恐るべき強敵③
漆黒の騎士が何を考えているのかは分からない。
だが今はその理由を考えるよりも、一刻も早く歌恋を休ませる方が大切だ。
「少し揺れるけど、我慢してくれ……ティセ」
ティセに目配せし、彼女が胸元に入り込むのを確認すると、歌恋を抱き抱えたまま、可能な限り揺れに配慮しつつ洞窟を駆ける。
拠点となっているカフェに到着すると、段ボールとタオルを利用し簡易な寝床を作り歌恋を横たえた。
今年は暖冬と言うこともあり、そこまで寒さが厳しいと言う訳ではない。
とはいえ何か身体に掛ける物は必要だろう。
そう考え寝床の作成に利用した際に余ったタオルを彼女にかける。
しかしそれは単体ではフェイスタオル程度の大きさ。
寝床の作成にもかなりの枚数を利用していたし、一枚は熱冷ましに使う必要があり彼女の身体を覆うには心もとない。
他にも何かないかとティセと共に周囲を探る。しかし使えそうな物は、何も見つからない。
取りあえず海斗は自身の身に着けていたトレンチコートを脱ぎ歌恋にかける。
こんな時、どう対応するのが最善なのか。
医療従事者ではない海斗にはそれを知る術はなく、一般的な対応を行うしかない。
彼女の額に手を当て熱を測る。しかしただ熱いと言うことしか分からなかった。
視線の先にはうっすらと汗をかき、熱をはらみ紅潮した肌。
それはとても魅力的に見え――海斗は脳裏に浮かんだ邪な思考をかき消す。
「…………ごめん」
謝罪の言葉は一瞬でも変な考えを抱いたことに対してなのか、それともこれから行う行為に対してなのか。
海斗にも理解出来ないまま、歌恋に顔を近付けていく。
少し躊躇しながら――額と額を合わせて熱をはかる。
今は緊急事態。最適な方法が分からない以上、海斗には熱の変化くらいしか経過を図る術を思いつかなかった。
いけないと分かっていても高鳴る鼓動。それを誤魔化すように頭を振る。
「……マスター。はい」
「ああ。ありがとな」
海斗はティセから差し出された濡れタオルを受け取り、歌恋の額にのせる。
「……んっ、ふっ……ふぅ」
冷たいタオルが気持ちよかったのだろうか、歌恋の呼吸が少しだけ落ち着いたように見えた。
一体あの騎士は彼女に何をしたのだろう。
熱があることは分かるが、それ以外特に目立った問題は見受けられない。
海斗の目には眠っているように見える。だが詳細が分からない以上、気を抜くわけにはいかない。
出来ることは決して多くはない。だが他に出来ることがない以上、海斗は今出来る最善をこなすしかなかった。
――闘技場から撤退して一晩が明けた。
あのあと一睡もすることなく、看病を続けていた海斗。
しかし、彼女が目覚めることはなかった。
額と額を合わせると、心なしか昨日よりも熱が上がっている気もする。
何とかしなければ。そう強く思っても、この場所では薬を手に入れることも難しい。
「ねえマスター……どうするの?」
「…………」
すぐに答えを返すことが出来ず、海斗は口ごもる。
もしかすると明日になれば体調が良くなっている、そんな可能性もゼロではないだろう。
だが、それは希望的観測に過ぎない。何も行動を起こさず、このまま看病を続けていて本当に良いのか?
最悪の状況が海斗の脳裏を過ぎる。
何もしないことで状況が悪化する可能性があるのなら、可能な限り出来ることをするべきだろう。
海斗は歌恋の頭を軽く撫でると、行動を起こすために立ち上がった。




