困惑②
ほっと息を吐く。
鵜坂ではなかった。
その現実は、海斗の心を確かに軽くした。
しかし誰がゴブリンを?
どうしてもそのことが気になってしまう。
俯せに倒れる緑の遺体を、足先でひっくり返す。
仰向けになったゴブリンの、胸元に残された跡――こぶし大の打撃痕。
他に目立った傷は存在しない。
信じられないことだが、何者かが素手でゴブリンを打倒した。
状況的にはそう考えるのが自然と言えるだろう。
まさか鵜坂が?
一番に思い浮かんだのは、笑みを見せる後輩の姿。
先日受けた彼女のタックルはかなりの威力だった。
華奢な身体から想像も出来ない強烈な一撃。
もし彼女がレベルを持っているのなら、十分に納得出来る。
このゴブリン達はいつから出現したのか。
あの日以降、ダンジョンに関する情報が報道されたことはない。
もしかして国が――
海斗がつい組織的な陰謀論を考えてしまうのも仕方ないことだろう。
周囲に視線を飛ばすが、見える範囲に後輩の姿はない。
『気配察知』で確認してみると、少し離れた場所――
探知できる範囲ギリギリに複数の人の流れが感じ取れた。
通りと通りの間。
デッドスペースはそんな場所に存在していたことが分かる。
状況から考えると、鵜坂は裏路地を抜け大通りに。
どうしてこんな場所を通ったのか。
謎は残るものの、それが一番納得出来る考え。
だが海斗の脳裏に嫌な予感が過ぎる。
先程倒したゴブリンは光の粒になって消えた。
そう、まるでダンジョンの中と同じように。
もしかすると鵜坂はもう――そんな不安が心の中に顔を出す。
しかし残念ながら今それを検証する方法など存在しない。
こんな時、連絡手段があれば――
以前彼女からコミュニケーションアプリのID交換をお願いされたことがある。
だが海斗は物理的な問題から交換することができなかった。
仕事関係以外で他者とコミュニケーションをとる機会のない海斗。
会社での連絡はメールとチャットツールで行われている。
ゲームや漫画を読む以外に使用されることのないデバイス。
海斗にとってのスマートフォンはそう言うものだった。
なくても特に問題がない。
それがもう一台契約すると言う選択肢を排除していた。
今出来ることなど何もないと気付き、がっくりと肩を落とす。
この時間は無駄だったでのはないか。
そんな考えに気分が沈みそうになる。
目の前で消えていくゴブリンの姿を眺め気落ちしていると――
再びスマホが振動する。
「……ッ!!」
驚きに固まりそうになる身体を必死に動かし、ポケットからスマホを取り出す。
焦る気持ちを抑えながら視線を向けると――ディスプレイが点灯し消える。
画面に映し出されていたのは、起動画面ではなかった。
一瞬の出来事。
もしかすると、そうであって欲しい言う願望が映したものかもしれない。
だが海斗は信じたかった。
それは希望を抱くには十分過ぎる光景だったのだから。
瞬きの間に映し出されていたのは――
画面の中から何かを両手で叩く――ティセの姿だった。




