困惑
ゆっくりとその発生源へ手を伸ばす。
指先が触れると、確かな振動が伝わり――
数瞬の後、その動きを止める。
充電することさえできず、一切の操作を受け付けない。
あの日からずっと反応することのなかったスマートフォン。
どれだけ必死に探しても見つからなかった。
夢にまで見た海斗と大切なパートナーを繋ぐ手掛かり。
それが今、手の届く場所に存在していた。
「……ッ」
ずっと求め続けた願いが叶うかもしれない。
失ったかけがえのないパートナーと再会できる可能性。
本来であれば選択を迷う理由など存在しないだろう。
だが海斗はスマホを取り出すことができない。
それは脳裏に――自分の手を引く騒がしい後輩の姿が浮かんだからだ。
彼女は海斗や歌恋とは違う一般人。
ゴブリンと戦う力などあるはずもない。
もしヤツに追いつかれてしまえばどうなるのか――
考えるまでもなく答えは導き出されてしまう。
スマホを手に取り、もしそこに手掛かりが存在していたら。
海斗はきっと他のことなどかんがえることなどできないだろう。
きっと全てを投げ出して――
ティセと再び会うために全力を投じる。
そんな姿が容易に想像出来た。
だからこそ考えてしまうのだ。
もしそれでティセと再会できたとして。
果たして胸を張って彼女と顔を合わせることができるのだろうか、と?
万が一、鵜坂に何かあれば――
きっとそんな海斗でも、ティセは笑って何も言わないのかもしれない。
だが他でもない自分自身が、大切なパートナーのことを直視できないのではないか?
渦巻く思考の渦に囚われ、海斗の身体は凍りついたように動かない。
引き延ばされていく体感時間。
それは加速する思考が作り出した、まやかしの刻。
実際に経過している時間は数秒に満たない。
決断を下すため、瞳を閉じ自分の心に問いかける――
『もうマスター! なに悩んでんのさ!!』
カッと目を見開く海斗。
『マスターはアタシのマスターなんだよ! 答えは決まってるよね!!』
瞳に強い意思が宿る。
「ああ……そう、だよな」
もしここで鵜坂を見捨てるような男が、ティセのパートナーであるはずがない。
あの日の少女の幻影が、海斗の背中を強く押してくれる。
強く歯をかみ締め――口の中に広がる鉄の香り。
それは迷ってしまった自身を罰する罪の味。
首を振り、僅かに残った迷う心を振り払う。
まずは鵜坂を助ける。
そしてすぐにティセの手掛かりを探す。
無駄な思考を排除し、行動はシンプルに。
何よりも迅速な行動を。
決断を下した海斗は、後輩を救うため全力で走り出した。
あっという間に路地を駆け抜けると、少し開けた場所に出る。
都会にぽっかりと空いたデッドスペース。
ここまでは完全に一本道だったはずだ。
しかし目線の高さに、鵜坂の姿はない。
不安を押し殺しながら周囲に視線を飛ばすと――
少し離れた暗がりに倒れ伏す人影が見えた。
――まさか!
焦り駆け寄る海斗。
「……えっ?」
近づいたことで相手の姿を確認できた。
理解出来ない状況が、海斗の心をざわめかせる。
視線の先、倒れ伏す人影は――ゴブリンだった。




