違和感
公園から立ち去った海斗は、目的もなくただふらふらと街を彷徨う。
有意義な時間も過ごし方でもあればいいのだが、今は何も思い浮かばない。
去年の今頃は何をしていただろうか。
こんな時は過去の自分に倣ってみるのが良いかもしれない。
そう考えた海斗は、すっかり薄れてしまった過去の記憶を掘り起こす。
しかし驚くほどに、思い出すことはできない。
とは言え海斗の行動パターンを考えてみれば、答えはそう多くない。
①GWに遊ぶため掘り出しもののゲームを探しに行っていた。
②録り溜めしていたアニメの消化順を考えていた。
確実とは言えないが、当たらずといえども遠からずと言った感じだろう。
海斗の住む地域は、飲食店に衣服、大型電気店は複数店舗。
所謂オタクショップにいたっては数え切れないほど存在している。
生活に必要なものは、おおよそこの街で揃ってしまう。
そんな状況だからこそ、海斗の行動範囲は異常に狭い。
はっきり言って、海斗には友人と呼べるような相手はいない。
世間一般ではぼっちなどと呼ばれてしまう状況だ。
だがそれをどう捉えるかは、当人次第だろう。
人にどう言われたところで、いちいち気にしてはいられない。
少なくとも以前の海斗はそう思っていた。
全く意味のない無駄な思考。
だが頭を回転させることで、考えずにすむこともある。
ふと気を抜いた瞬間、脳裏に過ぎる少女の姿。
海斗はそれに囚われてしまうことが怖かった。
何かから逃げるように歩を進めていた海斗が――
視界に映った、見覚えのある姿に足を止める。
「……あれって、鵜坂?」
いつも会社で顔を合わせている同僚。
最近は共に昼食をとることもある相手。
もし会社の上司や他のメンバーなら、迷うことなく無視していただろう。
だが彼女は海斗に対して好意的に接してくれている。
声をかけるほどに親しいかは微妙だが、無視するほど嫌いな相手ではない。
既に海斗は鵜坂の存在に気付いている。
ここは挨拶だけでもした方――
声をかけ挨拶を交わす。
一般的な社会人なら、当然の行いなのかもしれない。
しかし海斗にそんなコミュ力を求めることは間違っている。
会社以外で声をかけて良いのだろうか?
ウザイ先輩だと思われてしまうのでは?
悩んでいるだけでは答えは出ないし行動出来ない。
先程、痛いほどにそのことを実感していても――
安を感じてしまうのが海斗という人間だった。
鵜坂はカワイイと言える後輩だが、まだそこまで深い付き合いではない。
だが声をかけられて、アイツが嫌な顔をするだろうか?
普段の彼女であれば喜ぶのでは?
鵜坂と言う後輩の持つ、陽気な性質を考えると気が楽になってきた。
ここは声をかけた方がいいだろう。
決断した海斗はおそるおそる口を開き――
言葉を発することが出来なかった。
海斗を押しとどめたのは――違和感。
原因は、普段感じることのない後輩の異質な気配。
その表情に笑みはなく。
どこかピリピリとした雰囲気を纏っている。
会社での鵜坂とは全く違う気配に、思わず別人ではないのかと勘ぐってしまう。
だが週五で顔を合わせている後輩。
しかも激しく絡んでくる相手だ。見間違えるとも思えない。
雑踏に消えていく鵜坂の姿。
海斗の胸に湧きあがる不安感。
もしかして何か問題でも起きているのでは?
一度考えてしまうと、彼女のことが心配になってくる。
短大を卒業したばかり。若い女性のトラブル。
サブカルに毒された海斗からしてみれば、嫌な予感しかしないキーワードだ。
もしここで行動せず、彼女の身に何か起こったとしたら。
恐らく海斗は一生そのことを後悔してしまうだろう。
今は不安に囚われるよりも、行動するべきだ。
海斗は鵜坂の後を追い、雑踏へと足を踏み入れた。




