第9話 ちょっとした実験です
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大きく裂けた地面の下には溶岩が溜まっていて、そこから一体のドラゴンが這い出してきた。溶岩が露出したせいで、周囲の温度が一気に上る。急激な気温の変化で、ラムネの温度調整が間に合ってない。
「この世界にもドラゴンっていたんだ」
「いや、竜は伝説上の生き物だ。恐らく神の力で作り出したものだろう」
「リナリアが持ってた本に、よく似た挿絵が載ってたよ。実物って初めてみたけど、カッコイイなー」
「おいおい……あんな体じゃ、例えおっぱいがあっても触れねえじゃないか」
「寒冷地用の服を着てきたから、暑くてたまらないわね」
「スミレちゃんが頑張っていますので、もう少しだけお待ち下さい」
赤い体から炎が出ているわけじゃないけど、背中や腕が明るく発光してるから、かなり熱そうだ。むやみに触ったりすると、一瞬で消し炭になっちゃうかも。万が一クロウが消えたりすると大変だから、女性の姿じゃなくてよかったよ。
やがて溶岩の海から浮上してきたドラゴンが、ふわりと飛び立って少し離れた場所に着地する。太くて長い尻尾にカギ爪のついた手、背中には三角形の羽が生え、恐竜のような足で地面に立つ。ゲームやファンタジー作品でおなじみの、西洋竜と似た姿は大迫力だ。
全長は最大化したクロウの倍以上あるから、二十五メートルくらいだろうか。こちらを見下ろす頭の高さは、三階建てのビルくらいあるかな。
『主様、あれは危険』
「アスフィーで斬れそう?」
『やってみないとわからない。でも、かなり難しいと思う』
ドラゴンの姿を見て、剣に戻ったアスフィーから警告が入る。相手はモンスターじゃないから、強さは未知数か。土地の守り神って呼ばれてる以上、強敵なのは間違いない。下手すると守護者級を軽く超えてるだろうし……
僕たちに勝機があるとすれば、相手を倒すのではなく参ったと言わせる点だろう。工夫しながら戦うしか無いな。
『どれ、先手は譲ってやろう。全力で立ち向かってくるがいい』
「なら、まずは私の魔法をお見せする」
〈氷の蛇〉
〈絡みつけ〉
シアの魔言で生み出された巨大な氷の蛇が、全身をくねらせながらドラゴンへ近づいていく。
『なかなか面白い魔法を使うが、我に敗北を認めさせるには全く足りんな』
ハイエルフの膨大な魔力を込めた蛇が巻き付いてるのに、ドラゴンは全く動じていない。触れた場所からジュウジュウと音を立てて蒸発してるから、ほとんど効いてないみたいだ。
「逆の属性でダメなら熱勝負で!」
〈バーニング・レイ〉
特級魔法の熱線がドラゴンの胸に命中し、そこが赤熱化する。
『冷えた体を温めてくれるとは、なかなか気が利くな』
特級魔法の炎でもダメか。青白い光線になるまでエネルギーを収束させてるから、今の僕にはこれ以上の熱量を生み出す手札はない。恐らく更に高い温度を得たいなら、熱核反応とかの世界になってしまう。太陽に匹敵するエネルギーを、魔法で再現できるとは思えない。
「ミカンちゃんの【凍氷】をカンストさせますか? マスター」
「シアの魔法も効かなかったくらいだし、結果はあまり変わらないと思う。別の手を考えてみるから、なにか思いついた時のために取っておいて」
「かしこまりました、マイ・マスター」
自然界の精気を取り込むだけあって、その力は無尽蔵といっていいだろう。攻撃魔法は効果が薄いと考えたほうがいい。
そもそも力ずくでなんとかしようと考えること自体が間違いか。相手もそんなことは望んでないはず。
「今度はボクの番だよ! やぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
魔剣を構えたカメリアが突進し、ドラゴンの尻尾に斬りかかる。硬い者同士がぶつかる甲高い音が鳴り響き、両者の間に火花が舞う。
『ほれほれどうした。我の体には傷一つついてないぞ』
「このっ! えいやっ! 硬すぎだよー、この体」
しかしドラゴンに全く動じた様子はない。魔法が効かない物理攻撃も通らないって、ゲームに出てくる非破壊オブジェクトだな。
『果敢に向かってきた褒美だ。これを受け止めてみよ』
――BEEEEEEEEEM!
