必ず遊びに来ますね」
今回は学校行事の都合でリナリアが来られなかったけど、次に行く時には必ず連れてきてあげよう。きっとあの子のことも気に入ってくれるはず。
こうして僕たちは呪物の処理を無事終わらせ、土地神に名前を贈ることもできた。しかもカメリアの魔剣が、火を司る神の手で強化されるというおまけ付きだ。なによりイグニスさんの力が増したことで、この国にもきっといい影響を与えると思う。
越境人のことや記憶に関しての手がかりは得られなかったけど、あんまり焦らなくてもいいかなって思い始めてる。そう気持ちの切り替えができるほど、この世界での生活は楽しい。なんたって素敵な家族に囲まれてるから!
ウーサンという後ろ盾も得られたので、焦らず情報が集まるのを待とう。
第8章本編はこれで終了です。
ナーイアスとイグニスの閑話を一つ挟み、毎度おなじみ幕間の資料集を投稿したあと、第9章へと進みます。
海水浴の始まりだぜ、ヒャッハー!!




