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発達障害者の日誌116
相方の龍くんの日誌にやたら照れくさいことを聞きましたが、僕が信じるのは僕が選択して信じれる誰かだけです。基本的に人間性的な部分で僕はクズだなと思うので、クズとわかった以上はそれ以上に人を愛せる誰かになれたほうがいいでしょうという事で日々を生きている気持ちです。
折り合いのつかない葛藤で結局は倒れてセーフティーネットを使う。それでも表現やその夢の具現のための労働はきちんと果たしたい。鬱になる日々もありますが、弱音やマイナスは結局自己保全にしかなりえない。自己保全ばかりの言葉に何の重みがあるのだろうか。そう思うと例え何度もいいますが無様であろうと立ち上がる術を模索し続けて救済措置の適切な使い方を実践して使い、生きれない人に教えるという事も必要なのではないかと。
僕等は起爆剤としての役割を果たすとそう告げましたが起爆剤というのは爆発させる意味もあるので生きる為の活力の一歩を踏み出す勇気を共に持ちましょうという願いでもいいはずだ。
一人で生きれないなら誰かと生きればいい。その当たり前さに僕等は劣等感を生みだして死を選んでしまう。そういうものはもうやめていく形にできたらなと僕個人はおもう。障害をもって産まれたけれど五体満足なだけまだマシな部分もあるし、ずれに苦しむ事もあるが、僕は僕らしくいきていきたい。