「うわっ、あぶな!?」
僕の魔法より細くて赤い線が、ドラゴンの口から放たれる。カメリアはその攻撃に一瞬で対処し、剣の腹でうまく受け流していた。
「おい、やばいぞご主人さま! 魔剣が溶けていってやがる」
「えっ、うそっ!?」
「アスフィー!!」
『斬ってみる。刃筋を正確に立てて』
メロンが発動してくれている【神速】のスキルで一気に近づき、刃面とビームが平行になるよう意識しながら、線の中心にアスフィーを突き出す。形状が崩れると力が霧散するのか、二本に分かれたあとの光線が消えていく。
「ありがとう、ダイチ」
「アスフィーは大丈夫?」
『ちょっと溶けた。これくらいならすぐ治る。心配は無用』
魔剣を傷つけるなんて、どんなエネルギーだよ。
だけどアスフィーに怪我をさせたのは許せないぞ。それにカメリアの魔剣も、相当ダメージを受けてる。なんとかこのドラゴンの鼻を明かしてやりたい。なにかうまい手を考えるんだ、僕にはこの世界にない知識があるんだから……
『どうした。降参するなら見逃してやるが?』
「私のことを忘れてもらっては困るわね」
『我に魔眼など効かんぞ』
「カメリア! 呆けてないで、あなたの【威圧】を合わせなさい。あの駄竜に目にもの見せてあげるわよ」
「わっ、わかった!」
魔剣の状態を見て唖然としていたカメリアが、アイリスの叱咤で我に返る。
〈影縫〉
〈そこを動くなっ!!〉
相手を束縛する効果が二つ合わさり、さすがのドラゴンも体をビクリと震わせた。
『ほう……なかなかやるではないか。だがこの先はどうする? 我は何百年でもこの状態で耐えられるぞ』
「私の代わりに下僕がなんとかしてくれるわ」
根比べの時間スケールが百年単位とか、寿命の概念がない人はこれだから困る。だけどアイリスの期待にはなんとしても応えたい。
もしドラゴンが呼吸をしてるなら、結界で囲って中の空気を抜いてやればいいんだけど……
いや、待てよ。真空状態をうまく利用すれば、なんとかなるかもしれない。あのドラゴン自体が発熱してるみたいだし、この方法なら自滅させられるんじゃないか?
「ねえシア。あのドラゴンの周りに二重の結界を敷いて、外側の一部に小さな穴をあけるとか可能かな?」
「形状はなんでもいいのか?」
「ドラゴンの足元も覆うような形なら、なんでもいいよ。それと穴の位置をわかりやすくして欲しい」
「了解だ」
シアの作る結界は特級魔法を遮断できるほどの強度がある。拘束を強引に破ろうとしない姿を見る限り、あのドラゴンは僕たちで遊んでるんだと思う。そこに付け入るスキがあるはず。
「スズランはミカンの【豪雷】をカンストさせて」
「かしこまりました、マイ・マスター」
風の特級スキルをカンストさせ、シアの結界が完成したのを確認した僕は、ドラゴンへと近づく。
『身動きの取れぬ我をいたぶるかと思ったが、結界で囲っただけか? 何をたくらんでるのかわからんが、楽しませてくれるのだろうな』
「熱伝導のちょっとした実験です。もう少しだけ付き合って下さい」
『小娘二人に動きを封じられている間だけ、大人しくしておいてやろう』
アイリスとカメリアが全力で動きを止めてくれてるのに、余裕しゃくしゃくだなこのドラゴン。こうなったら遠慮は無用だ。異世界知識チートの真髄を見せてやる。
〈バキューム・エア〉
結界に触れられる位置まで近づいた僕は、シアが作ってくれた小さな穴に手をかざす。そこで魔法を発動すると、勢いよく空気が抜けていった。
『先程の魔法といい強い力を持っているようだが、我には何も影響がないぞ?』
「効果はすぐ現れると思いますので」
完全にとはいかないけど、シアの結界は輻射熱も遮断する力がある。そんな結界の内部に閉じ込められた状態で、間に真空層を挟むとどうなるか……
『なにやら温度が上がってきたようだが、一体どういうことだ?』
「あなたの体は常に熱を出していますが、今までは周囲に放出されてました。それを出来なくした場合、どうなるでしょう」
『そのために我を結界内に閉じ込めたとして、それだけで急激に温度は変わるものなのか?』
「周りを取り囲むだけでは、効果は限定的ですね。しかし間に断熱性の高いものを挟むと、熱の逃げ場がなくなるんですよ」
『それがお主の発動している魔法か』
「これで結界の隙間にある空気を抜いているんです。空気が薄くなると熱伝導が低下して、外へ伝わりにくくなります。しかも熱源が結界内にあるのですから、一気に上昇するというわけです」
真空断熱タンブラーや保温水筒の原理を、魔法で再現してみました!
さっき僕の魔法を受けた時、ドラゴンの体が輝きを増している。つまり魔法の熱を吸収したってことだ。自分自身が発熱してるのに、更に外部の熱も取り込むなんて体質だと、密閉空間では際限なく体温が上がってしまう。現にこうして話をしている間も、どんどん温度が上昇しているっぽい。
『なかなか面白いことを考えるな』
「発熱を止めないと、温度がますます上がりますよ?」
『この体でそんな器用なことはできん』
「それなら参ったと言って下さい。結界を解除しますので」
『まさか我が熱で追い詰められるとは思わなかった。正直かなり辛いんで、そろそろ勘弁してください。参りました、このとおりです』
熱を取り込みすぎたのか、ドラゴンの全身が黄色く発光しだしている。そんな体で平伏されたので、慌てて魔法を解除した。
〈ダイヤモンド・ダスト〉
ちょっと追い詰めすぎた気もするので、魔法で冷やしてあげよう。ドラゴンの体なんだし、ガラスのコップみたいに割れたりしないよね?
しばらく氷の雨を浴びて落ち着いたらしく、ドラゴンの体が白く発光しだす。そして球体に変化したあと現れたのは、真っ赤な髪をしたきれいな女性だった。
火の守護者に名付けをする主人公。
果たしてどんな影響を及ぼすのか……
次回「こいつはゴキゲンだぜ!!」をお楽しみに!