発達障害者の日誌166
とりかえしのつかないことって責められたとしても大概は自分をよく見せたいひとが言う大半で、時間がたてば傷も癒えるし、心も癒える。人間関係は修復できないかもしれないが、生きているうちに出会うなかで全てのひとと仲良くなるのは不可能だよ。
ならば出会った事に感謝をして生きる事でどれだけ誰かを少しでも幸福にできるか考えたほうが実に素晴らしい事だ。幸福の尺度なんてものは人それぞれ違うけど、僕は僕なりにその人の笑顔を出せたならそれは一つの幸せと呼べると考えている。
まともに生きれないから自分だけのオリジナルの生き方を模索していくよ
基本的に労働をするひとからしたら僕のやっている試みというのは甘えであると評価されることだろう。実際結果に帰結しなければ人は見向きもしないもの。人間が残酷な生き物であることを僕は死ぬほど知っている。
でも優しさに溢れるものでもあると最近気づいた。化け物にするのも良き隣人にするのも僕ら次第なのだなと、心を救うなんていうだいそれたことなんてしねえけど、人の生死なんて責任もって引き受けれるわけもねえし、でも助けてといってくれたなら僕らは僕らの出来る限りで最善を尽くすよ。それが正しいかどうかはわからないけど、失敗だなんだとかいうまえに思考をして動く。
それで君が嫌な気持ちになったらごめんで離れるよ。それでも許してくれねえなら最大の謝罪はいうよ。




