第14話 心配など無用なのである
誤字報告ありがとうございました!
祭壇内にあるバンダさんの私室から、影転移を使ってアイリスの家まで戻ってきた。やっぱり落ち着いて話をするなら、ここが一番だ。
水でできた球の中で眠っていた女性は、この国が祀っている土地神らしい。結界の構築に力を貸してからは、力の消耗を抑えるためにずっと眠ってるとのこと。
「しかしあのアイリスが、かように立派になるとは。吾輩、感無量である」
「ですがバンダ様。アイリスお嬢様は脱いだ服を、いつも散らかしたままにするのです」
「……好き嫌いも多いよ」
「朝もなかなか起きられないから、いっつもイチカに怒られてるもんね」
「あっ、あなたたち、そんなことをいちいち報告しなくてもいいの。まったく余計なことをペラペラと……。下僕のせいでとんだ恥をかいたわ。覚えてらっしゃい」
「えっ!? 僕のせいなの」
僕が自我を芽生えさせたとはいえ、完全な八つ当たりだと思うんだけど……
「使い魔たちに好かれとるようで、なによりなのである」
「そっ、そんなことより、いま抱えている問題を解決するわよ。いつまでもこのままだと、気になって夜も眠れないわ」
「そうであるな。我が愛しの孫娘に、これ以上悲しい思いはさせられんのである」
恥ずかしそうな顔をしたアイリスによって、強引に話の軌道が修正された。同じ頬を染めた表情でも、今はエッチな感じじゃないから、すごく可愛い。アイリスのレアショットいただきました、って気持ちだよ。
「改めて確認したいのだが、邪神を滅ぼしたのは確かなのであるな」
「穴の中で超高熱の魔法を発動しましたから、少なくとも取り憑いていたモンスターは消滅したはずです。ただ、依代になったと思われる呪物が残ってますので、再び邪念が集まってしまう可能性はあります」
「遭遇した精霊たちが逃げ出すほど不快な波動は、モンスターの消滅とともに感じなくなりました。マスターの魔法で思念ごと滅んでしまったのだと思います。これまで皆様を苦しめてきた脅威は去った、そう判断してよろしいかと」
「俺様も島と海上を一通り飛んでみたが、胸糞悪くなるような邪念はもう感じなかったぜ」
カクタス君やリナリアもそうだったけど、迷宮で倒れていた女の子たちの契約精霊が、みんな居なくなっている。ずっと大切にしてきた子がいたかもしれないし、ちょっと可愛そうだ。
「となれば、もしかすると……いや、いまは置いておくのである。ともかく邪神がねぐらにしておる場所へ、行ってみるのである。なにか原因があるとすれば、そこしか考えられんのである」
「場所はわからないって資料には残されていましたが、それって迷宮なんですか?」
「花嫁だけに開くことの出来る、隠し通路があるのである。そこには危険なモンスターが多数おるし、入った者を弱体化させる瘴気が出ておるのである。吾輩が行って蹴散らしてくるので、お主たちは待っておるのである」
「いくら始祖様の力が回復したといっても、それは一時的なものなのよ。ここで無理をしたら、また以前と同じことの繰り返しになるわ」
バンダさんの妻であるカトレアさんが花嫁になった時も、単身で隠し通路に突っ込んでるんだよな。ボス部屋にたどり着いた時は満身創痍だったらしく、結局カトレアさんを救うことが出来なかった。
きっといま入っても、またボロボロになってしまうだろう。そんな姿をアプリコットさんやリナリアに見せたくない。
「通路を開くためにリナリアを連れて行かないとダメですし、僕たちが進路の確保をしますよ」
「私たちの持つ精霊の加護は、使者や邪神本体が出す状態異常効果を防ぐことが出来た。その通路に発生する瘴気も、問題ないはずだ」
「ボクたちがモンスターを引き受けるから、バンダおじさんはリナリアを守ってあげてよ」
「おっぱいの未来を守るのは俺様の役目だが、今回は譲ってやるぜ。ぬかるんじゃねえぞ」
「我輩を誰だと思ってるのである。気高き吸血族の始祖であるぞ、心配など無用なのである」
「いまは私に敵わないけれどね」
「それを言われると、ぐうの音も出ないのである……」
あまりバンダさんをいじめちゃダメだよ、アイリス。五十歳くらいのダンディーなおじさんが落ち込んでる姿って、悲壮感が半端ない。使い魔たちのことといい、影に取り込んだ家を維持してることといい、かなり驚かせちゃったんだからさ。ストレスで髪の毛が旅立ったりすると一大事だ。
そいえばリビングに飾ってる絵って、かなり若い姿で描かれてる。比べてみると確かに本人なんだけど、不老不死なんだから年は取らないはずじゃ……
よくある似顔絵の美化とか、理想の姿を肖像画にしてもらう時の補正かな。また機会があったら聞いてみよう。
とりあえず今は迷宮攻略に集中しないと。
「申し訳ないのじゃが、いまは安全点検中で連絡便が全て運休しておる。本島へは行けんのじゃ」
「あっ、それなら問題ありません。アイリスの影から出れば、空間転移ができますので。迷宮の近くまで行って、祭壇へも直接戻ってこられますよ」
「この学園島は保安にも力を入れとるのじゃが、そんなものがあると全く意味をなさんのぉ……」
学園に忍び込んだり、勝手に何かを持ち出したりしないから、安心して下さい。だって理由もなしにそんなことをさせたら、精霊たちに嫌われてしまいます。スズランの可愛い子供たちが嫌がることなんて、絶対にやりたくありませんので。
とにかくリナリアの声と髪を元に戻すヒントが、邪神のいた場所に残されてる可能性がある。全てを取り戻して、この国が抱えてきた問題に決着をつけよう。
◇◆◇
迷宮へ入り、バンダさんの案内で奥へと進んでいく。リナリアも何となく行くべき場所がわかるらしく、曖昧になっている記憶の補完に役立っている。今日は色々なことがおこりすぎて、精神的に疲れてると思うんだけど、そんな素振りは全く見せてない。本当にがんばり屋さんだよ、この子って。
全ての事が終わったら、芸能活動もしばらく休みにして、ゆっくり静養して欲しい。
「この辺りに入口があるはずなのである」
「(スッ)」
リナリアを助けた部屋から更に奥へ入り、袋小路になった場所まで来た。突き当りにリナリアが近づくと、まるで最初から何もなかったかのように壁が消える。そこには今まで通ってきた迷宮より暗い通路が続いていた。
あの部屋からそんなに離れてないから、ギリギリのタイミングで助けることが出来たみたいだ。クロウが探してくれなかったら、追いつけなかった可能性が高かっただろう。
「この先に花嫁以外が入ると、脇に控えておる魔物が襲ってくるのである。逃げ場のない一本道が続いておるうえ、充満しとる瘴気が厄介なのである」
「一本道ならかえって好都合だ。まずは私がモンスターを間引いてみよう」
〈凍てつく狼〉
〈先に進め〉
シアの魔法で生み出された極寒の狼が、通路を凍らせながら奥へと進んでいく。魔法が飛ぶ速度って属性や形状でほぼ決まってしまうけど、生き物を模したものに付与した場合は、ある程度の制御ができる。ハイエルフの持つスキルって、応用範囲が無限大だ。
これで待ち構えているモンスターも動けなくなっているか、相当のダメージを与えているだろう。
もし何かの物体にリナリアの声が封印されていると、巻き込んでしまう恐れがある。だからここから先は、迷宮の壁を破壊するような魔法を控えてほしい。バンダさんからそんなお願いをされた。今の魔法ならその要望に十分答えられるはず。
「ここからは僕とカメリアが先行するよ」
「武器を振り回すから、少し離れてついてきてね」
「見通しの悪い場所は俺様の出番だな!」
「アスフィー、またご飯を食べられるよ」
『今日は食べ放題、嬉しい』
顕現したアスフィーで、動けなくなっていたり凍りついているモンスターを、次々光に変えていく。たまに無傷のモンスターもいるけど、集団で襲われない限り問題はない。シアの魔法と弓、クロウの偵察、そして僕とカメリアの物理攻撃で、順調に進むことが出来た。
そして広い部屋に出た時に、バンダさんが大声を上げる。
彼が指差した先には透明な水晶の柱があり、その中に人魚族の女性が閉じ込められていた……
水晶の中にいる女性とは一体(自明)
次回は学園長から予想外の言葉が「そっちのほうが驚愕の事実じゃないか!」をお楽しみに。